テストを終え、教室へと帰って来たトキヤくんの表情が、納得のいっていなかった理由。ああ、やっぱり日向先生もわかっていたんだ。音也くんだってはっきりとは理解してなかったみたいだけど、『ワクワクしない』と、感覚で捉えてた。 普通に聞けばその歌声に圧倒されてしまうけれど、聞く人が聞けば気付いてしまう彼の欠点。 歌に表情がない。 顔があるわけではないから、こういう言い方はおかしいのかもしれないけど、言葉として表すならこういうのが的確に表現出来ると思う。 「楽譜をきちんと読み、ピッチもリズムも寸分の狂いなかったはずなのに。魂とは何なんです、私には理解出来ません」 「感情のことでしょう? 気持ちを込めて歌う」 「楽譜に書かれている通り私は歌いました。だけどそれでは駄目だった」 「それは曲に込められた感情です。では、トキヤくんの想いは?」 「私の……想い?」 楽譜通りということは作曲者の想いを歌うこと。だけどそこには彼自身の気持ちは含まれていない。それを日向先生は言いたかったんではないだろうか。 「上辺だけの感情で、人を動かすことは出来ません。 演技だってそうじゃないですか、怒ってる演技、笑っている演技。演技とはすなわち『そういうフリをする』わけですけど、役に入り込んでしまえば実際に自分の中から湧き上がる感情があるでしょう? そういう、自分の中から込上げてくる何かが『魂』と呼べるのではないでしょうか」 どんなに良いシーンでも、偽りの感情で演じてしまえば見てる側は感情移入など出来やしない。それが本物であるからこそ感動し、共感を得ることが出来るのだと私は思う。 歌もきっとそう。誰かの想いをなぞっているだけでは自分の物にはなってはいない。そこに歌う側である私達の想いが加わって、初めてひとつの曲として完成するんだと。 「言葉では伝えられない気持ちを、歌詞とメロディに。僕はそうやって歌っています。誰のために、何のために歌うのか。歌で何を伝えたいのか。そういうものを考えながら歌うと、自然と感情も入りやすいかと」 「何のために……ですか。……私は、私自身の歌を……」 そう呟いったきり黙り込んでしまった。 これだけ歌に完璧を求めるほど執着している人なのだから、その胸に秘めてる想いはきっと誰よりも深く熱いはず。もともとは私が言うまでもなく、彼の歌には感情が籠もっていたんではないだろうか。 だけどそれを抑え込んでしまうようなことがあったに違いない。本人も無意識のうちに、歌に感情を乗せることを拒絶してしまう何か。 「簡単に言えば、曲と同じ、もしくは歌詞と同じ気持ちを持つこと、ですかね」 「同じ?」 「はい」 トキヤくんの目の前にぐいっと顔を近付ける。突然の行動に驚き身体を引いて目を瞠る。それから、何をやっているんですとでも言いたげな呆れた顔。薄っすら目元が赤いのは、狼狽してしまった自分を恥ずかしく感じて、かな。 ほら、わかり辛くったってトキヤくん自身はこんなにも表情豊かだ。 「っ、なんです、いきなり」 「普段はあんまり表情を出さないトキヤくんですが、今みたいにちょっと驚いてみたり、笑ったり、悩んだりするじゃないですか」 「? 当たり前です、私は機械ではありませんから」 「それですよ」 言い方は悪いだろうが例えてみれば、今のトキヤくんの歌い方は、正確にプログラミングされた機械のようなものだろう。 「自分が経験したことのある感情を表現するのは容易いはずです。嬉しい、楽しい、悲しい、淋しい、恋しい、愛しい、とか。 ですから曲を聞いた時に感じた気持ち、何かを想って綴った歌詞を感情のまま素直に、歌にすれば良いんだと思います。 ごめんなさい、なんか上手く説明出来てないですね」 「愛しい…何かを想う、ですか……。 いえ。なんとなくですが少しだけ、わかったような気がします」 そう言って口元を緩ませた。 全てが伝わったわけではないだろうが、ほんの僅かでもトキヤくんの助けになれたのなら良かったと、ホッと胸を撫で下ろして私もにこりと微笑む。 「今度、一緒に練習しませんか? そうすればもう少し上手く伝えられるような気がするんです」 「そう……ですね。ですが、私はあの件はまだ……」 「はい、もちろん練習は二人だけででも結構です。だけど…………待っていても、いいですか? あの時すぐに断らなかったということは、ほんの僅かでも一緒にやってみたいと感じてくれたんだと…思っていてもいいでしょうか?」 あれからずっと気になっていたこと。彼が七海さんの曲を歌うためにユニットに入る、ということならこの話はなかったことにした方がいいだろう。 規定通り定期的にパートナーを変え、最終的に七海さんに選んでもらうように日向先生に頼み込む。それでなければフェアではない。 学園長の言い方では、ユニットを組まなければ七海さんのパートナーになることは出来ない、と断言している風ではあったが、もともとそういう趣旨ではなかったのだから、この訴えは認めてもらわねばならない。 ただこれは私の一存だから、結果的にそうするにはみんなの了承を得ないといけないだろう。 けれどもしも、トキヤくんが一緒に歌いたいと思ってくれてたなら……。 「私にとっても、あの歌は衝撃的でした。あれほど感銘を受けたのは昔を除けば初めて…いえ、二度目でしたね。何も感じなかったはずがない。一緒に歌いたい、と…そう思いました。 今まで何に対してもやる気を見せなかったレンさえも、君は変えてしまった。 君の歌は、私に何かを思い出させる。君と歌うことによって私も何かが変わる、そう思います。けれど、私は先が見えない分、迂闊に承諾するわけにもいかない。 今回の件、上手くいけばそのまま卒業オーディションを受けることも可能なのでしょう?だったら尚更、今の私では未来の約束までは出来ません」 「未来なんて、誰もわかりません。先のことを恐れていたら、アイドルなんて目指せませんから。 もし僕達のことを考えて、というなら心配はしないでください。駄目になるようならそれは僕達自身の力が足りなかったということです。そしてトキヤくんが一緒にやりたいという気持ちを持っててくれるなら、待ちますよ。 『今の』、というからには、この先変える予定があるんでしょう?だったらその時まで待ちます。学園長も、日向先生も説得します」 「朔夜…」 トキヤくんにその意思があるなら、先生方もきっと納得してくれるはず。そしてその理由がもしも、彼が『HAYATOであるが故』だというのなら、学園長はとっくに気付いているだろう。 あの人の発言は何か知っていて、トキヤくんを嗾けたようにも思えるから。 「このユニットにトキヤくんも加わってくれれば、もう怖いものなんてないですね。学園長だって唸らせてみせます。間違いなく卒業オーディションも優勝出来るでしょう。 だから、待ってますね」 「……当たり前です、何しろ私は完璧ですからね。…ありがとう…朔夜」 彼には共に歌いたいという気持ちがある、明言はしていないけれどその瞳からはっきりと伝わった。 今はそれさえわかれば十分だ。 (彼らは……彼は本物だ。なら何も怖れることはない。私は私のために、朔夜と共に歌うために……。 卒業までに、なんて悠長なことは言っていられませんね。動き出さなくては) 正式加入ではないけど、トキヤのターン。 書いてると、なんかいろいろぐるぐる回って同じことの繰り返しに…。 HAYATOを脱却するためにはなんとしてもデビューをしないといけないトキヤ。 ユニットのことを考えれば不確定要素が多すぎるし、万が一HAYATOから抜け出せなかった時、ユニットそのものが駄目になる可能性もある。 などなど、いろいろ考えてたりするわけなんですが。 お話が…進んでいないようで……。 |