学園長室を退出して携帯を確認すると、みんなが食堂に集まっているから用事が終わり次第合流するように、とトキヤくんからメールが届いていたのでそのまま足を食堂に向けた。 いつの間にか定位置となっている食堂の隅の方にトキヤくん達はいた。 常にここで食事を取るわけではないけど使う時はいつもこの場所で、それがいつの間にか他の生徒達にも知られていて、どんなに人が多くてもここはいつでも空けられているんだよね。 席が決まっているわけではないのに、やっぱりレンくんのような有名人と一緒にいるとファンの子達が気を遣ってくれるんだろうなぁ。 用意されてる席の数は全校生徒の人数分あるんだろうから、こんな端の方をわざわざ誰も使う必要はないっていうのもあるんだろうけどね。 「お待たせしました」 「やっと来たっ、おかえり朔夜」 「急に連れて行かれるんだもんな。止めてる暇もなかったぜ」 「元気がないようですが、まさかユニットの件で何か言われでもしましたか?」 顔には出してないつもりだったんだけど、トキヤくんは変なとこ鋭いからなぁ。 「いいえ。ちょっと学園長の相手をして疲れただけです」 「どうせまたボスが無茶振りでもしたんだろう?」 その無茶振りがすべての発端となって、私が男装してここにいることを知っているレンくん。でもそのおかげでこうしていられることを考えると、案外悪いものばかりじゃない。かもしれない。 それにしても連れて行かれる時に、日向先生から言われた言葉の意味が今ならわかる。 私もやっぱり学園長室に連れて行かれるときに、トキヤくんと同じ疑問を抱いたから聞いたんだよね。そしたら先生は「まったく関係ない話だが、なくもないとは言い切れない」と言った。 今回は那月くん自身の話だから、直接的にはユニットの存続に関わる話ではないけれど、彼はメンバーの一員なのだからやっぱり関係ないとは言い切れない。 「大丈夫ですか、サクちゃん?」 目の前に座っていた那月くんが心配そうに見上げてくる。今の彼が情緒不安定だというなら、これ以上心配事を増やしてはいけない。 「大丈夫ですよ。みんなの顔を見たら、なんだかホッとしちゃっただけですから」 幼い子供のように純粋で繊細な心を持つ那月くん。あの時の砂月くんのように少しでも和んでくれたらいいなぁと、柔らかなミルクティー色の髪を撫でる。 突然の私の行動に一瞬目を瞠ったけどすぐに細めて、にっこりとした。 「ふふ、サクちゃんにいいこいいこしてもらっちゃいました。あー、もう可愛いなぁ。お礼にぎゅーってさせてくださいっ」 させてくださいと許可を求めていながらも、こちらの答えを聞く前に抱きついてくる。その衝撃にぐっと息が詰まったがすぐに力を抜いてくれる。 砂月くんの持つ馬鹿力を那月くんも持っているようで、翔くんをぎゅっとする時は全力でいっちゃってるらしく、たまに口から魂が出かけてるんだよね。 感情をそのまま行動にうつしてしまうタイプらしい那月くんだけど、彼の怒った所はまだ見たことがない。 解離性同一性障害と言うらしい、というのは学園長から聞いたこと。そういう人達の中には感情が欠落している人がいるとも聞いたけど、那月くんは感情が豊かだ。 だけど「喜怒哀楽」中の怒りの感情だけは見たことがない。でもそれは欠落しているというよりも、その感情を出すことを怖れているように思える。感情を抑えることはストレスに繋がる。それを発散させるために、その感情を受け持ったのが砂月くんなんじゃないだろうか。 「それで夏休みの予定は決まったんですか?」 撫でるのを止めて軽く頭をポンポンと叩く。 席に着くためには那月くんに離してもらわなければいけないから、それを伝えるために言葉ではなく動作で読み取ってもらおうと思ったんだけど、果たして那月くんはこちらの意図を読んでくれたようだ。 いつもならすぐにでも私を解放させようと翔くん達が動いたりするんだけど、今日は何かを感じ取ったのかただじっと見守っていてくれた。 「待ってたんですっ。秋くんがいらっしゃらないと、何故かみなさん話が進まなくって……」 「僕の予定待ちだったんですね、すみません」 「あー、間違っちゃいねぇけど。それ以前の問題なんだけどな…」 うん? とにかく予定はまだ立っていないらしい。 「みんなは帰省予定とかはあるんですか?」 「僕はないですねぇ。ポークちゃん達に会いたいとは思いますけど、遠いですから」 「私もありません。ですが知っての通り、休みの間も私は忙しいのであまり参加出来ないかもしれません…が、出来る限り参加はします」 「未だにそのトキヤの忙しさがわっかんねーんだよな。なんだ、バイトでもしてんのか?」 「私事ですので余計な詮索は無用に願います」 「……はいはい。俺はちょっとだけ帰るかな。帰らないと弟がうるさいからよ…。っつっても2、3日くらい」 ポークちゃんってなんだろう。確か彼の部屋に同じ名前のぬいぐるみがあったはずだ。実家にも同じのがあるのかな? それにしても翔くんに弟さんがいたなんて初耳だ。彼の弟だったら……きっと可愛いに違いない。 「俺はここにいるつもりだ。…家から呼び出しでもあれば行かねばならないだろうが、今のところその予定もない」 「わたしも寮に残ります。みなさんといると次々と曲のイメージが湧いて来るので、少しでも早く聞いて欲しいですし」 彼女は没頭すると寝食忘れてしまいそうだから、その辺は注意して見ててあげないと身体を壊してしまうかもないな。同室の子が帰省しなければそれも抑えられるんだろうけど、どうなんだろう。 「オレはレディ達とデートの予定が……と言いたいところなんだけど、今回はすべて断らせてもらったからフリーだよ」 「ふん。ついに愛想を尽かされたか、神宮寺」 「どうやら聖川はオレの言ったことが理解出来ないらしい。オレは『断った』と言ったんだ。アッキーとレッスンするためにね?」 「貴様の言動を理解したいとも思わぬ」 あの時多少は腹の内を明かした二人だけど、喧嘩するほど……とも言うし、これが彼ら流のコミュニケーション方法なんだろうと最近は納得した私がいる。険悪ムードにならない限り心配することはない。 「俺も特に予定はないかなっ。朔夜は帰らないの? っていうか、顔出さないの? って言った方がいいのかな」 メンバー内で唯一私の滞在先というか、養われ先というか。を知っている音也くんに問われて少し考える。都内にあるんだから帰ろうと思えばいつでも帰れる。 そして帰ればみんな暖かく迎え入れてはくれるだろうけど、実は寮に入る時に「次に逢うときはアイドルになってるから!」みたいな宣言をして出てきたものだから、ちょっと恥ずかしい。 一年はそんなに長い期間じゃないし、あの時は休みに帰省するなんて考え、頭になかったからなぁ。 「音也くんは、サクちゃんのお家のこと知ってるんですか?」 「ん? あれ、みんな知ってるんだと思ってたんだけど俺だけだった?」 那月くんや真斗くんはともかく、同じクラスのトキヤくん達なら知っててもおかしくはないと思ったらしく、彼らがちょっと驚いた目で見ているのに気付いた音也くんは、失敗したとでも言いたげな視線を私に向ける。 それから「ごめんね」と謝ってきたけれど、別に隠しているわけでもなかったので彼が謝ることは何もない。 「ふふふ、そんな謝ってくれなくてもいいんですよ。特に話題に上ることもなかったので話していなかっただけですし、知られたからって別段どうというわけでもありません。 音也くんだってそうでしょう?」 「ああ、そっか。そうだね」 彼だって施設で育ったことを隠すこともなく、むしろ誇らしく思っていて。 私だって養い親と呼ぶと怒られるだろうけど、あの人と周りの人達みんな大好きだし、胸を張って私の家族だと言える。 「何故一十木だけが知っていたのか、非常に気になるところだが……」 「それはあとでイッキに直接聞くことにするか」 「そうですね。丁度休みに入るのですし、時間はたっぷりとありますからね」 「なんか二人だけでわかり合っちゃってるのが、なんだろう…妙にムカつくよな…」 「あ、秋くん。なんか変な雰囲気になってますけど、放っておいても大丈夫なんでしょうか?」 「僕が話してなかったからみんな怒っちゃったんですかね〜? 聞いても面白い話じゃないと思うんですが」 「ふふふ、みなさん音也くんにやきもち焼いてるんですよ〜。さて、僕も参加してきましょうかね」 さっちゃん問題を解決するために徐々に動きます。 前半と後半がちぐはぐですみませぬ。そして今回も変なとこで切った。 7月編ですが、もう少しだけお付き合いを。 |