集合場所である第二レッスン室の扉を開けると、すでにAクラスのみんなは集まっていた。先生は……まだ来てない。 暇を持て余していたのか、七海さんのピアノに合わせて音也くん達は発声練習をしていたみたいだ。扉が開く音に視線が集まる。 「遅かったね朔夜っ。あれ…トキヤは……?」 「そう言えば見当たらぬな」 「ほんとですねぇ。どうしちゃったんですか? トキヤくん」 部屋に入った私達の中に、トキヤくんの姿がないのに気付いた三人が、口々に尋ねてくる。七海さんもどこか不安げな表情でこちらを見つめてきた。 「あ、あの…。やっぱりわたしの曲では一ノ瀬さんは納得出来なかったんでしょうか……課題曲はたまたま選んでもらっただけで…」 「それは有り得ません。今回の曲で僕は七海さん以上の曲に出会うことは出来なかった。それはきっとここにいるみんなも、もちろんトキヤくんだって同じだと思います」 音也くん達が頷く。どれだけの愛情を込めて作ったものなのかは一度曲を聞けばわかる。そして彼女の曲は『たまたま』なんてもので作り上げられるレベルではない。それを見抜ける力をみんな持ってる。 「そうだよ七海〜。俺達は君を選んだんだ、もっと自信を持って!」 音也くんの言葉は力をくれる。それは七海さんも同じだったようで、すぐに笑顔に戻った。彼女の曲が私達に力をくれるから、彼女に笑顔が戻るならなんでもしてあげたい。彼女が笑えば笑うほど、その手から紡ぎだされる音楽は色鮮やかに輝く。だから私達はその魅力を存分に伝えるためにも、心を込めて歌い上げる。 「今はいませんが、トキヤくんも一緒に歌いたいと思ってくれています、だから」 「うぃーっす、遅くなっちまったな。みんな揃ってるか?」 音也くん達にトキヤくんのことを説明しようとした丁度その時、日向先生が来てしまった。こうなったら先生に話す時に一緒に聞いてもらうしか手はない。 「一ノ瀬は……来てない、か。 とりあえずすでにお前達がどうしたいかは聞いているが、もう一度確認するぞ。今回は七海をパートナーとして、お前ら全員で一曲作ってもらうことになる。 何度も言うが一人の曲に七人もの希望者が出たのは今回が初めてのことだかんな、こっちとしてもどうするか悩んではいたんだ。 ユニットソングで卒業オーディションなんてのもこの学園始まって以来だから、この先どうなるかはわかんねー。だがお前達はそれぞれ、クラスでもトップレベルの実力を持っているからこその今回の提案でもある。 九月までにものになりゃ、そのままユニットとしてやってもらうことになるだろう。それに少しでも納得出来ないやつは、今ここで申し出てくれ」 先生が言ったように、すでにみんなこのメンバーで歌うことを決めている。今更誰も首を横には振りはしない。あの時、あの場にいたメンバーで歌うことをみんな初めから承知しているんだ。だけどここにはそのメンバーにいるはずのトキヤくんがいない。 「誰もいないようだな。んじゃこのメンバーで……」 「待ってください日向先生」 彼に約束した、待ってるって。 「トキヤくんの件、保留にしておいてくれませんか」 「どういうことだ。期限は切った、ここにいねーってことは本人にその意思がないとみなす」 「意思ならあります! 先生も言ったでしょう、全員揃わなければ魅力も減ると。 ……テストで先生がトキヤくんに言ったこと、彼から聞きました」 「お前に言ったのか、あいつが」 意外そうな顔を私に向ける。トキヤくんは自分の弱みを人に言うようには見えないから、そういう反応をされるのは当然だろう。そこまで彼は悩んでいたんだと思う。 自分に自信があるからこそ、指摘された意味がわからない。それでは一人で答えを出すことは到底出来ない。 「はい。僕なりの答えを彼には伝えました。だけど言葉だけでは伝えきれないこと、それがこのユニットで伝わると思うんです。彼に足りないものがここにはある。先生もそう思っているはずです。彼の成長を促すなら、僕達と一緒にやるべきだ。 ……なんて、トキヤくんのことを考えたようなことを言ってますけど、結局のところそれは建前でしかない。本当はただ僕が、彼と一緒にやりたいだけなんです。みんなの歌が好きだから、僕は誰一人として欠けて欲しくない。 偶然にも七海さんというただ一人の人の曲に惹かれた、同じ感性を持つ人達。揃えばきっと、僕達は無敵ですよ」 七海さんのもとに移動し、この一週間の間に作った曲を演奏してもらうように頼む。メロディラインは出来上がっているんだ、伴奏はコードでいけるだろう。 仮歌はここにいるみんなで考えた。トキヤくんが入るべきパートももちろん作ってもらっている。この曲は彼がいること前提で作ってもらったから。だからその彼がいなければ成り立たないのだと先生に知って欲しい。 曲をアレンジし直せばその穴は埋まるのかもしれないし、七海さんならそれも容易いだろうけれど、それじゃ意味がない。 「俺達も一ノ瀬から学べるところは多々あるからな。それに同室同士が多くいる中、一十木もやつがいた方がやりがいもあるだろう」 「うん、そうだねっ。七海の歌、トキヤだけが歌えないっていうのも可哀相だし」 「仲間はずれはいけませんよねぇ。トキヤくんの歌声、僕はすっごく好きですよぉ」 彼ら自身も、トキヤくんがここにいないことを少なからず疑問に思っているに違いないのに、私を擁護するようにみんなが周りに集まってきてくれる。 詳しい説明をしなくてもわかってもらえるなんて、本当に彼らは私にとって稀有な存在だ。 いつだって私の意図を読み、意思を尊重してくれる。だけど今回はそれだけじゃない。きっと彼らもトキヤくんと歌いたい、そう思ってくれてたんだ。 「イッチーのパートはどうするんだい?」 「朔夜が歌えばいいんじゃねーの?」 「代わりにはなりませんけど、今回は僕が。聞いてくださいますか、日向先生。まだ仕上がってはないですけど、これが今の僕達です。ここに彼が加わればどうなるか……」 六人でもまだ足りないものをトキヤくんが補ってくれる。それを伝えたくて、だけど言葉では伝えきれそうもないから歌で感じて欲しい。 そう告げようとした時、ガラガラッと勢い良く教室の扉が開いた。 「ハァ…ッ……ハァ…ハァ……」 「トキヤ……く…ん」 大きく肩を揺らして息を切らすトキヤくんが、そこに立っていた。長い距離を走ってきたのかなかなか息が整わない。しかもこの炎天下だ、流れる汗も半端じゃない。 「…ッ、間に……あいました…か…?」 「遅かったな一ノ瀬、もう結論は出てる」 「っ、」 「先生っ!?」 切れ切れに言葉を紡ぐトキヤくんに対し、日向先生は短く言い捨てた。これだけ訴えても先生には私達の声が伝わらないのかと、悲鳴のような声が上がる。 先生は彼の事情を知っているに違いないのに、それなのにこうまでして来てくれた彼を切り捨ててしまうというのだろうか。そんなの…絶対に認めない。 「まだ最終結論には至ってないはずですっ!」 「あま〜いデスネッ! 生徒が教師より遅れて来るなんてことはあってはイケマセーン」 どんな登場をされようが今はそんなことで驚いていられる心境ではない。どうせ初めからどこかで見てたんだろうということは予測済みだったし。 いつもの如く突如姿を現した学園長が、希望を全て打ち砕く発言をする。 ここでは……学園長の意見がすべてを決定する。それは日向先生でさえも逆らえない絶対の意思。彼に逆らうことはこの世界では自分の存在を危うくさせる、というのも聞いたことがあるけれど。こればっかりは譲れない。 「事情も聞かずに切り捨てるのが教師のすることですかっ?」 「事情があろ〜となかろ〜と、芸能界に入れば〜新人は先輩より先に入るのはジョーシキですよ、Mr.秋。それだけで〜、仕事はどんどん減ってイキマース」 「だけどここは学校です! 生徒を守り、育てるのもあなた達の仕事のはずだっ」 「ここは普通の学校ではアリマセ〜ン。その世界の常識を教えるところデ〜ス。 だがお前の言うことにも一理ある。 ……歌ってみろ、一ノ瀬も共にな。お前達に一ノ瀬が必要なのだと私にわからせてみろ。ただしそれが感じられなかった時は、この話自体なかったことにしてもらう」 なんだろーなぁ、プチシリアス展開だからか全然言葉が出てこない。(元からだろ← 最近の朔夜ちゃんが何故だか熱い子になっていってる気がする…。 そろそろトキヤくんにかっこいいところを見せてもらいたいっ。 |