触れる手、交わす言葉、繋ぐ心

□7月  -ハプニング-
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落ち込んでいる翔くんを慰めて元気付けて、やっと浮上したのはそれから三十分以上も経ってからだった。何故こんなに時間がかかったかって、慰めてる傍からレンくんがチクチクと嫌味を言い続けてからに決まってる。

普段だったらすぐにキャンキャン反論する翔くんも、今回ばかりは分が悪いと言われっ放しで、ただただ肩を落とし続けていた。いつもより過剰にからかう(というより、やっぱり嫌味といった方が正しいだろうな)レンくんを嗜めて、ようやくホッと一息つけたのがたった今。


「ごめんな、朔夜…」

「だからもういいですって。あんまり気にしすぎるとハゲますよっ。それでなくても普段から帽子被ってて危ないのに…」

「ちょ、おまっ! それは今関係ねーだろーがっ!! それに全然危なくねーよ!!!」

「ふふ、元気出ましたね」

「あ……、ごめん、ありがと…」


真斗くんが入れてくれた日本茶を啜りながら、四人でテーブルを囲む。このメンバーは今までにない組み合わせだなぁ。レンくんは相変わらず軽口を飛ばしたりするけど、剣呑さは消え去っているし、うん、良かった。


「で? 何かオレに用事があって来たんじゃないのかい、おチビちゃん」

「あー、うん。そうなんだけどさ……用って言うか聞きたくて」


ふと、真剣な眼差しでレンくんに向き直る。


「お前、いつの間にあれ練習したんだ?」

「あれ?」

「朔夜と歌ってたやつだよ。つか、あれ朔夜の曲だよな? ……俺達の誰も朔夜があんなの作ってるなんて知らなかった。しかも歌ってるレンと朔夜、息ぴったりだったじゃん? だから余計に疑問に思ったんだ、何でレンは知ってるんだろうって」


もともとは私の自己満足のために作った曲。誰にも聞かせるつもりはなかった。ただ作曲にも長けてる日向先生にだけ聞いてもらって、アドバイスをもらおうと思っただけ。わけあってレンくんの手元に送られ、それを二人で編曲し直した。

レンくんは練習を開始したことは言っていても、私と共にしていたことは秘密にしていたわけだし、そこをまず知らなければ疑問にも思うだろう。


「俺、朔夜の曲を入学式の時からずっと歌ってみたいって思ってたから、なんかすっげーむかついて。みんなと歌えるのだって、『やべぇ、ちょースゲーことになるかも!』ってわくわくしたのにさ、それが引っかかって素直に頷けなかった」


あの時の即興で編曲したもので、翔くんはそんな風に思っていてくれたんだ。確かにすごく褒めてくれたけど、あれは元の曲が良かったからで私がすごいわけじゃない。でも、すごく嬉しい。


「おチビちゃんは、オレに嫉妬したのかな?」

「しっ…!? ………そう、かもな。うん、そうだ。なんかさ、レンと朔夜って最近すごく仲いいみたいだったしさ、秘密を共有してるのは同じはずなのになんでだっ! って思ったのかも」


歌の練習の時はもちろんずっと一緒にいたし、それ以外でもそれ関連の話をするために二人でいることが多かったように思う。翔くんとももちろん一緒にいたけれど、比重は明らかにレンくんに傾いていただろう。翔くんの練習には私は顔を出さなかったしね。

これはどの曲を選んだのか、翔くんが秘密にしたがったせいもあるけど、私の練習時にも来ることはなかった。彼のことだから自分が隠しているのに人のを聞くなんて、みたいなことを思ったんだろうな。


「オレがリューヤさんに呼ばれたのはおチビちゃんも知ってるだろう?」


もう済んだ後だろうからか、珍しくレンくんが素直に話す気になった。それとも、なんだか苦しそうに見える翔くんを気遣ったのか。


「ちょっと前に放課後呼ばれたやつか?」

「そう。その時にね、テストで歌を仕上げなかったら退学だって言われたのさ」

「なっ!? それ、お前っ、大丈夫だったのか!?」


誰でも「退学」の二文字を聞けば焦るよね。でも翔くん、テストはもう終ってるんだから、大丈夫も何もないと思います。


「ちょっと落ち着こうか、おチビちゃん。オレはここにいるし、テストでも歌っただろう?」

「あっ、そうか。そうだよな……」


いちいち反応が可愛いなぁ。でも私も今それを聞いたとしたら、びっくりしてレンくんに詰め寄ったかもしれない。そういう意味では真斗くんは冷静で、まるで知っていたかのように落ち着いている。
でもだからと言って無関心なわけじゃなく、翔くんの疑問には少なからず興味を持っているみたい。


「その時に二枚のCDを渡されて、『これで何も感じなかったらここにいる意味はない』宣言をリンゴちゃんから出されたわけなんだけど。
その時にもらったのが、子羊ちゃんと朔夜の曲だったのさ」

「……それは……なんというか、不正…のようだな……」

「そうかもしれないな。オレは自分で曲を選んだわけじゃないし、実際のところそれを聞くまでテストを受ける気もなかったからね」


日向先生達が手を打たなければレンくんは退学になっていた。なんだかんだと言っておきながら、最終的にはテストを受けるつもりでいたんだろうと思っていた私は、その事実に驚愕した。

まさか本当に初めから退学になってもいいと思っていたなんて……それだけレンくんはすべてのことに興味を無くしていたということになる。


「朔夜の作った曲は、なんで日向先生が持ってたんだ?」

「あ、それはですね。HAYATOさんと歌った後に、どうしても抑えられなくて作ったんです。それを先生に聞いてもらいました」

「神宮寺がどちらかに反応すると確信して、先生方はそれを渡されたんだな」


彼の才能をみすみす捨ててしまうのは惜しいと、先生達も思ったからこその采配だったんだと思う。
現に彼は本気で歌うことを決め、見事テストを乗り切った。







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