「那月はお前といるとすごくリラックスしてるみたいだな。あいつは誰とでも仲良くなるが、そこまで心を許すのは珍しい。 最近なんか始めただろう? それもお前と一緒にやれて喜んでる。こんな短期間に…本当に……変なやつだ、お前」 「変って…またそれですか? 僕は普通にしてるだけなんだけどなぁ……」 ふわふわの柔らかそうな髪に興味を惹かれて、弾かれるかもしれないと思いつつもそっと手を伸ばす。 (あ、やっぱり柔らかいや) その感触心地よく、手離し難くてそのまま髪を梳くように頭を撫でると、砂月くんも気持ち良さそうに瞳を閉じた。やっぱり猫みたいだ。 あの騒動のあと、今までの彼のことを聞いてみた。 現われるたび凶暴で手がつけられなかったとか、学園長と互角の力を持ってるとか、今のこの姿からは想像も出来ないことばかり。だけど私も獰猛な獣のような姿を確かに目撃している。 喋ったり、皮肉気に笑ったり。そういう姿はこの学園に入ってからは一度も目撃されていなかったらしい。 翔くんは過去に少しだけ話したことがあるらしいけど、一方的で会話にはならなかったと言っていた。 「うわ…なんだよそれ、俺ん時と全っ然態度違ぇじゃねーかっ! つか、朔夜の膝に軽々しく……っ!!」 「まぁまぁ、翔くん。砂月くんがせっかく寛いでるんですし、出てきても那月くんを守るのに神経使ってるんですから、たまにはいいじゃないですか」 彼がどういう風に今まで生活してきたのかはわからないけど、主人格は那月くんなのだから、砂月くんが表立って行動することは出来なかったろう。 この学園で十二分に暴れていることを除いて生活面、という意味ではあるけど。 「なんだチビ、羨ましいのか」 「うっ、らやまし(いに決まってんじゃねーか、こんちくしょー)くねぇ!! 大体お前っ、さっさと那月に戻れよっ」 「……、せっかく出てきたんだ。那月にはもうしばらく眠っててもらう」 密着してる身体から、砂月くんがピクリと反応したのが感じ取れた。 薄く目を開け、一瞬苦しそうな表情を浮かべる。だけどその反応を声に出すようなことはなく、ただ砂月くんは静かに告げた。 翔くんの言葉で、本来なら那月くんがいるべきところに彼自身が存在していることに、少なからず罪悪感を感じたような、それと同時に『個』として存在している自分を否定されているような気持ち、を感じたんではないだろうか。 どこに行っても自分の居場所がなかったあの頃の私。ちゃんといるのに、存在を認めてもらえない。 あの時の私は逃げ出すことでそのすべてから逃げ、結果的には温かく迎え入れてくれる場所を見つけたけど、砂月くんは那月くんのためにも逃げ出すことは叶わない。 私がそう感じただけで、本当は砂月くんはなんとも思ってないかもしれないけど。 ゆっくり手触りの良い髪を梳く。 (まだ私を含め、あなたのことを知らないだけ。ここには本当の意味であなた達を傷付ける人なんていないんだ) そういう気持ちが流れ込めば良いなと思って、私は彼の頭を撫で続けた。 朔夜とかいう女は本当に変わったやつだ。俺を見ても怖がりもしない。那月の内側から見てる時は、ただのおせっかいな野郎だと思ってた。 あのロケのトラブルだって、あいつが動かなくても、それこそプロが大勢いたんだ。他のやつらがなんとかしただろう。 異変を感じた那月達の元にあいつが来て力を貸して欲しいと言った時、那月は心の底から喜んだ。 その場を収めるだけならSクラスのやつらだけで十分だっただろう。伴奏だって、あいつの力量があればそれなりのものになったはず。けれどわざわざ那月達Aクラスの助力を求め、それぞれの得意分野でなんとかしようという発想。 ヴァイオリンを弾くことに躊躇いを覚えていた那月が、「必要とされている」と喜ぶと同時に、辞めた理由を知らないまでも、何かがあったんだと自分を気遣ってくれる心優しさに……オチた瞬間でもあった。 もともと会った時から朔夜を那月は気に入っていた。それはあのチビを可愛がるのと同じ理由だったと思う。もちろんその整った顔立ちに瞬間的に瞳を奪われていたのも事実。音楽でも何でも、綺麗なものに那月が心を惹き付けられるのは昔っからだったからな。 それからチビや、いつもつるんでるやつらなんかと共に親しくなるにつれ、より一層あいつを求める那月の心の声は高まった。 どんなやつに対してもわけ隔てなく接し、常に相手を思いやる。それも取り繕っているわけじゃなく自然にだ。華奢な身体から紡ぎだされる歌声にも圧倒されてたな。地声と歌声のギャップにも。 那月の体中にあいつの音楽が充満し、ともに奏でるメロディを想像するだけで歓喜に震える。 『朔夜なら』。那月が思うまでに時間はそう掛からなかった。 那月の心の声は俺にも常に流れていたし、那月を通してあいつを見てもいた。ただ、それらは薄いフィルター越しではっきりとしたものじゃなかったから、俺には何故那月がそこまで執着するのかわからなかった。 一番那月のことを理解しているはずのこの俺が。 だからあいつがそこまで信用し、必要としている人物をこれ以上近付けてはいけないと思った。昔のように裏切られるようなことがあれば、今度こそ那月は壊れてしまうと。 だが脅そうが首を絞め上げようが、あいつの態度は変わらなかった。その場を逃れるための虚言じゃなかった。 そんなもの、今まで何人もの怯え、こっちの顔色を窺いながら嘘をついてきたやつを見てきたからわかる。 そればかりかあいつは、俺さえも守ると言った。何にも知らないくせに、その意思は本物だった。 きっと俺もあいつを気に入ってしまっていたんだろう。那月の中にいながら朔夜という人物に触れていくにつれ、次第に。でなければ俺が初対面のやつに対して、あんなにペラペラ喋るわけがない。 そしてあの時知った朔夜の秘密。それを知った時、俺は那月には知られたくないと思った、思ってしまった。 俺は那月の影だ、それは自分でも十分理解している。だがそれは、それだけはあいつと、俺の秘密にしたかった。他にも気付いているやつはいるのかもしれない。けれど、那月には……、と。 俺の中で初めて生まれた感情かもしれない。これは…独占欲とかいうやつなんだろう。 元は一人の人間だ、好みが似てたっておかしくはない。だけどあいつを守るためだけに生まれた俺には必要のない感情。その俺が人を……しかもよりにもよって、何よりも一番に考えてたはずの那月が求めるやつを……。 那月はああいう性格だし、男女の区別なく好きなものは好きだと言える。けれど友人に対する『好き』とは種類の違うこの感情を、男だと思っている朔夜に受け入れられるのかと最近不安になっているのも知っている。 あいつの不安を消してやるには、朔夜が女なのだということを教えてやりさえすればいい。だが俺は那月に認識されてはいないし、どうしても教えたくないと思ってしまっている自分がいる。 そう思ってしまったからなのか、あいつよりずっと精神力の強い俺は、無意識のうちに那月を抑えて表に出てしまっている。 誰よりも大事にしたいのに、このままでは那月に負担がかかる。 俺はあいつの影……、弱く、繊細な那月の心を脅かすものすべてから守るためだけに生まれた存在。闇は光にはなれはしない。 いつか光は己自身が強く輝くことを覚え、闇を照らし出し、その居場所を消す時が来るだろう。 あの胸の温もりを、この掌の優しさを知ってしまった今の俺に、それを甘受することなど出来るだろうか。いや、出来なくてもやらなくてはいけない。それが那月のためであり、俺が存在する理由。 そう、いつかは消える、消えるから……。 (今はまだこの温もりの中にいさせてくれ) さっちゃんの口調が迷子のようです。 今回は那月のターン! と見せかけて砂月のターンでした。 彼に那月の分も語ってもらいましたが…どうでしょう…。 本編では統合されたはずのさっちゃんは消えずに『那月』としているはずなのにAAでは迷子でしたよねぇ…。 それどころか演じられちゃってますし。 さっちゃん問題は……なるべく早く決着つけられるといいなぁ。 |