触れる手、交わす言葉、繋ぐ心

□7月  -ハプニング-
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ふっと、まるで当時を思い出したかのように思わず漏れた笑い声。優しい顔で笑う眼差しにドキリとした。すごく、綺麗だったから。


「声を張り上げて、喚き散らしていた。『悔しい、なんで自分は』とな。随分と特徴的な声をしていたから気になってな。しばらく耳を澄ましていたんだが、どうやらそこでずっと歌を歌っていたらしい。
何度歌っても掠れた声でしかメロディーを紡げない自分を、罵倒してはその都度気持ちを奮い立たせて何度も、何度も。
どんなやつがそこで歌っているのだろうと、物陰からこっそり様子を窺った。そこには出来ない悔しさに目元を拭いながらも諦めることなく、繰り返し同じフレーズを歌い続けてる人物がいた。
その声質からは望めないだろう澄んだ声音を出そうと、ただひたすらに歌を歌う。ひたむきに自分の追い求めているものを掴もうとしているその姿に心を打たれた。
俺が無理だと初めから諦めていたのと違って、やれば出来る、望めば叶うと、自分で自分自身を励ましていた」


なんだか…ものすごく覚えがある気がしないでもないんですけど、その状況。

歌が好きで、でも自分の声ではなかなか綺麗な澄んだ声は出せない。けれどどうしてもアイドルになりたい。歌を上手く歌えないアイドルだっていることはいるが、それでは自分の望むものには為り得はしない。

だからどういう風に発声すれば声が出せるのか、ひたすら練習していた時があった。毎日毎日、それこそ喉が嗄れて声が出なくなっても、私は自分のだけの秘密の場所で歌い続けていた。

高音になると特にそれが酷くて、掠れてまったく出なかったり裏返ったりして、そんな自分に嫌気が差すこともあった。


「どんなに望んでも与えられていないものは得られないのだと、俺がすべてに絶望しかかった時、しんとその者の声以外は静寂に包まれていたそこに、心洗われるような歌声が響いた。
その地声からは想像も出来ないような澄んだ声音。時期もあってか俺にはまるで賛美歌のように聞こえたな。
望みを捨てず努力した結果、それを得ることが出来た喜びを、隠そうともしないで歌に乗せて表現する様は、とても美しかった」

「あの、真斗くん、それって……」

「お前は本当は随分と口が悪いのだな、サク。顔と、言葉のギャップに驚かされたぞ」


にやりと、彼らしくない意地悪な笑みを浮かべて私を見る。

あああ、やっぱり。練習してたのを見られてた気恥ずかしさよりも、その口の悪さを聞かれていた恥ずかしさの方が何倍も上回る。

めちゃくちゃ悔しくて、イライラしてかなり暴言を吐いてたような気もする…。それを…真斗くんに聞かれてたなんて、いやそもそもあの場所に誰かがいたなんて思いもしなかった。


「自分に対してだけです……。人にはあんな発言……してません」


バツが悪くて、もそもそと反論するがこれは本当。言葉は人を傷付けるから、自分以外に対してそんな口は絶対にきかない。…昔はしてたかもしれないけど…。まぁ、今でも冗談でなら言うけどね。相手がそれを冗談だと受け止められる人ならば、の話だけど。


「だろうな。今のお前は無理をしている風にも見えん。お前は自分に厳しいのだろう。

……あの時お前を見て、何もしていないうちから諦めるのはよそうと思ったのだ。望めば叶うと、お前の姿に教えられたからな。
何度も反対されたが、それは俺の望む気持ちが弱いからだと奮い立たせ、幾度も父に頭を下げ、その結果こうして俺は今ここにいる。ただし、一年でものにならなければ家に戻るとの条件付きだがな」


そんな条件をつけられているならなんとしてもデビューしないと、真斗くんは二度と夢を追えなくなるというわけか。

ねぇレンくん、思ったとおり真斗くんは真斗くんなりの辛さがあるよ。その辛さが真逆だからお互いに理解出来ないんだろうけど。


「だから購買でお前のことを見かけたときは驚いた」

「そんな風には全然見えませんでしたよ? 僕は真斗くんのメロンパン買占めに驚きましたけどね。あっ、そうだ! さっき購買で買ってきたんですよ。真斗くんと食べようと思って」


持ったままだったビニール袋から個別に包装されたメロンパンを渡すと、「すまない」とちょっと照れたように頬を染めて、けど幸せそうな顔をして受け取ってくれた。本当に好きなんだなぁ。

閉鎖された世界でしか生きることを許されなかった真斗くにとって、この学園は何もかも珍しいものに満ち溢れていたに違いない。きっとそういうものを見て感じたことは、曲作りにも歌詞作りにも活かされる。


「雪の中会ったキーボードを弾いてた少女って、もしかして七海さんですか?」

「ああ。彼女の曲は俺に音楽の素晴らしさを思い出させてくれ、そしてお前の歌と心が、俺をこの学園へと進む決心をさせた。
……お前と神宮寺が歌う姿を見て、羨ましく思った。あいつはアイドルになることなどなんとも思ってはいなかったくせに、いつの間にかお前の隣で歌えるほどに変わっていた。あのように真剣且つ楽しそうな顔をしたあいつを見たのは久しぶりだった。
そして何故そこで共に歌っているのが自分ではないのかと嫉妬もした。俺はお前に会ったあの時から、いつか共に歌いたいと望んでいたから。

だから今回の話は俺にとっても本当なら喜ばしいことなのだ。すべての切欠である七海の曲で、お前と歌うことが出来るのだからな。
だがあいつは俺の事を良くは思っていない。そのような状態でユニットなど組めば先が見えるだろう。七海にもお前にも面倒をかけることになる」


真斗くんが躊躇した一番の理由はやっぱりレンくんのことか。そしてそのせいで他のメンバーに迷惑をかけるくらいなら、と身を引こうとしている。けどそんな理由なら私は納得出来ない。


「真斗くんの言葉らしくありませんね。望めば叶う、そう信じたんではなかったんですか?ここで七海さんの曲を諦めて、他のパートナーを探すとでも? 僕には、それで卒業オーディションで合格出来るとはとても思えません。一年しかないんでしょう? 今回だけなんだ。だったら……やりたいことをやらないでどうするんですか。

中途半端なまま終わって家に入ったとして、真斗くんはその後、気持ちを切り替えて跡を継ぐことが出来ますか?
もしも僕だったらずっと後悔し続けます。こんなこと僕が言うのもおこがましいかもしれませんが、それはお父さんに対しても失礼になると思います。いずれ財閥のトップに立つべき者が、そんな感情を引きずってては破綻を起こしかねません。
たとえ結果失敗しようとも、その過程は最良でありたい。そして真斗くんが望むなら、僕は協力を惜しみませんよ」


真斗くん自身は家のことでレンくんをどうこう思ってはいない。アイドルになることと家のことは別の話だ、と言い切れるのだから、彼にはレンくんと歩み寄る気持ちの用意は出来ているんだろう。
これはコンプレックスを持つレンくんの方が問題が大きいことがわかった。

だけど彼自身も変わってきているんだから、ここらで話し合ってみるのもいいんじゃないかな。


「一緒にやりましょう、真斗くん。レンくんだって、あなたを認めているからこそ反発しちゃうんだと思います。そういうところ、彼はなんだか不器用ですからね」

「ふっ、サクにかかれば神宮寺も子供と変わらんのだな。
お前にはいつも大事なことを気付かされる気がする。……そうだな、俺は俺の望みを叶えるためにここに来た。遠慮などしている場合ではないな」


迷いが晴れたような清々しい顔をしてこちらに手を差し出してくる。彼とは二度目の握手、これから一緒に共に進む仲間になるための誓い。

先生達は上手くいけばと言っていたけど、私は絶対に上手くいくとしか思えない。だってこんなに才能溢れる人達が揃うんだもの、デビュー出来ないはずがない。ちょっと反則技な気もしないでもないけどね。











はい、ものすごく捏造しました。
真斗はハルちゃんの曲と出会ってアイドルに、というベースがあるので
それを上回るにはどうしたらいいかなぁ、と思って…同じ日に遭遇させてみました。
ハルちゃんからは音楽の素晴らしさを、朔夜ちゃんからは諦めない心、信じれば叶うという気持ち、努力し夢を追い続けるひたむきさを。
という比重にしてみたのです。ま、三つ書いたけどどれも要は同じですが。
というわけで、「真斗、ゲットだぜ!!」なお話でした。
語りが多くて、そして口調が口調がぁ……。

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