触れる手、交わす言葉、繋ぐ心

□7月  -ハプニング-
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「だから、何に憚ることなくアイドルを目指せるのに、そうしようとしないこいつを憎くも思っていた。その素質があるにもかかわらず、いつもふらふらとしているのを見ていると苛立たしくてかなわなかった。
だがサクの隣ではお前は、前のような表情を浮かべるようになっていたな。学園で初めて三人で会ったあの時から、すでにお前の中でこいつは特別だった。それも…俺には羨ましく映った。自分を理解してくれるやつと出逢ったお前を、サクの隣で歌う神宮寺を、俺は……。ないのも強請り、か。確かにそうだな。
……テストでの歌……素晴らしかった。お前の母上もきっと喜んでいるだろう」


レンくんのお母さん。小さい時に亡くなったんだっけ?お父さんの話は聞いたことがあったけど、そういえばお母さんの話は聞いたことがなかったな。


「……はぁ、なんだってアッキーはこうやって誰でもオトしちゃうんだか……そうだろうとは思っていたがやっぱり……」


本人はボソボソと呟いたつもりでも、顔が耳の近くにあるせいで全部聞こえてますけど、レンくん。その内容までは理解出来ないけど。

まいったとでも言いたげにもう一度嘆息し、額をぐりぐりと肩に押し付けてくる。サラサラ流れる髪の毛が耳や顔に当たってくすぐったい。

口では私のことを言っているけど、これはきっと照れている、真斗くんが素直に褒めたから。彼自身そうくるとは思ってなかったまったくの不意打ちに、いつものように飄々と受け流せなかったのだろう。


「オレの負けだ。聖川にここまで言われて、年上のオレが意地を張ってても格好悪いだけだ。全然スマートじゃない。
これからは家のこととは関係なく、同じアイドルを目指すものとしてライバル心を燃やすことにしよう。円城寺蓮華の息子として恥ずかしくないように。
オレにも、譲れないものが出来たからね…。まぁ、聖川の反応があまりに素直で楽しすぎるから、これからもからかうことは止められそうにないけど」


どこかで聞いた名だと思えばレンくんのお母さん、蓮華さんといえばすごいアイドルだった人じゃないか。
そっか。そんな人の子供なら、幼い頃からアイドルになりたいと思っていても不思議じゃない。お父さんの手前、本人は直隠しに隠して本心を偽り続け、いつの間にか彼自身でさえ忘れていたのかもしれないけど、もしかしてそのことを知っててお兄さんは彼をこの学園に入れたんじゃないだろうか。

振り向くことは出来ないから、どんな顔でそう言ったのかはまったくわからないけど、しっかりと顔を上げて真斗くんにそう言ったレンくんは、とても自信に満ち溢れた綺麗な表情をしてるんだろうな。

それにしても彼にとって譲れないものって、あの時言ったようにデビューして家を見返すことなのかな。だとしたらなんとしてでも今回のこと、成功させないと。

最後のからかう云々はもう、彼のライフスタイルだろうから(男の子達には誰に対してもそういう風だし、あのトキヤくんにも)これはもう止めようもない。どうせ前半部分の照れ隠しでもあると思うし。

だからといって面白いからからかわれる、と宣言された本人からしてみれば納得は出来ないだろう。真斗くんがムッとしてるのもきっとそのせいだな。

とにかく和解というか、真斗くんの天然発言でレンくんの毒気も抜かれたみたいだし、これから活動していくにあたって二人のことは心配しなくても良さそうだ。





「レーン、入るぜー!!」


その時バターンとドアが開き、翔くんが部屋に入ってきた。ノックもなしに入ってくるなんて…やっぱり仲のいい男の子同士だとこんなものなのかなぁ。


「!!!!!」


と、勢いよく入ってきたはずの翔くんの動きが止まる。それからワナワナと震えだし、顔を真っ赤にして、


「な、な、何やってんだ―――っ!!! レンっ、お前っ、」


キーンと耳にくるくらいの大音量に私達は顔を顰めたけど、翔くんはそんなこと気にせずに叫び続ける。


「そそそ、そんなベッドの上で朔夜を抱きしめて、一体何しようとしてんだよっ!!」


あ、そういえばそんな格好だったんだっけ。

ズカズカと近付いてきて横から腕を引っ張られる。なんか最近こんなんばっかだな。

ヨロヨロと立ち上がった私の両腕を横から押さえるように支えて、キッとレンくんを睨むと、その顔のまま今度は私の方を向き、声を張り上げる。


「大体お前もお前だっ! 女だったらもう少し危機感持てって前から言ってるだろっっ!!!」

「あー…」


意外にも力強い翔くんの手が押さえつけてるせいで両手が塞がってるから、咄嗟に彼の口を封じることも出来なくて情けない声が出た。
これって完璧に真斗くんのこと、視界に入ってなかったよね、翔くん……。


「馬鹿…」

「え?」


目を掌で覆い天を仰いだレンくんも、呆れてそれ以上言えないようだ。それを見て翔くんも違和感を感じたらしく、ポカンとする。


「それは一体どういうことだ来栖。俺にも詳しく聞かせてはもらえないだろうか」


さっきいた位置(つまりベッドの脇でしゃがんだまま)から動いていなかった真斗くんは、翔くんに向かって下から丁寧に問いかける。

いつもは口元をふっと緩ませるくらいなのに、見たこともない満面の笑みを湛えている真斗くんの顔。はっきり言って怖い。


「え、え? 聖川…何で? ……え、えええええ!?」


完全にパニックに陥っている翔くんは、もう驚きの言葉しか出てこない。真斗くんを指差しつつレンくんの顔とを交互に見て「何で」と繰り返している。


「同室なんだ、外出さえしてなけりゃいるのは当たり前だろう」

「ああ……うううううう」


呆れた口調で言われた言葉に、さっきまで真っ赤だった顔を今度は真っ青にさせて絶句する。本当に賑やかだな翔くんは。


「知っていたのか、神宮寺」

「もちろん」

「っ、それであの行いとは…っ、貴様、嫁入り前の婦女子になんたることを……!?」


あわあわするだけで、口が利けそうにない翔くんを追及するのを諦めて、その矛先をレンくんに向ける。翔くんがそのものズバリを言っちゃったから、もう誤魔化しようもないのでレンくんはあっさり答えた。

そこで本当かどうか聞かないで、言われたことを素直に受け止めてしまうところが、レンくんがからかいたくなる原因なんだろうなぁ。今回に関しては嘘でもからかいでもないから、全然間違ってないんだけどさ。










「というわけなんです」


拳を握りふるふるとさせている真斗くんになんとか落ち着いてもらい、私の口からすべてを説明した。

翔くんはすっかり意気消沈してて、私と目を合わせ辛いらしくずっと俯いてしまっている。そんなに気にしなくていいのに。言ってしまったことは今更取り消せないし、真斗くんにもいずれ話す気でいたから。

黙ってたこと騙してたことの非礼を詫びると、やっぱり真斗くんも彼らに打ち明けた時と同じ答えを返してくれた。


「しかし俺はあの時からずっと、お前のことを男だと思っていたわけか……」

「どのくらいの距離で見てたかは知りませんが、僕は普段から男物をよく着てたし、間違われるのもしょっちゅうでしたから無理もないと思います」

「あの時って?」

「こちらの話だ、お前には関係ない」

「冷たいな」


遠目で見てたとするならば尚更だと思う。しかも……言葉遣いも悪かったみたいだし。

レンくんが興味を示して話に入ってきたけど、真斗くんは話す気がないみたいでぴしゃりと言い放つ。

私としてもみっともない姿を晒してたわけだから、あんまり知られたくはないと思う。ああ、出来ればその時の記憶、真斗くんから消してもらえないかなぁ。


「何にしろ理由は承知した。学園長先生達の意図が気になるところだが、あの方のことだ。きっと俺達の想像にも及ばないことを考えているに違いないだろうからな」

「ですねぇ」

「ボスの思考回路を理解しようとする方が難しいからね」


それもそうだと深く頷く。

今回のは私自身は完全なる不可抗力だけど、こうなって良かったと思う。だってこれからしばらく一緒に曲を作っていくんだし、出来ればやっぱり仲良くなったみんなに教えたいと今でも思ってるから。










「譲れないとものとは、サクのことだろう」

「さあね」

「まあいい、これで俺もあいつに対して遠慮をしなくてよくなったのだからな」

「チッ……おチビちゃん、この罪はデカイぜ?」

「(ビクゥッ!!)」













朔夜ちゃん暴走する、の回。こんなつもりはまったくなかったのに。
無理やり蓮華さんの話もちこっと出しちゃった。
そして翔くん、やっちまったぜ。衝撃的なレンと朔夜ちゃんの姿に周囲のことなど視界に入ってなかったという訳です。
毎回のことながら意味不明な話になっててすみませぬ。

<追記>うわあ、大変な誤字してました!スマホで直してたから、きっと触っちゃったんだと。シリアスな台詞の間に意味不明な「チーズ」とか(笑)

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