「あの時、俺は歌いも演奏もしなかったけど、たしかにすんげー気持ちよかったよな。一人で歌ったり踊ったりするのはそれもそれで気持ちいいもんだけど、なんつーの? みんなで作り上げる一体感っつーか……」 「はい。もしそれがレンくんや翔くん、真斗くん達と歌えたとしたら…そう思って作ったんです。 だから今回の学園長の提案は僕にとってはまさに願ったり叶ったりでした。全部レンくんのおかげですね」 「朔夜がいなければ、オレはそんなこと考えもしなかったさ。キミがいて、キミと歌いたいと思ったからこそ賭けてみようと思ったんだよ」 自嘲するようにふっと口を歪めた後、その瞳に炎を宿らせて真剣に語るレンくん。彼は本気で歌うという気持ちを取り戻した。これならもう退学、なんてことにはならないはずだ。 「翔くんはどうしたいですか?」 引っかかっていたのがあの曲のことだけだと言うのなら、彼の疑問は晴れた。だけど見ている限り、彼が躊躇っている理由はそれだけではないような気もする。 「俺は……」 胸元をぎゅっと握り締め、眉間に皺を寄せる。 「翔くん?」 尚も表情を顰めたまま俯く彼に呼びかける。いつもの彼らしくないその行動に、レンくんや真斗くんも怪訝そうな表情を浮かべて様子を窺っていた。 調子が悪い……わけでもなさそうだ。いつもの元気はないけれど呼吸も安定している。 「俺、さ。今まで黙ってたけど、心臓、悪かったんだよな」 「えっ?」 いつだって元気よく叫んだり、暴れたり(那月くんやレンくんのせいだ)、音也くんともよくサッカーをして走り回ってる翔くんが心臓を? 信じられない思いでいっぱいだが、彼の様子から嘘を吐いている様にも思えない。体育祭の時もあんなに元気よく走ってたし、その後体調を崩したようにも見えなかった。 部屋で苦しむことがあれば那月くんが慌てていただろうし、もしかして今までずっと一人で耐えてきたのだろうか…? 「誤解すんな、過去形だ、過去形。ここに入る前にさ、手術、受けてんだよ。一応成功はしてる。五分五分だったけどな。 弱っちい身体が嫌で始めた空手のおかげだかなんだか知んねーけど、経過も今のとこ良好だ」 そうだったんだ。元気な翔くんしか知らないから、そんな風だったなんてこれっぽっちも思ったことなかった。 「だけどさ……たまーに、身体がおかしくなる時があんだよな。特に体力が低下してる時なんかは、熱も出るし。 治ったっつっても、まだまだ完全とは言えない。ダンスのレッスンもさ、実を言うと結構キツイ時があったりしてさ…。死にそうに苦しくなることはもうないけど、ちょっとどこかで怖いんだよな。 こんな身体だから……お前らと組むことで、なんか面倒かけちまうのもなんだか気が引けちまって。一人でやるならまだいい。でも、ユニット組むとなるとさ、やっぱ相手がいるわけだし」 いつくるかもわからない身体の限界は確かに怖い。自分では調子がいいと思っても、後で不調がやってくるかもしれないんだ。そして最近まで抱えていた『死にそうになるほどの苦しみ』を思うと…思うように身体を動かせないだろう。 その恐怖を押し込めて、翔くんはここに入学してからずっと戦ってきたわけだ。アイドルを目指すために。 「はは、笑っちまうよな。もうあんな苦しみを味わうことはないってーのに、身体が竦むんだぜ?」 威勢良く笑って見せようとはするけれど、それは弱く、まるで自らを卑下するかのような笑みになってしまう。 「そんなことはありませんよ。いくら病気がなくなったとはいえ、その時に抱えた感情は身体に染み込んでいても仕方ありません。 僕はむしろ、そんな状態だったのに誰にも気付かせず、一人で耐え抜いてきた翔くんを尊敬します」 いつ壊れるかもしれない心臓を抱えていた時は、常に限界を超えないように怯えていたはず。それが今でも出てしまうのは致し方ないと誰だって思うだろう。 「朔夜……」 「そうだぜ、おチビちゃん。今までオレ達を欺けたんだ、今のままでも十分お前はすごいよ」 「レン…」 レンくんの言うとおりだ。だから面倒だなんて絶対に思わない。 「前向きに考えてください。だって、心臓はもう大丈夫なんでしょう? あとは快方に向かうばかりです。翔くんの身体が慣れさえすれば今以上に動けるんですよ。今よりもっとって…それってなんだかすごい気もしますが……。 僕達が一緒にやることによって具合が悪化するというなら、翔くんのことを考えて我侭は言えません。だけどこの先、翔くんはどんどん良くなっていきます。本調子に戻った時に後悔しないためにも今、一緒にやりませんか? 辛ければ言ってくれればいいんです、そのための仲間でしょう?補えるところは補い合う、思うように動けなかったりすることは、翔くん的には悔しいかもしれませんが、妥協するところは妥協してこれから先の最善を選ぶべきです。ちょっと真斗くんに言ったこととは異なりますけどね」 「いや、俺の場合とは事情が違う。来栖にはそれが当て嵌まるだろう」 あの時やってれば良かったと後悔するなら、今自分が出来る範囲で一緒にやることを選んだ方がよっぽどいい。 「……そう、だよな。いつまでもこのままの状態じゃないもんな。その時お前らと歌いたいって言っても……」 「入れてあげないよ」 「ぐ……」 くすりと笑ってレンくんが意地悪を言う。でもそうなんだ。 学園長の気分次第でこのユニットはどうなるかわからない。運良くデビュー出来たとして、途中で入ることなど出来ない可能性の方が高いだろう。 「お前も言っていたではないか、七海の曲でサクと歌いたいと。なら迷う必要はない」 気持ちが動いた翔くんを、真斗くんが更に後押しする。 「迷惑、どんどんかけてもらっていいです。それが嫌だというなら、あとで返してもらいますから」 「お、それはいいね。というわけだ、おチビちゃん。朔夜がこうまで言ってくれてるんだぜ?オレとしちゃ、ライバルは少ない方がありがたいけどね。 まぁおチビちゃんじゃ、オレには敵わないだろうけど?」 「やる!! 決めた、俺はやる、やってやる!!!」 ガタリと立ち上がり右手の拳を握り締め、翔くんは叫んだ。「レンなんかに負けてたまるかっ」って言ってるけど、何か勝負でもしていたんだろうか。 それを聞いたレンくんは「残念」なんて言って肩を竦めたけど、瞳は優しい色を浮かべて翔くんを見てた。これが男の子の友情ってもんなんだろうなぁ。 矛盾もあるだろうが無問題! 翔ちゃんの心臓をどうしようかと思ったんですが、ゲーム通りだと合流が遅れるし、でも外すと…と考えた末こうなりました。 お父さんがシャイニーのスタイリストなら伝で治してそうだしね。 |