触れる手、交わす言葉、繋ぐ心

□7月  -ハプニング-
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「レンくんに本気を出されたら、僕、負けてしまう気がします」

「おや、アッキーの実力派そんなものだったかな?」


ちょっと拗ねた感じで言ってみればレンくんもいつもの調子で返してくれる。


「何も物理的に一緒に歌ってくれなくてもいいんだ。本音を言えばそうしてもらいたいけど、課題はあくまでひとりずつの評価だしね。
だからアッキーには、オレが常に本気で歌えるようにしばらくの間一緒に練習して欲しい。負担になってしまうかもしれないけど、協力して欲しいんだ」

「ええ。本気の歌声、僕も聞いてみたいので喜んでお手伝いしますよ。レンくんの声は素敵ですからね。もしそれで僕の成績が悪くなったら…日向先生に上申しますから」


まぁ、そんなことは絶対しないけど。少しでもレンくんの役に立てるなら、私の時間を削ってもいいと思う。


「それにしても……。レンくんと七海さんを巡ってライバルですか、先が思いやられます」

「恨むんなら、この曲を薦めたリューヤさん達と、オレを歌う気にさせてしまった子羊ちゃんを恨むといいよ」

「ふふ、七海さんを恨む気にはなりませんが、日向先生達は恨めしく思いますねぇ」


さて、レンくんは本気で歌う気になった。だけど、家のことは? 彼はそこはまだ納得していないはず。そして、アイドルになるかどうかも今の時点でははっきりしない。この際だから、色々と聞いてしまおう。それで彼の気持ちが少しでも軽くなるのなら。


「お家の事はどうするんです?」

「あいつらにオレの力を示してやるさ。そしてオレを認めさせてやる。聖川家の嫡男にも負けない、立派な神宮寺家の一員だってことをね」


ふと和らいでいた空気がいっぺんに緊張した。彼は家のことになると激しい拒否感を顕にする。
ぶつける所のない怒りを持て余しているようでもある。そして、真斗くんのこと。きっと年も近いせいか幼い時から比べられてきたんだろう。


「あいつは、嫡男で家を継げる身でありながらそれを放り出そうとしている。オレは逆に、どれだけ頑張っても存在さえ認めてはくれなかったのにね」


レンくんからしたら、それは許さざるを得ないことなのかもしれない。

どれだけ努力しても手に入らないものを簡単に捨てようとしている、それは腹立たしいだろう。だけど、逆の立場なら?


「家のことは抜きにして考えてみてはくれませんか?真斗くんはアイドルになりたくって、でも親に別の道を強要されている。これが普通のお家ならば、それはそんなに許されないことですか?」

「………普通の家なら、ね。でもあいつは聖川財閥の嫡男だ」

「はい、だからこそ苦悩されてると思います。たしか、妹さんがおられましたっけ。すごく可愛がっていらっしゃるとか」

「ああ、かなり年の離れた子が。まだ小さい」

「でしたら余計に、でしょうね。自分が跡を継がなければ、負うべき責務を妹さんが果たさなくてはならなくなるかもしれない。でも、夢は諦められない。板挟みです」

「…………」


自分の立場からしか物を見れないと視野が狭くなる。

私が口を出したからって蟠っていたものが取り払えるわけではないけど、それでも第三者から見た意見は少しなりとも参考にはなるはずだ。
彼はただ、家に囚われすぎているだけ。もともとは広い心を持つ人だろうから、今すぐには無理でもきっと。


「お家のことも、レンくんのお兄さんがどういう方かも知りませんし、肩を持つわけではありませんけど、ごめんなさい。僕にはどうしてもレンくんが言うような意味でここに入れられたのではないと思います。でも僕がそう感じた理由を言っても、ただの推測ですしレンくんを説得するほどの力は持たない。こればっかりは当人同士の話し合いが必要だと思います」

「アッキーの言うことなら、きっとそうなのかもしれないと思ってしまうよ。けれど仮にそうだったとしても、ダディに虐げられていたオレを、見てみぬ振りをしていたあいつをオレは許すことは出来ない」


うーん、お兄さんの方にも何らかの問題があるようだな。というかこの兄弟、まともに話したこともないんじゃないだろうか。それなら擦れ違っても当然だ。これもいずれ、レンくん自身が決着をつけないといけない話。


「何にしろお家を見返すなら、誰にも文句を言わせないトップアイドルになって、神宮寺家から来た仕事の依頼を蹴ってやればいいんですよ」


私のとんでも発言に目を大きく見開いたレンくんは、直後にぷっと吹き出した。ああ、やっぱり彼にはこういう温かい雰囲気の方がよく似合う。


「ははは、それはいいね! よし、じゃあまずはやっぱり歌の練習だな。そして目指すは卒業オーディションの優勝ってね」

「はい。まぁ、負けませんけど」


お互いに顔を見合わせてにこっと笑う。強力なライバル出現となったけど、どうせ同じ目標を目指すんだからそれまでの間お互いを高め合いたい。

彼の存在感や華々しさはこれからますます磨きがかかるだろう。私もそれに負けないよう全力で励む。そうすればより高みへと昇れるはずだ。

パートナーのような一心同体の存在ではないけれど、ライバルであり仲間である。これって、同じ世界で戦っていくにはこれほど心強いものはないだろうと思う。











これほどまでに踏み込んだ話をしたのはアッキーが初めてだ。そして、深くオレの内情に触れてきたのも。そしてやっぱりそれが嫌じゃなかったんだ。アッキーの言うことなら、気持ちを落ち着けて聞いていられる。

本当におかしいな。今までのオレじゃないみたいだ。いや、ある意味本来のオレなのかもしれない。まだ何の蟠りもなかったあの頃の。

ありのままのオレを否定せずに受け入れてくれる彼の存在を愛しく感じる。

まさか同性に惹かれるなんて……と思ってたんだけど、どうやらオレの本能は初めからわかっていたらしい。

彼が…アッキーがレディだったと、ね。

まだ寝起きで意識がはっきりしてない様子がなんだかすごく綺麗で、思わず見惚れてた時に、アッキーが身体を硬直させた。

初めは突然部屋にオレがいたから(声はかけたけど、あれでは寝てるも同然だっただろう)びっくりしただけだと思ったんだけど、その後身体を隠すようにシーツを動かしてた。本人は無意識だったのかもしれないけどね。

そして着替えると言って、バスルームに向かったアッキーをこっそり窺ったら気付いてしまった、その胸の辺りにオレ達にはないふくらみがあるってことを。

一時期は自分がどうかしてしまったのかと悩みもしたが、オレの本能は正しかったってことだ。

何故だろうな、騙されたとかそんな気持ちはこれっぽっちも湧かなかった。アッキーのことだから何かしら理由がある気がしたからだ。

彼女が何故男だと偽ってここにいるのか、なんて野暮なことは聞かない。きっとそれに気付いているのはまだオレだけだろうし、余計な虫はつけない方が得策だ。

……いつか、彼女の方から秘密を打ち明けてくれるまでは、ね。





(胸に湧き上がるこの想いも本気になったとしたら、それでもキミはオレを受け入れてくれるだろうか)











告白はNGです、レンよ…。
歌いだす理由としてはどうしても弱い気がするんですが精一杯。雰囲気小説ですから…。
というわけで、プリンス達の中で真っ先に気付いたのはレンでした。
いや、もう最初っから気付いてたようなもんなんですけどね、女性センサーで。
彼は賢い人なので、時が来るまでそれを表に出すことはしないと思います。
ま、普段からアレな人ですから冗談交えながらいちゃついてそうですが…。

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