開いた先にいたのは真斗くんで、それを見た途端ぶわっと背中に冷や汗が浮かぶ。 まさか時計が止まってたとか、遅れてたとかそういうオチなのかと頭を抱えたくなったけれど、彼の口から出た否定の言葉にホッと胸を撫で下ろした。 「いや。ああ、そう焦らなくていい。まだ時間にはなっていない」 「そ、ですか…良かった。僕はてっきり……」 「驚かせてすまんな。俺もまだ早いと思ったのだが…」 「えへへ、待ちきれなくて迎えに来ちゃった」 彼の後ろからひょっこりと顔を覗かせたのは音也くん。にぱっとちょっと照れくさそうに笑う更にその後ろには那月くんも来ていた。 「おはようございます、サクちゃん」 「那月くん、おはようございます。音也くんも。用意は出来てるのですぐ出れますよ。ちょっとだけ待っててください」 どうやら私が出掛けるのが楽しみで早めに起きて準備をしていたように、彼らも同じだったみたい。時間前に待ち合わせ場所に着いてしまって、あとは私が来るのを待つだけという状態で音也くんが迎えに行こうと提案したらしい。 待ち合わせと言っても場所は寮の玄関だし、十分前くらいには私も出ようとは思ってたけど、みんながそれより前に来ているとは思ってなかった。 少しだけ外で待っててもらって、音楽を止め、コーヒーカップを流しに置いて水につける。洗い物は帰ってきてからだ。 「お待たせしました」 「それじゃあ、行きましょうかぁ」 出て来た私の手を取って那月くんが歩いてく。今にもスキップしだしそうなくらい足取りは軽やかで、よっぽど楽しみにしていたんだとわかる。かくいう私も気持ちは一緒だから、知らず知らず頬が緩んでいた。 「それで、どこ行くんですか?」 寮を出てから、まだ行き先を聞いていなかったことを思い出した。すでに目的地は決めてあるようで、三人の足取りは迷いがない。 「えっとね、遊園地行こうかなって」 「早乙女キングダムだな」 「すごいですよねぇ、あの施設も早乙女せんせぇが作ったそうですよ?」 それにしてもやっぱりすごい新鮮。いつもならここにトキヤくんやレンくん、翔くんの内の誰かがいたりするんだけど今日は四人だけ。 学園でも十分目立つ存在な彼らだけれど、街に出るとそれ以上に注目を浴びる。端整な顔立ち、均整の取れたプロポーション。それは女の子達の視線を惹かずにはいられない。 でも外見だけじゃなくて、彼らの内面も、そして歌も素晴らしいということを私は知っている。 今でさえこれだけ視線を集めるんだから、デビューしたらきっともっとすごいことになるんだろうな。 早乙女キングダムは夏休みということもあり、家族連れやカップルですごく賑わっていた。どの人も夏の日差しにも負けないくらいの、キラキラとした笑顔を浮かべて楽しんでいる。 遊園地っていろいろなアトラクションがあるけれど、そのどれもが日常とは違う切り取られた空間で、訪れたお客さんにひと時の夢を分け与える。だから誰しもが笑顔で幸せそうな顔をしているんだな、なんて思った。 夢と笑顔、か。 そういう意味ではアイドルも同じかもしれない。歌や演技でファンに笑顔と愛を届ける。 一人でも多くの人に喜んでもらうためにいい曲を、歌を作る。自分達の歌で、今ここにいる人達みたいに幸せそうな笑顔を浮かべてもらいたい。 「こ、これに入るんですか? えーっと僕はちょっと……」 「大丈夫だって! みんな一緒なんだしさ」 いくら勧められてもそう易々と首は振れそうもない。 「中は作り物しかないのだぞ? 演じているのも同じ人間だ、何を怖がる」 「知ってますけど、問題はそこじゃなくて、」 怖がらせるために作られたそこに、わざわざ怖がらされるために入るなんて、私には出来そうもない。 「ふふふ、サクちゃんの意外な弱点ですかね。でもアイドルには度胸も必要ですから入りますよぉ!」 何もこんなところで度胸を養わなくても他にいくらでもあるあずです、那月君! そう叫びたいけどグッと堪える。怖がっていると思われるのも、妙なプライドが邪魔をするから直接的には口に出来ない。 何とか理由をつけて他の場所に誘導しようとも思ったけど、どうやらこの場所を楽しみにしていたらしい音也くんを見ていたら、それ以上何も言えない。かと言って三人でどうぞ、なんて雰囲気ぶち壊しもいいところだし。 おどろおどろしい外観、中から時折聞こえる悲鳴が一層私の恐怖心を煽る。心臓がきゅっと縮こまり真夏だというのに暑さも感じない。 「夏といえばこれでしょ! 入って涼しくなろうっ」 「たまには屋内施設も利用して日光を避けるのがいいだろう」 「骸骨さんに〜、生首さ〜ん♪」 周りを取り囲むようにそのまま入場。ああもう、本当にお化け屋敷系統は弱いから無理なのに。しかもこれ歩いて回るやつだし、目瞑ってられないタイプだしっ。 なんでこういう展開になっているかと言えば、連続でアトラクションに乗るのも結構疲れるので、丁度目に付いた射的ゲームをみんなでやろうという話になり、ただやるのではおもしろくないので、勝った人が次のアトラクションを決めるということにしたんだ。 特に深い意味はなかったんだけど、まさかこんなことになるなんて…。 勝った音也くんが淀みなくここの名前を挙げた時は、回れ右をして帰りたくなったくらいだ。 音也くんは絶叫系、真斗くんはからくり屋敷や静かな乗り物、那月くんはメルヘンなのが好きだから、まさかお化け屋敷が選ばれるなんて思ってもみなかった。これもある意味絶叫系だけどっ。 怖いのが苦手。ドキッとした時のあの感覚が嫌だから、今まで出来る限り回避してきたのに…。 でも入るからには怖さを紛らわせようと冷静なフリをしている私を見て、彼らは言葉ほどには怖がっていないと思ったみたい。 「うわぁ、結構本格的ー!」 「うむ、さすが早乙女学園長だな。かなり造りこまれているようだ」 「かっわいいですねー!」 なんでそんなにまじまじと観察出来るのっ。可愛いとかその感覚が理解出来ないんだけど那月くん! なるべく見ないように歩いてるんだけど、見てないと歩けないし、何より何かが飛び出したらしい音を聞くだけで怖い。BGMも臨場感たっぷりで、耳から入ってくる情報もシャットアウトしたい……。 「大丈夫か? サク」 アトラクションを楽しむというより、設置している小道具や、たまに出てくる脅かし役の演技の観察に夢中になっていた三人だったけど、中に入ってから明らかに無言になった私に、やっと真斗くんが気付いてくれた。 「大丈夫…と言いたいところですけど、」 音也くん達は楽しんでるみたいだからゆっくり回って欲しい。かといって一人でここを出るとみんなに気を遣わせてしまう。というより一人ではここから動けそうにない。一緒にいてくれるからまだゆっくりでも回れる。 それに音也くんがあれやこれやと話しながら進んでくれるから、まだ怖さが紛れてる。それでも怖いものは怖い。 「それは……悪いことをしたな…」 そう言うとすっと私の右手を取り彼の腕に導く。 「怖ければ掴まっていると良い。見たくないなら目を閉じていろ。俺が出口までお前を連れて行ってやる。暗いから他の客の視線を気にすることもないだろう」 「た、助かります……」 この申し出は本当にありがたかった。これで周りは何も見なくて済む。 思わずぎゅっと握ってしまった私の頭上で、ふっと笑い声が聞こえた。視界が遮られてる分、聴覚が敏感になって小さな音でも拾い易くなってる。 「どうかしましたか?」 「いや、お前も女らしいところがあるのだなと思ってな」 「真斗くん、それはっ」 「ああ、大丈夫だ。一十木も四ノ宮も前方で夢中になっているからな。しかもこの音響の中ではこのくらいの声、聞き取れまい」 たしかにBGMに混じって聞こえてくる彼の声も、普通の声量だと聞き取り難い。だから前方にいるらしい音也くん達には届くことはないだろう。だけどその言葉で気付いてしまった。 普通、男の子が男の子の腕に縋ることってないよね。ものすごくかっこ悪いし情けない。 目を閉じて、不安定な状態で歩く私のペースに合わせてゆっくりと進んでいる今、いつ次のお客さんに抜かれてもおかしくない。そしてもしこの状況を見られたら真斗くん、変な目で見られないかな? そう思って手を外そうとしたんだけど真斗くんに制される。 「しっかり持っていろ、何も遠慮することはない」 「いえ、でも…」 「マサー!」 音也くんの真斗くんを呼ぶ声が突然聞こえたから、びっくりして今度こそパッと離してしまった。あんまりみっともないところ見られたくないしなぁ。同時に閉じていた目も開いてしまい、ちょうどやって来た音也くんの肩越しに血塗れの……、 「わぁああぁっ」 見てしまった残像を消そうと、ぎゅっと目を瞑り近くにあるものに縋りつく。 「おわっ、朔夜っ!? っと、とととっ!!」 どうやら音也くんに抱きついてしまったらしく、いきなりの私の行動に構えがなかった音也くんは、ぶつかった勢いそのまま後ろへ数歩下がり、彼の後ろについて来ていたらしい那月くんまで巻き込んで転んでしまった。 「っつ…」 「ごめん那月っ、大丈夫? 朔夜も……」 「ごめんなさいっ、音也くん、那月くん。怪我はしませんでしたかっ? 見たくないものが見えたのでつい気が動転して……」 「大丈夫か、三人とも……しまった…!」 心配して声を声を掛けてくれ、身体を引き起こそうとしてくれてた真斗くんの動きが止まる。視線は一点を凝視したまま固まっていた。 それを辿ってみれば倒れた那月くん。だけど眼鏡なし。 近いうちに会いたいとは思ってたけど、まさかこんなところで会うだなんて! こんなところじゃゆっくり話すことも出来やしない……。 中途半端〜。さっちゃん登場。 Aクラスといちゃいちゃの回にしようとしたら、マサ得だった← とりあえず話すきっかけが欲しかったので無理やり砂月君にご登場して頂きました。 那月が朔夜ちゃんといるときは必死で自分を抑えているため、さっちゃんはきっかけがないと表れない仕様になっています(ぇ |