「レディの才能には本当に驚かされるな」 「ああ、呼吸をするように自然に曲を作る。だからこそ俺達もすんなりとそのイメージを受け取ることが出来るのだろう」 「これは、今日のサクちゃん達の歌を聞いた時の心境ですかねぇ。ドキドキとワクワク、休符を入れることでびっくりして放心してしまった気持ちを表して…彼女の心そのままですね」 くすくすと微笑みながら言う那月くんに全くその通りだと思う。彼女の音は感情と一緒で純粋でストレートだ。 彼女が放送を見て驚くだろうということはもともと想像していたけれど、こうして目を瞑って曲を聞いていると、その時の情景がリアルに浮かび上がってくる。 放送が待ち遠しくてドキドキしている気持ち、HAYATOが出てきて嬉しい気持ち、突然の私の出現にびっくりした気持ち、新曲発表にさらに驚いてでも早く聞きたくてワクワクしている気持ち、歌を聞いた時の感動と喜びなど、本当にいろいろなものが詰め込まれている。 聞いてるこちら側も彼女の曲を受けていろいろな想いが湧く。そしてもっともっと良い曲にしたいと次から次にいろいろと意見が飛び出すんだ。 現に音也くんが早速歌ってみては、翔くんが駄目出しをして「こっちの方がカッコイイだろ?」なんて言って同じフレーズを違い歌い方にしてみたりしている。 「ふふ、翔ちゃん音はずしてますよぉ〜」 「うるせぇ! これはかるーく鼻歌程度に歌ってるからに決まってるだろっ。俺様の本気はこんなもんじゃねー」 「むきになる翔ちゃんは本当に可愛いですねぇ」 「あまりからかうものではないぞ、四ノ宮」 音楽は本当に私に素晴らしいものをくれた。喜び、感動、夢、それから素敵な友達との出会い。失くしたくない大切な、大切な仲間。ずっとずっとこのままみんなと音楽を作っていって、一緒に歌えたら…、ううん、絶対そうなる。 そのために私達は集まり、ひとつになって曲を作っているんだから。 「ん?」 春歌の曲と音也達の愉快な会話に気を取られて気にしていなかったが、先程から朔夜がひと言も発していない。 普段からまずはじっくりと曲を聞き込むところがあるから、今回もそうだとばかり思って気にしてはいなかった。けどあちら側だけではなく、こちらでも自分や真斗、那月が会話をしているというのにここまで無言なのはちょっとおかしい。 そのことに気付いたレンが、ソファに腰掛けたまま正面に位置する朔夜の顔を覗きこむ。 「アッキー?」 口角が薄っすら上がっているので、目を瞑って音楽を聞いているとも見えなくはないのだが、呼びかけても反応がない。 「どうした神宮寺?」 那月が翔を過剰に構うのを見て注意したり、音也があまりに興奮しているので宥めてたりしていた真斗が、レンの行動に目を止め、朔夜の状態に気付いた。 「サクちゃん寝ちゃったみたいですねぇ」 二人の視線がそこに集中していれば、同じくこの場にいる那月が気付かないわけがない。隣に座る朔夜をレンと同じように覗いてみてからそう言った。 「このように騒いでいても寝てしまうとは、よほど疲れたのだろうな」 「朝も早かっただろうしね。朔夜のことだ、もしかするとこの三日間、練習ばかりでまともに寝ていなかったかもしれないな」 「楽しい夢でも見てるんでしょうかねぇ。口元、笑ってますよ。ふふふっ、可愛いなぁ」 前日は緊張と興奮でなかなか寝付けなく、当日はHAYATOの入り時間より早く入るために夜明け前には目を覚ましていたのだから、睡眠時間はほんの僅か。朔夜が眠ってしまうのも無理ないことだろう。 そしてこの状況で寝るということは……。 「僕達、信用されてるんですね。嬉しいな」 「そう捉えるのがいいってことはわかってるけど、男として見られてないって考えるとちょっと淋しいな」 「貴様はそんなことしか考えられんのか。ここには七海だっているのだ、何も心配することもあるまい。俺達がお前のことさえ見張っていればな」 「おいおい、オレがそんなことするはずがないだろう。ま、二人っきりだったらわからないけどね」 もちろんこれらの会話は小声で行われている。朔夜のことを知らない音也や春歌に聞かれないため、何より朔夜を起こさないため。 こちらを逆撫でするようなことを言うレンにいつもなら食ってかかる真斗なのだが、それを考慮すると声を荒げることも出来ない。 「とにかく音也くん達には静かにしてもらいましょうかね〜。ゆっくり寝てもらいましょう」 「ああ。夏とはいえ風邪を引いても困るからな、タオルケットでも掛けて俺達は退出した方が良かろう」 そう言って那月と真斗が立ち上がろうとするより先にレンがすっと音もなく席を立ち、朔夜の元に回り込む。 「何をするつもりだ、神宮寺」 「ん? 気持ちよくゆっくり寝てもらうには、やっぱりでベッドで寝るのが一番だろう? だから運んであげようと思ってね」 「なら俺がやろう。サクもお前のような軽薄な男に触られたくないだろうからな」 「そういうお前こそ、何か下心でもあるんじゃないのか?(レディの)扱いに関してはオレの方が慣れてるんだ、眠りを妨げることなく優しくその身をベッドまで運んであげられるさ」 すぐにでも抱え上げようとするレンとその肩をぐっと掴み制止させる真斗。どちらも朔夜を想うゆえ、ライバルである相手に朔夜を抱きかかえられたくない。なのでどちらも互いに譲らない状態になっていた。 こんな密かな争いが行われているなど、未だ曲作りに夢中の春歌、音也、翔は気付いていないのは幸なのか不幸なのか。 いつまでも続くかに思われたそれを制したのはこの場にいるもう一人の人物、 「おい、いつまでもグダグダうるさいんだよ」 ではなく。いつの間にか眼鏡を外した那月、いや砂月がそこにおり、いつもの荒々しい感じからは想像も出来ないような慎重かつ優しい動作で、朔夜を抱き上げベッドへと向かった。 「あれっ、朔夜寝ちゃったのー?」 「って、おまっ、砂月じゃねーかっ」 「うるせえチビ。起きるだろーが」 「あっと…わりぃ」 砂月が抱えて動いたことでようやく気付いた音也達。 暢気な会話も、ついさっきまでこちらで攻防戦を繰り広げていた二人の耳には届かない。朔夜の隣に座っていたため、動きを止める間もなくそれはもう華麗に鳶に油揚げを掻っ攫われてしまった。 レンと真斗はその光景を見送った後がっくりと肩を落とし、深い溜息を吐くしかなかった。 「(まさかここであいつが出てくるなんて予想外だよ。もしかしたら誰よりも強力なライバルかもしれないな)」 「(神宮寺など放っておいて、さっさと運んでしまえば良かったのだ。いや、今更後悔しても遅いな。だがそうか、四ノ宮も……)」 余談的お話を入れて、今度こそ8月編終わります! 内容がなんもないんですが、何がしたかったって、朔夜ちゃんを姫抱っこするさっちゃんが書きたかっただけなんです!(爆) こうやってサラリと那月と砂月は入れ替われるんだよーってのも入れたかったのかも。 この時内部では『いつまでも埒が明かないな。おい、那月ちょっと変われ』『えー、僕も抱っこしたい』『今回は俺に譲れ』『しょうがないなぁ、さっちゃんは』 みたいな会話が行われていたかもしんない。 |