触れる手、交わす言葉、繋ぐ心

□7月  -ハプニング-
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これが伝説のアイドルの迫力、か。

最悪私はどうなっても良いとは考えたけれど、このユニット自体がなくなるかもしれないなんて。いや、本当はそんなこともあるかな、と少しは考えていた。

みんなには悪いと思うけれど、やっぱり歌う意思があるのに歌えないってことになるなら、本来通りのパートナー選考をした方がいいと思ったから。前はトキヤくんが拒否するならそうするのが公平だと思っていたけれど、状況が変わった。

一人でも歌えない人が出るならば、このユニット自体が成り立たない。そう考えてはいたけれど、いざ目の前に提示されると気持ちが揺らぐ。

それが保身から来るものなのかもしれないと思うと吐き気がする。結局私は自分のことしか考えていないんじゃないのか。
みんなと歌えるという道が開けた、それを失うのが怖い。


「楽譜はありますか」


誰もが気圧され口を開けないでいた中、呼吸を落ち着けたトキヤくんが歩み寄って来た。その顔には焦りの表情は浮かんでいない。

いつもの冷静なトキヤくん。その顔が「ここで諦めるつもりですか」と問いかけてくるようだ。

そうだ、頭から否定されたのでは打つ手はないが、学園長は条件提示をしてきた。ならばそれを全力でこなし、私達の歌声を、ハーモニーを伝えればいい。

集まっての練習は数はこなせてはいないし、トキヤくんにすれば初見だ。だけどそれぞれの音楽センスや技術力を考えればきっと無理なことじゃない。それどころか見ている先は一緒なのだから、きっとどんな困難にも打ち勝てる。


「あ、はい。これです。トキヤくんのパートは……」

「……、なるほど。ええ…、……大体はわかりました、良い曲ですね。一度聞いてみても?」

「七海さん、お願いできますか?」

「はいっ」

「朔夜」

「なんですか?」

「……ありがとう」


礼を言ってもらうことじゃない。むしろ私の方が言いたいくらいだ。来てくれてありがとう、一緒に歌う決心をしてくれてありがとう。

けれど、その言葉はこれを歌い上げてから言うことにしよう。成功させない限りこの先はないから。

ズレなく歌い上げることが出来るトキヤくんなら、一度聞くだけでも十分だろう。ほぼぶっつけ本番でやった方が彼の凄さも伝わる。


「なーんだトキヤ、来ちゃったのかぁ。せっかく七海の曲と朔夜の歌、俺達だけで独占しちゃおうと思ったのに」

「ふふ、音也くんはトキヤくんだけ、ハルちゃんの曲が歌えないなんて可哀想だって言ってたんですよぉ」

「ちょ、那月!」

「あなたに可哀想がられるなんて、私も落ちたものですね…」

「たしかに一十木に哀れまれるなど、一ノ瀬には耐え難い屈辱だろうな」

「マサ! その言い方はひどいよぉ!!」


曲を聞き終え、軽く楽譜をチェックしているトキヤくんの元へ、それまで様子を見守っていたみんなが集まる。内心ではトキヤくんが来てくれてホッとしているくせに、憎まれ口を叩いてしまう音也くん。

その顔は不安なんてひとつも感じられなくて、ただ揃ってみんなで歌えることに喜びを感じている。どんな状況下でも前向きで明るい音也くんに、私も勇気付けられる。


「イッキの言うとおり、明日からお前が羨むくらい自慢話でも聞かせてやろうと思ったのに、まさかギリギリで来るとはね」

「ヒーローは、遅れてやって来るものでしょう?」

「だーれがヒーローだっ! 心配かけやがって……。トチんじゃねーぞ、トキヤ」

「誰に物を言ってるんです。私はいつでも完璧に歌いますよ」


クラスでは見慣れた光景。だけど最近はみんなが遠慮してどこか不自然になっていた会話。それがここに戻ってきた。

心配も不安もそんなもの全部どうでもよくなる。この雰囲気、この気持ちのまま歌えばそれはきっと、周りのみんなをも巻き込んで楽しい気持ちになるはず。

最高の歌が歌えそうだ。


「準備はいいですか?」

「もっちろん!」

「ああ」

「ばっちりですよぉ」

「いっちょ決めてやるかっ」

「オレはいつでもオーケーだぜ?」

「お願いします」


気持ちがひとつに重なる。
この感じは誰かと歌っている時の気分と似ている。

ああそっか。だから早乙女学園ではパートナーと二人で一緒にデビューを目指すことになっているのか。ひとつのものを力をあわせて生み出すことにより一体感を。

ただ私達の違いと言えば、それぞれが共に戦う仲間であると同時にライバルであるという点。間近にその存在を感じることによって、歌いながら成長していける。同じ歌を歌ったとしても、今日より明日、明日より…。

ちょっと緊張しているように見える七海さんの肩に手を置き、優しく解す。


「大丈夫。僕達も一緒ですから、あなたはいつも通りで。あの時と一緒です。他の事は考えないで、僕達の歌声だけを感じてください。
自分で言うのもなんですが、きっと良いものになりますから聞き逃してはもったいないですよ?」

「秋くん……。そうですね、わたしもそう思います! 心を込めて弾きます、みなさんの想いに負けないように」


そう言ってゆっくりとみんなの顔を見回す。ひとりひとり、確かめるように。

音也くんは親指を立ててグッと突き出す。真斗くんはただ静かに頷き、那月くんはにっこり笑って手を振る。
翔くんは両手を握り締め気合いを入れ、レンくんはいつものように投げキッス。そしてトキヤくんは優しい笑みを浮かべそれに応える。

音楽で繋いだこの出会い。みんなで歌うことを考えるだけで胸はドキドキと高鳴り、自然と顔も綻ぶ。

これが最後になるかもなんて後ろ向きな考えは浮かばない。ここが私達の始まりとなるステージ。
目の前にいる観客に私達の気持ちを、歌を伝える。ただ、それだけだ。







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