触れる手、交わす言葉、繋ぐ心

□8月  −続 ハプニング?−
4ページ/10ページ






何も言ってくれない砂月くんに不安が募る。前にこの部屋に来た時に砂月くんと過ごした時間、少しでも心を許してくれたと思ったのは私の独りよがりだったのかもしれない。


「那月くんがこのままの状態だと、いずれ立場が逆転する恐れがあると……学園長が言っていたんですが、それは本当ですか?」

「だとしたらどうする。もしそうだとしても、そうなる前に俺が消えれば済むことだろう」

「無理ですよ。砂月くんは那月くんを守るために生まれた存在なんでしょう?なら、それは砂月くんの意志でどうこう出来ることじゃないはずです」

「……これだから聡いやつはやっかいなんだ。女は少しくらい馬鹿な方が可愛げがあるぜ」


那月くんが受けるはずの人の悪意を、砂月くんが受けることで那月くんの心の平穏が保たれているのだとしたら、何より那月くん自身がそれを受けても耐えられるくらいに強くならなければ、砂月くん自身が消えるなんてこと出来るはずがないんだ。

しかもそんな状況で砂月くんが自らの意思で消えるなんてことも出来やしない。


「要は那月くんが安定すればいい話ですし……、ねえ砂月くん。砂月くんから那月くんにコンタクトを取ることは出来ますか?」

「なんだと?」

「抜け落ちる記憶が不安なら感覚を共有すればいい。砂月くんは那月くんが体験していることをある程度は把握しているみたいですし、それなら逆のことも出来るはずですよね」

「しかしそれは……」


砂月くんが負の感情を一身に受けているという事実を知ることになる。そのことで那月くんはきっと深く悲しむかもしれない。
けれど今取れる解決策はこれを於いて他にはない。

それにこれはデメリットだけじゃない。

砂月くんというフィルターを通して少しでも負の感情に慣れていければ、那月くんの心も少しずつ強くなれるはずだ。直接受ける強さを持ってなくても、それに対する砂月くんの対応などからどう対処すればいいのか学んでいけるはず。

それに、一人より二人の方がずっと心強いんじゃないかな?


「駄目、ですか?」

「………………」


砂月くんが那月くんに負担を掛けたくないのはわかるけれど、ただすべてから守っているだけじゃ、那月くんはいつまで経ってもこのままだ。けしてそれが悪いわけではないけど、やっぱり砂月くん一人にだけ負担がかかるのは違うと思う。

彼だって那月くんなのだから、気持ちを、想いを共有すればきっともっと彼自身の心も軽くなるから。

考え込んでしまった砂月くんを見守るしか出来ない。私の考えはすべて彼に伝えたし、あとは彼次第。
いくら那月くんに彼のことを話したとしても、砂月くん自身が自分を認識させる気がない限り、那月くんは一生その存在を知らないままかもしれないから。

離れたところから翔くんもこの事態を見守っている。

どんなに那月くんが落ち込んだりしたって砂月くんと一緒に私や翔くん、それから他のみんなも彼を元気付けるから、だから決断して欲しい。那月くんと砂月くん、二人を守るために。






どれくらいそうしていただろう、五分あるいは十分。固唾を呑んで見守っていた砂月くんの両目がゆっくりと開かれた。


「………サクちゃん」

「!!」


そこにいたのは那月くんだった。初めて会った時みたいに、砂月くんがマネをしているんじゃなくて本物の那月くん。

答えを聞かないまま砂月くんは那月くんに変わってしまった。

那月くんを何より大事に思う砂月くんだからこそ、この事態を唯一打開出来るかもしれないこの案に賛同して欲しかったんだけど駄目だった。

もうどうしていいのかわからない。私じゃやっぱり那月くんを守ってあげることは出来ないのかもしれない。

諦めかけたその時、にっこりと那月くんが微笑んだ。


「ありがとうサクちゃん、心配してくれてたんですね」


いつもとは違う反応。彼の今日の記憶の最後は遊園地のはずなのに、ここにいることに何の疑問も持っていない。それどころか、今までの会話の流れを知っていたかのような言い回し。


「僕が弱いせいでさっちゃんに全部を負わせていたのに、僕は何故それを忘れていたんだろう。
あの時、僕を救ってくれたのはさっちゃんだった。だけどそれ以来、僕は彼のことを忘れてしまっていた……。ううん、きっと僕は知っていたのに見て見ないフリを続けてきたんだ。ごめんね、さっちゃん……」


ああ! あの沈黙の間、砂月くんは那月くんと対話をしてくれていたんだ……。

那月くんが全てを知った時どうなるか、それはずっと一緒にいた砂月くんが一番恐れる結果を招く危険性があったに違いないのに、葛藤の末、私の言葉を受け入れてくれた。

でもこれで、本当の意味で砂月くんは一人じゃなくなる。ずっと耐え抜いてきた彼の想いを、那月くんはしっかりと受け止めてくれているから。


「無理を言ってすみませんでした。ありがとうございます、砂月くん。って那月くんに言っても伝わりますかね?」

「ふふ、大丈夫ですよ。だってさっちゃんは僕の中にいるんですから。僕はさっちゃんでさっちゃんは僕、でしょう?」

「はいっ」


いつもの陽だまりのような笑顔を向けられてようやく安心した。

とりあえずは学園長に言われた通り、彼らはお互いを認識することは出来た。これで那月くんが記憶が飛ぶことで不安になることはなくなったはずだけど、はたしてこれで全てが解決したかどうかは今後を見守るしかない、かな。


「ところでサクちゃん」

「はい、なんでしょう?」

「サクちゃんは、女の子だったんですねぇ」

「!!!!!」


時間が止まったように動けなくなってしまった。
そうだった。感覚を共有するということは記憶を共有すること。

砂月くんにはすでにバレていたのだから、二人が意識を通じ合わせれば那月くんが知ってしまうのも当たり前。

でも考えてみればもともとは同じ人なんだから、どちらが知っていようが同じこと……だよね?


「黙っていてすみませんでした」

「どうりでとーっても可愛いと思ってたんですよねぇ! それなら納得です。
こんなに可愛いサクちゃんが女の子なら……あ、実はもしかして翔ちゃんも?」

「んなわけあるかっ!!!」










「独り占めしようだなんてひどいですよ、さっちゃん」

『うるさい』

「ふふ、でもきっと僕が反対の立場でもそう思ったかもしれません」

『…………』

「いつのまにかこんなに愛しくなっていたなんて。さっちゃんの心も僕に流れ込んでいたからかもしれないね」

『お前はどうするつもりなんだ』

「今は……まだ。一緒にいられることが嬉しいから。一緒に歌えるこれからが……」

『……そうだな。見た限りじゃライバルも多そうだが、誰も手が出せていないようだしな』

「みぃーんな、サクちゃんと一緒に歌うことが楽しみなんですよ。
それにいざとなったら僕とさっちゃんの二人分の愛ですから、誰にも負ける気がしません」

『一時はあんな風に思ったが、俺はお前が幸せなら……』

「さっちゃんは僕。その僕が誰を愛そうと僕自身が止める必要がありません、そうでしょう?」

『ああ……そうだな……』

「僕はさっちゃんの中でサクちゃんを、さっちゃんは僕の中でサクちゃんを感じることが出来るなんて贅沢な気がしますねっ」













というわけでひとまずさっちゃん問題終了。
消えたり統合されたわけではないのでこれからも出てくることがあるかと思います。(おもいっきりサイト設定)
色々調べてみたのですが、こういう方々が完全にひとつになる例はかなり稀で(融合というらしい)大抵は休火山のように眠っているだけで再び活性化することがあるみたいですね。

途中から翔ちゃん空気(初めからとも言う)になってますが最後のオチで存在感。
書いてはなかったですが、砂月は前の膝枕(?)事件の時の反応で翔ちゃんが朔夜ちゃんの性別を知っていたのを悟ってます。
だからこその「羨ましいのか」発言です←

誰しもが思う、なっちゃんとさっちゃん両方に愛されたい! という夢を叶えたくて……。
今後どうなるかはわかりませんがうちではさっちゃん消えない(しかし統合に近い)説でいこうかと。

次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ