触れる手、交わす言葉、繋ぐ心

□7月  -ハプニング-
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そもそも曲を作るのは彼女なのだから、彼女の同意なしではこの提案は成り立たない。そしてもしこの中に(それ以外でも同じだが)、彼女の意中のパートナーがいたとするならば、その時点で選ばれなかった人物は他のパートナーを探さなければならない。

学園長が彼女の意思を無視してでも話を進めるのでは、と内心心配していたんだけどちゃんと考えていたようだ。

固唾を呑んで見守られる中、彼女はおずおずと、しかし力強く自分の気持ちを語る。


「あの、わたし。みなさんの歌、とても素晴らしかったと思います。わたしなんかの曲を歌ってもらうのがもったいないくらいに。だから……我侭なのはわかってます、けど出来るならみなさんと一緒にやってみたいっ。
みなさんの声が奏でるハーモニー、きっと素晴らしいものになるに違いありません!」


私が仮に彼女の立場だったならきっとそう言うだろうな、と思ったことを彼女は言った。それぞれに違う魅力的な部分があるから、どれも存分に引き出してみたい。作曲家なら挑戦したくなる。

だけれどその中からたった一人を選ぶというのは本当に難しく、酷な話だと思う。この中からパートナーを選んだとして、彼女の性格なら選ばれなかった人に対する罪悪感を常に抱えることになるだろう。

けれど学園長が提示したのは"全員で一緒に"作り上げることだ。誰かを選ぶのではなく、みんなで。


「では、YOU達はどうしマスカー?」


今度は私達に向かって問いかけてくる。彼女が承諾した以上、ここで断れば七海さんとパートナーを組むことは出来ないということになる。


「オレはもちろんオーケーさ。さっきのだって、本当はアッキーと歌いたくて歌わせてもらったんだし、願ったり叶ったりだよ。それを子羊ちゃんの曲で歌えるならこれほど最高なことはないだろう? まぁ、このメンバーでというのが少々難点ではあるけどね。
オレはアッキーと歌えればそれでいい」


一瞬だけ真斗くんの方へ視線を流し、それから私と七海さんに向けてウインクする。

なるほど、突然あの曲を持ち出したのはそういう意図があったわけだ。
でも学園長が現われなければこんな提案もなかったのに、レンくんには何か他にも理由があったのかな。


「ここ最近、僕はアイドルというのはそういう道もあるんじゃないかなって考えていたんです。
歌うことは素晴らしいですし、楽しい。一人だって十分それは感じます。ですが、前にHAYATOさんと歌った時、そして今回レンくんと歌った時、それが何倍にも膨れ上がるような気がしました。だからチャンスがあるなら僕も、みんなと歌ってみたい」


HAYATOという言葉の時にトキヤくんの様子を窺って見た。

あの時の彼は普段よりもずっと声に伸びがあり、すごく楽しそうに歌ってた。だからきっと私と同じように感じてくれたのではないか、そう思ったんだ。

だけど俯いている彼からは、今何を考えているか読み取ることが出来ない。


「俺もやってみたい! 七海の曲、俺だって大好きだし。さっきレンと朔夜が歌ってるの聞いて俺も一緒に歌いたいって思った。それまで気分が沈んでたのにさ、そんなの吹き飛ぶくらい、感動したし羨ましかった。俺もあんな風に歌いたいって…」


さっきまでの落ち込みようが嘘のように音也くんは瞳を輝かせ、身体をうずうずさせている。

誰とでもすぐに親しくなって打ち解けてしまう音也くんには、こういうユニットで歌うっていうのがものすごく合っているかも知れない。
彼の声は誰と歌ったとしてもその魅力を半減させることもなく溶け込み、その強い想いで更にいいものを作り上げるように思う。


「僕も賛成です。みなさんと歌えるなんて楽しそうですよね。ねっ、翔ちゃん!」

「なんでそこで俺に振るんだよっ。…まぁ確かに、七海の曲は歌いたいし、朔夜とも一緒にやりたい。けど、もともとパートナーは一人だろ? そういう考え持ってなかったから、いきなり言われてはい、そーですねっていう風に気持ちがすぐには変わらない」

「翔ちゃんは意外と頭が固いんですね〜」

「悪かったなぁ!」


那月くんは二つ返事で受けたけど、翔くんはなんだか渋っている様子。だけど彼の言うこともわからなくはない。自分だけのパートナーを作るというのが当初の目的なのだから、突然みんなでやれと言われても心の準備も何もあったもんじゃないだろう。


「俺も来栖の意見に賛成です。何より組んだとして、俺の事を快く思っていないメンバーと上手くやっていけるとも思えない。けれどやはり彼女の曲では歌いたい。すぐに結論を出すのは難しい。……少し考える時間を頂きたい」


そこは私も心配していたところだから、真斗くんの意見にも頷ける。歌に対する姿勢は変わったとしても、未だレンくんの真斗くんに対する対抗心はなくならない。
ライバルという上ではそれはあっていいものだと思うけれど、それがアイドルとしてのものではなく、まったく関係のない家の因縁でそうなってしまっている今、そのことが二人の間で解決しないと一緒にやっていくのは難しいと思う。


「……私も考えさせて頂きます」


トキヤくんは静かに目を伏せ、ただそれだけを述べた。


「まぁ、そうだろうな。社長のとんでも発言はいつものことだが、それを今この場で即決しろってのも無茶な相談だ。だが後々のパートナー選考を考えれば、時間はそう与えてはやれない。一週間後また答えを聞かせてもらう。
何も八人でデビューを目指せって話じゃあない、試しに組んでみろってだけだ。上手くいけばそういうこともなくはないだろうが、今回の話は課題の延長線上のことだと思ってくれればいい。だよな、社長」

「イッエース! ミーの中にはなかった、新たな発想を試してミタカッタだけデース。だから気楽に考えてみてネ」


それだけを告げると床に何かを投げつけ、そこからブワッと白い煙が上がり、それが晴れた時にはすでにその場に学園長の姿はなかった。
えーっと、忍者ですか…。ほんといつものことながら行動の奇抜性についていけない。


「あー……、まったくいっつも掻き回して消えやがる。さっきも言ったように、これはあくまでパートナー選考の一部だと思ってくれればいい。
七海は現時点では一人を選べないと言っている。ならこれは更に相手の音楽性を知るいいチャンスでもあるとは思わないか?テストで上手くいかなかったやつらは、もう一度自分をアピールすることも出来るしな。
とりあえずテストは終了だ、秋と神宮寺はちょっと残れ。他は解散」

「え」


なんかマズかったのかな、残される理由が思い当たらないんだけど。

心配そうに見つめてくる七海さんや音也くんに、「またあとで」と手を振る。同意を示した人達だけでも曲を作るためにいろいろ話をした方がいいだろう。なるべく早めに方向性を決めないと作る七海さんが困ることになるし。

そしてすぐには決められないと言った彼らとも話すつもりだ。私はトキヤくん、真斗くん、翔くんとももちろん一緒にやりたい。
この機会を逃せば彼らと組むことはきっとない。あの場ですぐに断らなかったんだ、望みはある。







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