触れる手、交わす言葉、繋ぐ心

□7月  -ハプニング-
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残された理由は単純だった。日向先生もレンくんが何故あの曲を歌おうと思ったのかを知りたかったらしい。

だけどテストはまだ終わってないのにいいのかな? なんて思ったんだけど、先生は私達七人だけの担当だったらしい。もともと総合監督みたいな感じで各レコーディングルームを回っているはずだったんだけど、私達が一人の曲を一気に指名したことで、異例の事態となったこの場を治めるために担当として借り出されたらしい。


「んで、どういうつもりであそこであの曲を歌おうと思ったんだ?」


いつも私が先生に相談する時に使用する仕事部屋へ移動すると、改めて理由を聞いてきた。


「言っただろ? アッキーと歌いたかったからだって」

「だがそれは別にあの場でなくても良かったはずだ。歌いたきゃいつでも歌えばいい。何か狙いがあってやったんだろう」


私と歌いたいというならば、練習の時からずっと歌っていたわけだしそれで十分だったはず。

レンくんが意味もないことをするとは思えないので、私も日向先生の読み通り、何か狙いがあってのことだと思う。その答えでは先生が納得するはずもないことを知ってて、レンくんは肩を竦めてみせる。そして一呼吸の間の後、その真意を語ってくれた。


「アッキーが少し前にしてた話、あそこでも言ってたけどアイドル"ユニット"としての可能性、それを試したくなった。だからリューヤさんの反応が知りたかったんだ。興味を持ってもらえれば道が繋がるかと思ってね。
まさかあそこでボスが出てくるとは思ってなかったけど、結果オーライかな」

「それって……」

「出来れば一緒に歌いたい。あの時アッキーに言ったことは、オレの本心だよ。だからそうするにはどうしたらいいかと思ってね。キミも望んでたみたいだし、叶えたかったと言ったらちょっと恩着せがましいかな」


私がやってみたいと思っていたことを実現させるために、レンくんは動いてくれたと言う。ユニットとして卒業オーディションを目指すにはまずは先生、特に学園長の了承を得ないと出来ない。だからその布石としてあの場で歌ったんだと。


「今まで歌う気もなかったやつが、よくもそこまで変わったもんだな。……秋のおかげか」

「僕は何もしてませんよ?」


今ならわかる。レンくんはずっと歌いたいと思っていた。だけどいろいろあって本気で考えられなくなっていただけ。
それも七海さんの曲に出会ってその気持ちを思い出した。だから誰のおかげかと言えばそれは七海さんだろう。


「こういう子だから、救われるのさ」

「林檎から聞いたが、お前は知ってるんだったな…。そういうことか」


目を細めて鋭い目つきで彼を見る先生に、レンくんは口の前に人差し指を一本立ててにっこり微笑みを返す。日向先生は、はぁと深い溜息をついたけど、それ以上は何も言わなかった。

首を傾げてその様子を見ていた私を、まるで幼子を宥めるように頭を撫でてくる。


「こいつは俺達が見つけた原石だ、ここで潰れちまっちゃ困るんだよ。学園長が提示した案が実を結べば、きっとお前らは成功するだろう。そのためにもあいつらを説得出来なきゃ終わりだ。欠けた状態じゃ魅力も半減だしな」

「オレだけでも十分レディ達を虜に出来ると思うけどね」


今でも多くのファンを持っているレンくんならそれも容易い気がする。だが日向先生はそれには触れないまま私に話を振ってきた。「ひどいなリューヤさん」と小さく零す。レンくんが軽くあしらわれるなんて珍しい。


「秋は、どう思ってんだ?」


そんなの決まってる。トキヤくん、翔くんはもうずっと傍で見てきた。性格なんかは違うけど一緒にいて楽しい。卒業オーディションでみんな合格点をもらって、デビューしたその後も一緒にいれたらいいなと思ってた。

それがひとつの仲間としてデビュー出来る可能性があるというなら、それを掴まない手はない。同じことはAクラスのみんなにも言えることだ。

彼らともここに入ってすぐに出会っているから、クラスは違うけれどもしかしたら、レンくん達以外のSクラスの人達よりも仲がいいかもしれない。それだけ彼らとも一緒の時を重ねてきた。


「やるからには最善を、ですかね。みんなと話してみますよ。賛成してくれた音也くん達も含め、それぞれみんなと。選択肢が増えて戸惑ってるだけかもしれませんし」


抱える思いは違うかもしれないけど、みんな歌が好きでアイドルを目指している。それにたった一人、七海さんの曲を同じく選んだ彼らだ、合わないはずがない。

彼女の曲に惹かれ集まった、彼女以上の曲はないと、それを今更なかったことにも出来るわけがないと思う。それは曲に妥協するのと同意だから。


「なんだかんだでお前はやつらに興味を持たれてるからな、それが一番いいだろう。なんかあったら相談にのる。
引き止めて悪かった、帰っていいぞ」


最終的に一緒に出来ないとしても、たった一度でもいい。彼らと紡ぐハーモニーを体感したい。せっかく学園長のお許しが出たんだから、たとえ失敗したとしても無駄になることはないと思う。










「ま、一番の理由はやつらに見せ付けたかったからなんだけどね」

「……んなことだろうと思ったぜ。まぁ、あいつが気付いてないようだから見逃しといてやるよ」


レンくんが部屋を去り際にそう日向先生に囁いていたことは、先に出ていた私の耳には届いてなかった。











書いててわかんなくなるのはしょっちゅうだけど、今回も…。
7月はちと長くなりそうな悪寒。

レンくんはさらりと冗談もマジ発言もしてくれるので動かしやすいんです。
ゲーム版のように、相手の望む最善の形でデビューを目指す。レンをそういう子にしてみました。

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