「ってわけで、明日は一日朔夜を借りるから!」 「あなたは何を言ってるんです……」 みんなが集まっての練習終わり、何がどうなってそうなったのか、音也くんが前置きもなく言ったセリフにトキヤくんが目をぱちくりとさせてから、はぁとひとつ溜息を零し呆れた声を出す。ごめんなさい、突然すぎて私も何がなんだか理解出来ません。 「だいたいあなたはいつもそうなんです。ちゃんと『何』が『どういう理由』で『そう』なのか、話の道筋をきちんと立ててから話さなければ相手に伝わらないでしょう」 「そっかな?」 「そうです」 きっと普段から部屋でこういう会話をしてるんだろうなぁ、というくらい自然なやりとり。同じくクラスでもこんな感じなんだろう、真斗くんがトキヤくんの言葉に深く頷いているのが見えた。 省略してたとしても、前後の話の繋がりからニュアンスで感じ取れることはあるけれど、その前後がないから察しようにも察せられない。 思ったことをそのまま口にしちゃった感じ。しかもその思ったことの頭の部分を脳内だけで組み立てて結論だけ言ったみたいに。 「そんなこと今はどうでもいいよ。だってせっかく夏休みだし、遊びに行きたいじゃん!」 「だからってなんで朔夜を借りることになんだよ」 しかも当の本人に言うんではなく、何故かトキヤくん、レンくん、翔くんに向かって言ってたような? 「一十木が話すと話が複雑化しそうだな」 「思ったことを口にする、そこが音也くんのいい所でもありますからねぇ」 額を押さえる真斗くんと、柔らかな笑みを浮かべて音也くんを見つめる那月くんは、彼の性格をよく把握しているみたい。やっぱり同じクラスで過ごしていると自然とわかり合えちゃうんだろうなぁ。 「だってさ、トキヤ達だけずるいなって」 「だから、何がです」 トキヤくんがイライラし始めてる。そういえば私もあまり表情を動かさないトキヤくんの感情を、最初の頃より読み取れるようになってる。過ごした時間の分だけ相手のことがわかるようになったんだろうな。 「トキヤ達は朔夜と同じクラスだから、今までも遊びに行ったりしてるだろ? だから俺達もたまには一緒に遊びたいなって」 「遊ぶんならここにいるやつら全員でもいいだろう? なのに何故アッキーだけなのか聞かせて欲しいものだね、イッキ」 「だからー、トキヤ達は学校始まればいつでも一緒にいられるじゃん。俺達だってもっと朔夜と仲良くなりたいからさ、一日朔夜と遊びたいなって思ったんだけど……ダメ?」 今度は私の方に身体を向けて首を傾げる。私と音也くん達Aクラスとの接点は休み時間や放課後、それからたまにある合同実習くらいだ。 寮では一人部屋だし、違うクラスの誰かと同室になっているトキヤくん達に比べれば明らかに接点も少ない。だから自然とみんなで集まってもトキヤくん達といることが多いし、何かあればまず彼らに話していると思う。 それはやっぱり親密度の違いだと思うから、その差を埋めるためにも音也くん達と過ごすのは良い案のような気がするから、彼の問いかけには即座に首を縦に振った。 「もちろんいいですよ。僕ももっと音也くんや真斗くん、那月くんのこと知りたいですし」 「やったー!」 「七海さんも来られるんですか?」 「すみません。わたし、明日は用事があるので行けないんです」 「そうなんですか、残念ですね……」 すまなさそうにぺこっと頭を下げる七海さんに「また今度一緒に遊びましょう」と言うと、「はいっ!」と満面の笑みを浮かべてくれた。 接点という話になれば七海さんとのそれは格段に下がる。クラスが違うことももちろんだが、寮だって違うからそうそう行き来が出来るものでもないし。だから是非とも一緒に行きたかったんだけど、用事があるなら仕方ないよなぁ。 「それって俺らも行っちゃ行けないワケ?」 「だめですよぉ。今回は遠慮してください、翔ちゃん」 「んでだよ」 どうせ休みなんだからみんなで行ったほうが楽しいに違いないのに、那月くんは翔くんにやんわりと断りを入れる。 どうやらこれは音也くんの突発的提案だったのではなく、Aクラス三人の総意だったみたい。 「一十木も言っただろう、お前達はサクとはもう十分に親しい。言ってみればこれは俺達Aクラスとサクとの交流会。お前達が来れば結局はいつもと同じになってしまうだろう。特に神宮寺などは邪魔をするに決まっているからな」 「邪魔、ねぇ……。邪魔をしなきゃいけないようなことでもするつもりなのかな」 「何を考えているかは知らぬが、俺達は純粋にサクともっと友好を深めたいと思っただけだ」 なるほど、Sクラスの三人が来たらやっぱりそうなっちゃう可能性はあるよね。どうしても話し慣れた人と話してしまうのは自分でもどうしようもないし、交流会というならAクラスの三人(やっぱり七海さんもいて欲しかった)とだけ出掛けた方が、より仲良くなれる気はする。 「んじゃ、決まりだねっ。明日寮前で待ち合わせして出掛けよう!」 「わかりました」 「今から楽しみでワクワクしますねぇ」 遠足前の子供みたいになかなか寝付けなかったけど、目覚ましが鳴る前に目が覚めた。睡眠時間は足りてないはずなのに頭はしっかりと冴え渡っている。 カーテンを開けて外を見てみれば、雲ひとつない快晴。遊びに出掛けるにはもってこいの天気だ。 「うん、いい天気。今日も暑くなりそうだ」 どこに行くのかは教えてもらってないけど、屋外で遊ぶのなら熱中症にも気を付けないといけないな。音也くんなんか夢中になると、そういうこと忘れそうだし、こまめに休憩や水分補給するように促そう。 あ、でも真斗くんがしっかりしてそうだから大丈夫か。さすがに妹さんがいるだけあって、ものすごく面倒見がいいもんね。 それと昨日トキヤくんに「外で遊ぶなら紫外線対策はしておきなさい」って言われたから、一応日焼け止め塗っておこうかな?まだまだ日差しは強くなるし、いくら焼けにくいとは言っても今日くらいの天気だと肌が赤くなりそうな気もする。 後々ヒリヒリ痛むのも嫌だから、うん、やっぱり塗っておこう。 身支度を整えて一息つく。待ち合わせの時間にはまだ少し時間があるから、集中しすぎないように七海さんの曲を小さな音でかけてコーヒーを。 いつ聞いてもいい曲。あったかくて優しい曲の雰囲気そのままに、心もほっこりと温まる。彼女の表現は本当に多彩でいつも驚かされる。 しっとりとしたバラードから激しいロック、ジャズ調やユーロビート、彼女にジャンルのこだわりはない。いいと思ったものは全て取り入れてそれを瞬く間にアレンジしてしまう。 「んー、やっぱり一緒に遊びたかったなぁ」 きっと彼女はどんな些細なことでもいろいろな感情を覚えるんだと思う。小さな発見に大きな喜び、いつでも一生懸命で、音楽が大好きで、曲を愛してて。 自分が作りたいと思った曲ではなく、歌う側を思って作る。そうやって作られるからこそ、彼女の作り出す音が愛しくてならないんだろうな。 なんてことを考えていたら、部屋の扉がノックされた。まさかと思って時計を確認してみたけれど、まだ約束の時刻にはなっていない。 部屋を訪れる人は限られているけど、今日はみんな私の予定を知っているからわざわざ訪ねて来るようなことはしないはず。だとしたら一体誰が来たのだろうと思いながら、返事をして扉を開ける。 「おはよう、サク」 「おはようございます…って。え、あれっ、もしかして時間過ぎてましたっ?」 |