困ったことになってます。ええ、それはもう大変に。 お化け屋敷で那月くんが砂月くんになっちゃって、ちょっと危うい雰囲気になったんだけど(ぶつかっちゃった音也くんがすごい目で睨まれてた。その原因は私だからなんとか宥めた)、どうにか落ち着きはした。 でも肝心の眼鏡がどこにも見当たらない。暗いから床が見え難く、手探りで捜してはみたものの一向に発見出来ない。 砂月くんが出てきたことによる驚きと、なくなってしまった眼鏡を捜すのに必死で、後半はその場所に感じていた恐怖心なんてどこかに吹き飛んでしまった。 見つかるまでここにいることも出来ないので仕方なく砂月君を連れて外に出て、出口付近にいた係員の人に中で落し物をした旨を伝えておいた。 見つかり次第呼び出しをかけてもらうようにしたけど、園内にいる内に見つかるかは甚だ疑問だ。 寮に戻れば眼鏡のスペアもあるんだろうけど、せっかく遊びに来たんだからこのまま砂月くんとも遊んでしまおうと思ってる。……ただし、砂月くんの機嫌次第だけど。 「本当にすみませんでした、音也くん。それに砂月くんも。どこか痛めたりしてないですか?」 音也くん達はどうしても以前の凶暴なイメージが頭から抜けないらしく、ちょっとだけ警戒しつつも一緒にいる。 そんな彼らを見て砂月くんはフンっと鼻で笑って相手にしない。私なんかより全然回数会ってるはずなのに、どうにも彼らと打ち解ける気はないみたい。 暴れだすとやっかいだとは思ってそうやって警戒はしているけど、音也くんも真斗くんも別に砂月くんのこと自体を嫌ったり遠巻きにしようという思いは一切ない。 「俺は大丈夫だよっ。砂月も大丈夫だよね?」 「……気安く呼ぶな」 音也くんが頑張って話しかけてみても会話にさえならないで終わる。居た堪れない空気が流れるけど、音也くんはそんなことも気にせず今度は私に話を振ってくる。 さすがトキヤくんの冷たい反応に慣れてる音也くん、というかなんというか。 「朔夜こそ大丈夫だった? ごめんね、まさかそこまで怖かったなんて思わなかったからさ」 「ああ……いえ、はっきり言わなかった僕が悪いんですし」 多少のことなら耐えられるかと思って入ってみたはいいけど、さすがに学園長監修で作られただけあって、想像以上に怖かった。 展示してある小道具も、人に反応して飛び出す仕掛けも、脅かすために出てくるお化け役の人達も、何もかもが本格的で、きっと一人では進めなかったと思う。いや、そもそも一人では絶対に入ろうなどとは思わないけれどね。 じっくり観察してた音也くん曰く、人体を模したものの半数以上が学園長の顔をしていたらしい。 それは…気付いていたら違う意味でも怖かったと思う。 とりあえず私のことはどうでも良くって、今は砂月くんのことだ。 彼には那月くんのことも話しておきたいし、出来るならば一緒に行動して欲しい。 本音を言えば一緒に遊びたい。けど望まないのであれば、無理に連れまわすようなことはしない方がいい。話があるとだけ伝えておけば、寮に帰ってからでもきっと待っていてくれるに違いないから。 「砂月くん、どうします? 僕達まだここにいますけど、もし良かったら一緒に周りませんか?」 「丁度昼時だ、どこかで昼食でも摂ろうではないか」 「賛成! お腹減ってきてたところなんだよね」 スタスタと歩いていく砂月くんに付いていく形で私達は会話をしているんだけど、その砂月くんが急に立ち止まったかと思うとくるりと振り返り、じっと私の顔を観察してから微かに眉間に皺を寄せる。どうしてそんな反応をするのかわからないから、私も首を傾げて砂月くんを見てた。 何か気に障るようなことでもあったかな? 「四ノ宮?」 真斗くんが不思議そうに名前を呼んだ次の瞬間、砂月くんは私の手を取って再び歩き出した。 「砂月くん?」 「……顔色が悪い。どうせ変なヤセ我慢してたんだろう、馬鹿が」 吐き捨てるように呟いたそれは、口調はキツイけど私を心配する言葉で。 「ありがとうございます」 やっぱり優しいな、そう思ったら何故だかお礼を言っていた。きっと気に掛けてくれたことが嬉しかったから。 「ふん」 強く引かれた手。 時折吹く風にふわふわの髪がなびいて、その度に見え隠れするその耳が、少し赤い気がするのは見なかったことにしよう。 その後も結局砂月くんは一緒に周ってくれた。けれどやっぱり音也くん達とは話す気がなかったみたいで、どのアトラクションを乗る時も私と一緒だったから、三人との親睦を深めるための交流会のはずなのに、その役割を果たさなかった。 でも彼らには悪いけど、砂月くんとこうやって遊ぶこともそうそうあることじゃないから、二人や那月くんと遊ぶのはまた今度仕切り直しをすることにした。 砂月くんはといえば楽しそうな顔つきひとつせず、パッと見はすごく不機嫌そうに見えるんだけど、嫌なことには付き合わないだろうから、きっと少しは楽しんでくれていたと思う。 結局眼鏡は見つからず(営業時間帯に捜すのがまず難しいだろうしね)、私達は寮へと帰ってきた。このまま砂月くんを一人で部屋に帰したら、翔くんがびっくりしてしまうだろう。 こうなった経緯を説明をして、スペアの眼鏡をもらわなきゃいけないし、砂月くんと話もしたい。 なので私はそのまま彼らの部屋へと向かった。 「ただいま帰りました、翔くんいますかー?」 パタンと扉を開けながら翔くんの名前を呼ぶ。すると奥の扉からひょっこりと顔を覗かせた。 「おぅ、帰ってきたのか……って、おいっ! なんで那月眼鏡して…」 「うるさいぞ、クソチビ」 「チビって言うんじゃねー!!」 頻繁に変わるということは、翔くんも彼に対してそれなりに耐性が出来ていたようで(凶暴性さえなければ翔くんとは少しは会話するみたいだし)、いつもの言葉に反応してついつい叫んでしまう。 「……なんで砂月が?」 「ごめんなさい。ちょっとトラブルがあって眼鏡なくしてしまったんです。たしかスペアありましたよね?」 「ああ、あるけど……大丈夫なのか?」 「ええ、大丈夫です。一緒に遊んできましたよ」 翔くんの心配はふたつ。砂月くんが出てきて暴れていなかったかということと、この間の件がもしかして表れたんじゃないかってこと。 私が彼と一緒に帰ってきたのを見て、那月くんと砂月くんが逆転してしまったんじゃないかと思ったみたい。そんな状態だったら私もこんなに落ち着いてはいられなかっただろう。 私が翔くんと話している間に、砂月くんは机の引き出しから自分で眼鏡を取り出していた。そしてそのまま掛けようとするので慌てて止める。 「待ってください砂月くん」 「あ? 人が那月に変わってやろうっていうのに何故止める」 「話があるんです。砂月くんも薄々気付いてはいるんでしょう?」 「………………」 無言は肯定と一緒、だよね。那月くんの異変を彼が感じていないわけはないはず。 やっぱり私がまだ砂月くんに信用されるまでには至っていないから言ってくれないんだろうか。 答えずそのままベッドへ腰掛けた砂月くんの前まで行き、視線を合わせるために床に座り込む。だけど砂月くんは視線を逸らしたままこちらを見ようとしない。 「那月くんが砂月くんと入れ替わるたびに頻繁に飛んでしまう記憶に、不安を覚えているらしいと聞きました」 「何が言いたい」 「今までは那月くんが不安に陥った時や、恐怖を感じた時に砂月くんが出てきてたんですよね? 那月くんを守るために。……それが最近では何もなくても砂月くんが出てくることがあると。何かありましたか?」 これに関しては那月くんより砂月くん側に何かしら理由があるんだと思う。だけど砂月くん自身もそうしようと思ってなっているんじゃないことは、現れても自分から那月くんに戻っているという行為から推測出来る。 「僕じゃ……砂月くんの力にはなれませんか?」 |