触れる手、交わす言葉、繋ぐ心

□7月  -ハプニング-
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何の心配もなく終業式を迎えられるって素晴らしい!
本来ならこれから始業式の間までに曲を作り、先生方に認めてもらわなきゃならなかったんだけどその憂いもなくなった。

あの日私達のユニットが決定されてからは、すでに卒業オーディションに向けての曲作りに取り掛かっている。それと同時にあの時作った曲も、中途半端なままはもったいないといろいろアレンジを重ねたりもしている。

しかもそれだけじゃなくって、七海さんが次から次へとラフを作ってくるものだから、どれもこれも歌いたくなって仕方がない。

彼女は本当に息をするように自然に曲を作る。天性の才能、音楽の申し子。こんな言葉では彼女に失礼かもしれない。彼女の並々ならぬ努力と音楽を愛する気持ちが、その才能を引き出しているのだろうから。


「夏休み中ももちろん、学内の施設は自由に使える。
それからまだパートナーが決まってない奴の相談、申請も受け付けてるから気兼ねなく学園に来い。ただ仕事で俺もいない時があるから、その場合は他のクラスの担任でも良い。誰かに言っておけば俺の耳に入る。日を改めて話聞いてやっから遠慮すんなよ」


夏休みが終わってしまえばパートナー選考の時間は残り少なくなる。

こうやってアイドルをしながら教師を兼業するのは本当に大変そうだけど、だからって手を抜くことは絶対にしない日向先生はすごいと思う。私の相談だって、どんなに書類が溜まって手が空いてなくても聞いてくれるし。


「休みの間帰省する予定が決まっていて、まだ申請してない奴は早めに持って来いよ。それ以外の奴でも外泊する時は申請するように。
以上だ、休みだからって浮かれて練習を疎かにすんじゃねーぞ!」


教室でのHRを終えれば休みに突入だ。どの学校でもそうだろうけど、この休みの間をどう使うかによって今後大きく変わってくる。特に早乙女学園は一年しかない。先生の言う通り、休みだからと言って遊びほうけていては後々困ることになるだろう。

だからこそみんなと計画を立てようと思ってたんだけど。


「なんで僕はここに連れてこられたんですかね?」


トキヤくん達と一緒に教室を出た途端、日向先生と月宮先生に有無を言わせず拉致されて学園長室に連れてこられた。

心配するだろうから、彼らには先に音也くん達と一緒に打ち合わせをしておいてくださいとは言った、基、叫びはしたけどちゃんと届いただろうか。

連れてこられた部屋には当然そこの主が待ち構えていた。彼からどんなことを言われるのか内心ビクビクしていたんだけど、話し始めたのは月宮先生だった。


「ちょっと困ったことになってるみたいだから、サクちゃんにも協力してもらおうと思って」

「困ったこと?」


何が起きたのかは知らないけれど、私が役に立つようなことなんだろうか。


「サクちゃんはなっちゃんの別人格知ってるでしょ?」

「砂月くん? 彼がどうしたんですか?」

「最近頻繁に現れてるらしいじゃねーか。しかも切り替わるきっかけが一定じゃねー」

「あ、はい。翔くんから少しだけ話を聞きました。僕もここのところよく会いますが、砂月くん大人しいでしょ? 別に困ったことは何もないんじゃ…」

「ノ―――――――――――――――――――ン!!!」


暴れることもなく、しばらくすれば那月くんに戻る。そう翔くんは言っていた。校舎が破壊されるようなことは起きてないみたいだし、別段前のように恐れる心配もないと私は思うんだけど、チッチッチッと人差し指を立てて学園長がそれを否定をする。


「たしかーにぃ〜、前のような禍々しいオーラを所構わず発することはなくなりましたが、それはこの際どうでもイイのデース!
問題は、Mr.シノミーヤが情緒不安定になっていることディーッス」

「那月くんが?」

「なっちゃんはああいう子だからあまり細かいことは気にしないけれど、最近は記憶がしょっちゅう抜けているわけでしょ?だから本人も違和感を感じ始めているみたいなのよ」


今までの変わる頻度がどれくらいのものだったのかはわからないけど、確かに初めて砂月くんから那月くんに戻ったのを見た時は、特に何も気にしてないように見えた。

だけどそれが頻発しているとなれば元々繊細な那月くんだ、疑問に思わない方がおかしい。


「しか〜も! どうやら第二の人格の方が力が強いミタイですからね〜。このまま放置していてはMr.シノミヤが危険デッスゥ」

「どういうことですか?」

「そのさっちゃん? だったかしら。このままだとなっちゃんとその子が逆転してしまうかもって、シャイニーが」

「でも砂月くんは那月くんのことを誰より大事にしてるんですっ。そんなこと起こるはずがありません」


たしかに砂月くんが全面に出れば那月くんが苦痛を味わうことはなくなる。けれどそれでは本末転倒、そしてそれを砂月くんが望んでいるとも思えない。

彼は自らを那月くんの『影』だと言うんだから。


「何か、彼自身に影響を与えたのか〜もしれませんネ〜。
とにか〜っく! Mr.シノミヤがもうひとつの人格を認識することで、改善出来るぅ、かぁ〜もしれマセーン」

「そこで、だ。お前にはそのもうひとつの人格が懐いてるって話だから、協力してもらおうかと思ってよ」


懐いてる……かどうかは知らないけど、そういうことならいくらでも協力する。

でも砂月くんは那月くんが自分を認識することを渋るかもしれない。それでも那月くんのことを考えるならば、納得してもらわないわけにもいかないだろう。私にその説得が出来るだろうか。


「さっちゃんとまともにお話出来るのはサクちゃんしかしないのよ。だから、ねっ。ねっ?」

「大丈夫ですよ、断るなんて有り得ませんから。ユニットが決定したおかげで、今までより那月くんと一緒にいることも多くなりましね」


それなのに気付けなかった自分が恨めしい。砂月くんに守るって言ったくせに全然出来てないじゃないか。


「ああ。すぐにどうこうって話ではないらしいから一応、気には留めといてくれ」

「もちろんです」


同室である翔くんにも相談して、何かおかしいことがあればすぐに報告してもらうようにしよう。
那月くんにいきなり説明してもわからないだろうし、砂月くんと先に話をするのが先かな。

何故頻繁に出てくるようになったのか、そこがわかれば少しは改善の手がかりになるかもしれない。もちろん砂月くん本人が今の状態を気付いていないわけがないので、今度出てきた時にでも話を聞いてみなくっちゃ。







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