触れる手、交わす言葉、繋ぐ心

□7月  -ハプニング-
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テストからすでに四日。日向先生に言われた最終判断の期限まではあと三日。翔くんと真斗くんは、すでに先生にユニットへ参加する旨を伝えたらしい。残るはトキヤくんだけなんだけど、どうしても切欠が掴めない。

変わらず彼が遅刻、早退を繰り返すこともその原因だけど、何より彼が私達を避けている。今までこんなことはなかった。


(トキヤくんは何を考えているんだろう)


ユニットを組まなかったからと言ってペナルティがあるわけでもないし、卒業オーディションに出れないわけでもない。彼ほどの才能ならソロでデビューだって出来るはず。

ユニットを組むと言っても一時的なものになる可能性もあるし、そうなると今後、七海さんとパートナーを組むことも出来るかもしれない。しかしそれを待っているのは建設的じゃない。だって私達はこれを成功させて、みんなで一緒にデビューするという道を選んだから。

これを一過性のものとしては捉えていない。曲の方向性を話し合ってる中で私達はそういう結論に達した。せっかくのチャンスをみすみすただの課題だとして終わらせたくはない。

学園長が気に入れば、異例のことになるだろうがこのままデビューが可能なのだということは、日向先生の話からでもわかった。みんながみんな、七海さんの曲を歌いたいと集まって、本来なら一人しか選ばれないはずなのに、みんなが歌うことが出来るんだ。私達にとってこれほどいい打開案はない。

もちろんこれはお互いの力を認めているからこそでもある。だからこそ、トキヤくんとも一緒にやりたい。彼の奏でるメロディが加われば、もっともっと良いものが出来るはずだから。


「あー、もうなんだかわかんなくなってきたっ」


私自身が煮詰まってしまって、今日はこうして授業をサボり、敷地内の湖のほとりで鬱々としていた。

真夏の燦々と降り注ぐ日差しが湖面に反射して目に痛いほど。夏本番を迎えた気候では外にいると汗もかくから、本来なら空調の整った校舎内にいた方が何倍もいいのはわかってはいても、何故だか今日は外にいたかった。

ころりと横たわり瞳を閉じる。目を瞑ると余計に感じる太陽の眩しさ。照りつける太陽は強烈でチリチリと肌を刺激するけど、梅雨時期に比べれば空気がカラッとしていてまだ良い。
時折吹く風も冷たく、ちょうどいいアクセントになって心地よく感じる。


「随分無防備ですね。いくら焼けにくいとはいえ、こんなところにいては日射病になってしまいますよ」


突然日差しが遮られ、閉じた視界が暗くなると同時に声が聞こえた。この声は紛れもなくトキヤくん。

横たえていた身体を捻ってうつ伏せにし、上半身だけを持ち上げ、声の主を確認するために頭を上向ける。そこにはやはりトキヤくんが、こちらを覗き込むようにして立っていた。

顔を出すには出した教室に彼の姿はなかったはずだから、きっと今来たんだろう。


「それに、君の嫌いな虫もその辺にいるんじゃないですか?」

「わわわっ、わわわわ!」


慌てて飛び起きる。確かに見えていないとはいえ、草の下には虫がいるだろう。そのことに気付かなければ、いないものとして受け止められても、一旦気付かされてしまえば、もう寝転ぶことなど出来やしない。

跳ね起きた私を見て、トキヤくんはくすくすと笑いを零す。


「むぅ、トキヤくんは意地悪ですね」


恨めしげな目を向けると、その笑顔のまま器用に片眉を上げてみせた。


「おやおや、私は本当のことを言っただけですよ?嫌いなものがすぐ傍にいるかもしれないのに、君が平然と寝ていたので忠告してあげたまでです」


その顔はどう見ても私の反応を楽しんでいるようにしか見えない。だけど笑いながらも、私の髪や背中についた草を払ってくれるトキヤくんはやっぱり面倒見が良いと思う。


「これからさらに日差しは強くなるんですから、日陰にでも入ったらどうです?」

「……そうします。トキヤくんは今登校ですか?」

「ええ」


憩いのスペースとして用意されている湖近くのそこへ足を向けつつ問う。そこなら屋根もあるし、イスもテーブルもある。初めからここに座れば良かったなどと思ってはいけない。……あの時はあそこで考えたかったんだ。

それにしても何故トキヤくんも同じ方向に歩いているんだろう。私達が授業を受ける校舎は今向かっている方とは反対方向にあるのに。


「授業……行かないんですか?」

「君がそれを言いますか」

「う……」


サボってこんなところにいる私が言えたセリフじゃないことは十分にわかっているけれど、それでなくてもトキヤくんは欠席やなんかで受けられる時が少ないのに、こんなところにいていいのだろうかと疑問に思ってしまったんだ。

でもこうやってトキヤくんとゆっくり話すのはレコーディングテスト以来。まったく話さなかったわけではないけれど、ユニットに関する話題を避けたいがために、短い遣り取りしか出来なかった。それがこうして、話してくれているということは彼の中で気持ちでも変わったのだろうか。

二人で並んで歩きながら、しばし沈黙する。だけどそれは気まずいものなんかではなくって、なんかだホッとする時間。

学園には緑がたくさんあるから、野鳥なんかもいっぱい飛んでくる。その鳥達の囀りと湖面を風が波立てる音。普段とは違う時間の流れの中にいるみたいだ。


「初めてじゃないですか? 朔夜が授業をサボるだなんて」


イスに座り、二人して無言で湖面を見つめていると、先にトキヤくんが口を開いた。


「そうですね、どの授業も面白いし勉強になるので、サボるなんて今まで考えたこともありませんでしたし」

「それなのに何故?」

「………………」


トキヤくんとユニットについて考えてました、と正直に言っても良いものかどうか。明らかにこの手の話題を避けてきたトキヤ君に、ここで振るのもどうかと思うから。

言葉に詰まってしまった私を見て、きっと理由なんてとっくに気付いていたのだろう、彼は目を伏せて苦笑する。


「すみません。今の君がそうする原因なんてひとつしかないですよね」


当たってはいるけれど、トキヤくんが謝る必要はない。だって、これは強制ではないんだから。

私の我侭で、トキヤくんと一緒に歌うためにはどうしたらいいのか、勝手に悩んでいるだけ。


「トキヤくんは……」

「あの日……私の歌には魂がないと、日向さんに言われました。私は完璧に歌い上げたはずなのに、その評価は散々なものでしたよ」


ユニットについての話を切り出そうとした時、それを遮るようにトキヤくんが話し始めた。







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