触れる手、交わす言葉、繋ぐ心

□7月  -ハプニング-
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その日トキヤくんは午後になり早退したので、ゆっくり話すにはチャンスだと思い、私は音也くんの部屋を訪れた。

あのテスト以来、音也くんがやっきになって練習しているというのを七海さん経由で知らされたこともあり、少し気になっていたのだ。このままでは喉を潰してしまうかもしれないし、何より悩んでいる音也くんを放ってはおけなかった。


「いらっしゃい、朔夜。上がって上がって」


こうやって普通に接している時はいつも通りの音也くんに見えるんだけど、歌の授業などになると前のように楽しんで歌っているようには見えないと。
そういえば毎日のように中庭でギターを弾きながら歌っていたはずなのに、ここ数日その姿を見ていない。


「お邪魔します」


テスト翌日から私達は集まって、どういうものを作りたいのかなどを話し合った。それと同時に七海さんが私達の声質をもっとよく知りたいというので簡単なレッスンもどきをしたりもした。
音域やテクニック、それらを彼女に知ってもらうことで彼女の曲作りもいろいろ試せることが増えるだろう。

音也くん達と違って私達はクラスが違うから、歌声を聞いてもらうことなどこうやって集まった時くらいしかない。得意なこともあれば苦手なこともある。
普通なら出来ないことは無理に挑戦しようとしない方がいいのだろうが、現段階で歌声は六種あるのだからその中で得意な者がそれをメインにこなすことも出来る。

それぞれの個性を活かす、そうしていけばおのずといろいろなバリエーションが生まれるわけだ。

そんな風に歌ったりしていると、やはり音也くんの表情が険しく見える時があった。自分以外の歌を聞いている時もそう。


「朔夜がトキヤがいない時に部屋に来るなんて初めてだよね」

「あー、そういえばそうですね。というか、みんなの部屋に来るより、みんなが僕の部屋に来ることの方が多いですからね」

「それもそっか」


そして誰かが来た流れでこの部屋に来る。トキヤくんがいれば、それはもう迷惑そうな顔で迎えてくれるから申し訳なくなることなどしょっちゅうだ。


「でもラッキーだったよ。ちょっと朔夜に聞きたいことあったし」


座って座って、とテーブルセットのイスを勧められる。


「聞きたいことですか? 僕に答えられることならいいですけど」


課題か何かでわからないことでもあったのかな? きっといつもなら同室のトキヤくんに尋ねたりするんだろうけど、生憎と今日は彼いないし。なんだかんだ言って面倒見のいいトキヤくんは、音也くんの問いにも丁寧に答えてくれているだろう。

業界用語やマナーなど、教えてもらっていることならいいけど、深く突っ込まれるとトキヤくんのようには答えられない気がする。何しろ彼は現場を知ってる人間だし。…まだ確認はしていないけど。


「んー、もし言えないならいいんだけどさ、聞きたいのは朔夜のこと。なんでアイドル目指そうと思ったのかなって。あとは……どうやってそこまでの歌唱力を身につけたのか、かな……」


その意味を理解した時、彼が何故最近歌のことになると、途端に難しい顔をしていたのかがわかった気がした。

この業界に限らずやはり競争社会だから、人より劣っているものが自分にあると感じれば、気持ちが急いてがむしゃらにそれを克服しようと考える。私が昔、この声にコンプレックスを持ち、何で自分はみんなのように歌えないのだろうと思っていたのと同じように。

それを彼も感じたに違いない。

私もこの学園に入ったことによって、今まで見えていなかったいろいろなものが見えるようになった。それもこれも周りに才能溢れる人がたくさんいるからだ。

もちろん今までも多数見てきたけれど、ここに来ているみんなの大多数は何らかのレッスンを受けてきているみたいで、その点ではプレッシャーを感じる。Sクラスに入れたからといって安心できるはずもない。

筆記と実技の両面から見てのクラス分けだから、総合的な評価でこのクラスに入れられてはいるけれど、もし実技だけでとればAクラスや他のクラスにも、もっと優秀な人達はいっぱいいるだろう。


「俺は施設で育ってさ。そこで歌が元気付けてくれて、人をあったかい気持ちにさせてくれるのを知って、そういう存在になりたいって思ったんだ。
暇さえあればよく歌ってたし、これで誰かを勇気付けてあげられたらすごいなって。だから歌もギターも全部独学。ただ好きだから、みんなが笑顔になれるような、そんな歌を歌いたいってずっと思ってここに入ったけど……。
トキヤの歌、聞いた時にわかった。俺は気持ちばっかで、技術とかそういうの一切持ってないんだってこと。心が奏でるままに歌ってきたけど、それだけじゃダメなんだって」


プロとしてデビューを目指すなら、確かにそうなのかもしれない。


「気持ちを伝えたくても、それを表現することの出来る技術が必要なんだ。
トキヤはそれを持ってた。…朔夜や、レンも。
やっぱりさ、俺もちょっとはトキヤをライバルだって意識してるから、あいつには聞けなくって。だから朔夜に聞いてみようかなって思ったわけ」


頭を掻きながら苦笑いを浮かべる音也くんは、少し茶化すように言ったけれど、そこには間違いなく彼の切実な願いが読み取れる。そして誰とでも仲良くなれる彼には珍しく、『負けたくない』という想いも。


「トキヤくんの歌、音也くんはどう思ったんですか?」


だけど忘れてはいけない。


「すごい、完璧だった。ピッチもリズムもまったくずれてなかったし、同じ曲なのに完成度がまったく違うって」

「そうですね。彼は普段から完璧を目指してますから、一分のずれもなく仕上げてきます。だけど……、それじゃあ、聞いていてどう思いましたか?」

「どういうこと?」

「聞いてて、何か感銘を受けましたか?」


技術的な面は尊敬に値する。素直にすごいと思うし、自分もああなりたいと思う。けれど聞いた歌からは私にはそれしか感じられない。


「楽譜通りの表現はしていますが、そこからは何も感じられないと思いませんか?」

「……たしかに、聞いててワクワクはしなかったかも。その点、朔夜達のはすごかったと思う!」

「ありがとうございます、楽しんで、歌っていましたからね。
トキヤくんにはそういうのがないんだと、というより表現方法がわからないのかもしれません。普段から彼はあまり感情を表に出しませんしね」


だからといって、感情がないわけじゃない。怒りもするし、笑いもする。


「あ、音也くんが語ってくれたのに僕は言ってませんでしたね。僕がアイドルを目指したきっかけも、音也くんと同じようなものですよ。
僕も両親がいなくてですね」

「え!? そうなのっ?」

「はい、もう随分と前になりますけど。で、まあいろいろありまして親戚のところをたらいまわしにあってたんですよねぇ。さすがにそんな状態じゃ僕自身も…その、荒れまして……」


かなり驚いた表情をしてるけど、そんなに意外だったかな?荒れていたとはいえ、そんなにやんちゃをしたわけでもない。

でも、自分でもかなり思い切った行動をしたものだとは思う。







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