人見知りになったのはこの頃だ。どこに引き取られても事情が事情だっただけに疎まれて、そのせいで誰もが信じられなくて、だけど嫌われるのは辛い。 学校にも行かず日に日に口数も少なくなって、家にいることも苦痛。だから当時引き取られていた家から飛び出した。中学くらいの子供がそんなことをするなんて、今考えても無謀なことだったと思うが、もうそこにいるのが辛かったから。だから一人でふらふらしてた。 都会では誰もが互いに無関心で、そんな中に身を置いているとわけもなく安心している自分がいた。でもさすがに仕事をしているわけじゃないし、生活するにはお金が必要。 身長もそこそこあったから年齢を偽っていろいろバイトを探したんだけど、住所もない子供なんて普通だと雇ってくれるはずがない。だけどその人だけが違った。 「店の外まで漏れてくる音楽に惹かれて入ったライブバーで、眩暈がするほど衝撃を受けたんです。 キラキラ輝くステージ、演者は様々なジャンル出てましたけど、どの人も本当に楽しそうで、聞いている人もそれは幸せそうな顔をしてました。中でも最後に出てきた人の歌に一瞬で惹き込まれました」 それが私の恩人でそのバーのマスター。昔アイドルを目指したこともあったという彼のステージングは、思い返せばレンくんと繋がるところもある。誰の目をも惹きつけて離さない、強烈なカリスマ性。歌も、すごかった。 「歌に…音楽に触れていると幸せな気分に浸れるって思ったから、事情を話して必死に頼み込んで。けど意外にもあっさりと引き受けてくれたんですよね。理由を聞いたら、普段から不良やらなんやら付き合いの多い人で面倒を見てたらしいんですよ。 ああ、日向先生にも少し雰囲気が似てるかもしれませんね。 彼が住んでるマンションで居候もさせてもらいまして、かなりお世話になりました」 彼は最初私のことを男の子だと思ってた。だから了承した部分もあるんだろう。しばらく経ってから本当の年齢と性別を言ったらかなり驚かれたけど、それでも放り出さずにいてくれた。 そこで様々なことを学んだ、といっても過言ではないだろう。彼と話すことで人見知りも緩和された。人の温かみもその人が教えてくれたから。 彼の周りに集まる人は本当にいい人ばかりで、みんな私の事情を知って親子、あるいは兄弟のように迎え入れてくれた。そうやって働いているうちに自分もどうしても歌いたくなって、これまた頼み込んでいろいろ教えてもらったんだ。 その当時から私の声は掠れていたから、綺麗な歌声を出すことは難しくってかなり苦労した。そういう時にも彼は言葉少なに励ましてくれた。 「お前にはお前の個性があるんだから、それを大事にしろ」、「諦めたらそこでおしまいだ」と。 彼の言葉が私の力となり、今でも教訓として生きている。 「なんでその人はアイドルにならなかったの? 朔夜がそう感じるほどなら、絶対なっててもおかしくはないよね?」 「断念せざるを得ない理由があったんだと、それだけしか聞いてないですね。でも音楽自体は大好きで捨てたくなかったから、ライブバーを開いたと言っていました。本当にいい声なんですよ。 僕も今からでも十分になれると思うんですが、本人はアイドルにならなくても歌える今の環境が気に入っているみたいです。余計なしがらみとかがない分自由だからって。 もっといろんな人に聞いてもらいたいからすごくもったいないとは思いますけどね」 でもだからこそ、私の夢を応援してくれた。自分が果たせなかった夢を私に託してくれた。 「だから僕も独学ではないかもしれませんが、正式なレッスンというのとはちょっと違いますね。基礎の基礎は教わりましたが放任主義だったもので、『あとは自分でやれ』でしたから。あとはそこに出演していた人達から盗めるものは盗もうと研究しましたね。 その人の考え方、音也くんにちょっと似てるんですよ。 人から教わったことだけで誰かの気持ちを動かすことは出来ないから、自分の言葉で伝えろ。というのが口癖でした」 今の音也くんは焦るばかりで、彼が持っている良さが完全に死んでしまっている。彼が思うほどに技術がないわけじゃない。常に歌っているだけあってその表現力は高いし、何より歌には訴えかけてくる力強さがある。 けれど誰しもがそうだと思うけど、自分のことには過小評価になりがちだ。特にトキヤくんのような歌い方をする人を知ってしまったら、自分の歌なんて小さく感じてしまう。 「音楽を心で表現しようとする音也くんは何も間違っていませんよ。確かに歌唱力は必要だと思います。けれどそれだけじゃ決していい曲にはならない。音也くんのように曲を楽しみ、それをみんなにわかってもらいたいという気持ちがなければ、誰の胸にも届きません。 今、音也くんが悩んでいるのもそういうことでしょう?」 静かに私の話を聞いてくれていた音也くんに問いかけると、顔を俯かせ小さく頷いた。 「あの時初めて聞いたからさ、あいつ、部屋では絶対に歌おうとしないんだもん。今までどんな歌を聞いてもすごいなとか、こんな風に歌いたいなとか思ったことはあるけど、あんな風に劣等感を刺激されたのは初めてで、このままじゃダメだ、もっと練習しないとって感じた」 「音也くんの歌、僕は好きですよ。心がほわっと温かくなりますし、聞いていて曲に対する愛情が深く感じられる。 でも、ここのところの音也くんは歌を歌っていても、全然楽しそうには見えませんでしたね。七海さんも心配していましたよ? 悩んでいろいろ試してみたいというのは、音也くんの向上心からなるものではありますけれど、肝心なことを忘れてはいけないと思います」 「歌を、楽しむ気持ち。みんなを幸せにしたい。…俺の持っている個性……か」 「ええ。確かにオーディションというものがあるんだから、人より上手くなりたいと思っても当然のことだと思います。それがなければ上達もしませんしね。ただ根本を忘れてはいけないと思います。 誰のために、何のために歌うのか。僕達は、誰かに勝つために歌うんじゃないってことですね。辛い表情で歌っても誰の気持ちも動かせません。 ひたむきで真っ直ぐ。純粋に歌を楽しむ。これは音也くんの立派な個性です。誰もが簡単に持ち得るものではないと思いますよ。 技術に関しては練習次第でまだまだどうとにもなります。だって、それらを学ぶために僕達はここに来たんですから。あまり無茶をすると歌えなくなることもあります、僕も必死になりすぎて喉を壊したこともありますし。そうなると音也くんのせっかくの良い声質を損なうことにもなりかねません。 焦らないで、少しずつ、自分に合った歌い方をするのが一番だと思います」 こんなことでは納得出来ないかもしれないけど、今はこういうことしか言えない。 表現する者にとって限界は常になく、さらに上を目指さなくては伸びる見込みもないのだから、音也くんが悩むことだって無駄じゃない。それがなければ成長もそこまで。だけど無理をしたからってすぐに技法が身につくわけでもない。 焦らなくても音也くんならきっと出来るようになるから。 「良い声質かぁ。俺は朔夜の声、かっこよくて好きなんだけど、限界まで酷使したら少し嗄れたりするかな?」 「音域自体が変わってしまう恐れがありますからお勧めは出来ません。それにこれは僕の個性ですから、十八番を奪われちゃうのも嫌ですねっ。 音也くんは今のままで十分魅力的だと思います。自信を持ってください、あなたの声はみんなの気持ちを動かせるんです」 音也くんはもっと自分の価値を知るべきだ。その性格も、歌声も、周りをどれだけ励まし勇気付けているか、すでになくてはならないものをその手に掴んでいるのだから。 にこりと微笑んでもう一度彼の歌が好きなのだと告げると、音也くんは顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。ぼそぼそと何かを言っていたけれど、聞いても慌ててなんでもないと返され、それ以上追求出来なかった。 でも元気が出たようで良かった。やっぱり笑顔を作っていても無理をしているように見えたから。いつものお日様のようなみんなを明るく照らしてくれる笑顔が、音也くんにはよく似合っている。 「朔夜ってホント、天然だよなぁ。どうしよ俺、アブナイ道にハマりそうかもしんない……でも抵抗感ないんだよな。 レンとか…も、なんだか狙ってるっぽいし、俺だけがおかしいんじゃないよね、きっと!」 音也はまだ気付かない方向で! 彼もきっと素直な子なので、「好きになっちゃったもんは、しょうがないじゃん?」って思考の持ち主だと思うのです。 ちょっぴり朔夜ちゃんの過去に触れてみました。 バーのマスターは面倒見の良い兄貴分みたいな感じで。オリキャラだしあんまし深い設定は考えておりませんっ← (今のところ) 音也にしても朔夜ちゃんにしても、辛い過去があっても明るく振る舞える彼らはすごく強いと思います。 |