「呼ばれたんで行ってきますね」 みんなが戸惑う中、翔くんが私の名前を呼ぶけど理由を聞かれたって困る。だからそれには答えず苦笑だけを返し、その視線から逃れるように私もブースへと向かった。 これじゃ、私も一緒にこの計画を立てたみたいじゃないか。別に悪いことをしようとしてるわけじゃないけど、集まる視線が痛い。あとでじっくりレンくんを問い質そう。 「歌詞は、僕のでいいんですよね?」 「さすがアッキー、飲み込みが早くて助かるよ」 「後が詰まってるでしょうから、今は聞かないであげます。だけどちゃーんと聞かせてもらいますからね」 急遽日向先生により用意された、もうひとつのヘッドフォンを受け取りながら小声で話す。巻き込まれた私を見て先生も苦笑いだ。ついでに「頑張れよ」なんて声をかけてブースを出て行くけど、何を頑張ればいいのかさっぱりです。 実はレンくんと練習している時に、私が作った曲も二人で歌ったりしていた。テストには関係ないのだからと拒否してたんだけど、レンくんがどうしてもというので一度歌ったのだ。 その時感じたのは、やはりHAYATOと歌った時のような、一人で歌う時とは違った高揚感。 それを彼も感じたようで、それ以来通常の練習をこなした最後にはその曲を歌うようになっていた。 テスト前に何やってるんだって思ったけど、気持ちを止めることは出来なかった。 ここではアイドルと作曲家が二人一組で曲を作ることになっているけど、世間ではアイドル"グループ"というのも存在する。 それぞれ個性の違うアイドルが、ひとつのユニットを組んで歌ったりバラエティ番組に出たり、それはある意味無限の可能性を秘めているのではないかと。 一人では出来ないことでも、それを補え合える仲間と一緒にいれば活動の幅も広がる。普段は個々の魅力を生かして活動をしていても、それがひとつになった時、そのアイドル達は何倍にも輝いているのでは、と思うのだ。 そんなことを彼とも話したりした。 『いいか?』 「いつでもオーケーだよ」 「……はい」 七海さんの曲の後で自分の曲を聞くというのはいささか気が引くけるけれど、レンくんの意見を取り入れながら少し改良もしてある。聞き苦しいものには仕上がっていないだろう。というか、それなりには出来上がっていると思う。 彼女の明るい清涼感漂う曲とは違い、ノリのいい疾走感あるロックテイスト。イントロ後いきなりサビから入るからリズムを取るのが少しだけ難しい。って自分で作ったんだからそこは大丈夫。 レンくんの甘い声も一緒に歌うとどこか爽やかさを感じる。低音が響くので歌のアクセントにもなる。 呼吸を合わせにくい難しいところはアイコンタクトを。ソロパートでの彼は持ち前の語りかけるような、艶っぽい声。それに被る部分は雰囲気を損なわないように私はハスキーボイスで歌う。 逆に私のパートでは通りのいい少し高音で、レンくんは甘さを消した声を乗せてくる。 歌い方を二人が変えるだけで曲に広がりが出る。今歌っているのだってひとつの例でしかない。だって、歌うたびにいろいろ試したい気持ちになるから。 相手の心が曲に入れば入るほど、歌になる声も色を変えていく。これはソロでは出来ない歌の楽しみ方だと思う。 それぞれ曲の解釈が違って衝突が起こることもあるかもしれないけど、そうして出来上がったものは混じりけのない本気で作られたものになる。 そうやって歌っていると相手の心と繋がってるみたいで、次にレンくんがどう歌いたいのか、私がどうしたいのか手に取るように互いに感じあえる。 楽しい。そう思って彼を窺えば、きっと私も同じような表情を浮かべているんだろうなと思うような笑顔。 この一体感がなんとも言えず気持ち良い。歌は楽しませるものだけじゃなくって、こうして心をひとつにすることが出来るんだ。 「お前らちょっと遊びすぎだ。しかも曲にまで手を加えていやがったとは……。だがまぁ、悪くはなかったけどな」 コントロールルームに戻った私達を日向先生はそう言って迎えてくれた。先生なりの褒め言葉に私達は顔を見合わせてくすりと笑う。 これが本当のレコーディングならあんなにいろいろ試したりはしない。という以前にそれほど作り上げてもいないからこそ、いろいろとやりたくなるんだけど。 「すんっばらしい!!」 つい今しがたまでいなかったはずなのに、拍手の音と大きな声に振り向けばブースとの境に学園長が立っていて、ブラボーブラボーと叫んでる。 いつの間に。もしかしてずっとブース内のどこかに隠れてた? いやでも隠れるところなんてなかったしな…。 「アーイデース! 曲に対する愛、歌に対する愛!! そして、フーム。Mr.ジングウジ、アナタからいつもとは違う愛をカンジマシター。もちろん、今の曲だけじゃなく、ソロで歌った曲もデース」 「やっぱりボスはよくわかってるね」 愛、か。レンくんの歌は確かに練習を始めた時よりも一段と上手くなっている。 彼が作詞した歌はラブソングそのものだったから、聞いてて恥ずかしくなるほどの愛を感じた。 さっきの曲は愛しい人への愛というより、友情とか親愛とかそういう気持ちを込めて作詞をしたんだけど、歌ってる間、レンくんからはそれらを包み込むような大きな愛情を確かに感じたんだ。 「龍也さん、これはこれでイケルかもしれマセーン! なんだかガッポガッポな匂いがプンプンシマースッ。 試してみるのもいいかもしれないな。 ここにひとつの曲に惹かれ集まったのも何かの縁デース。通常なっらー、一人の作曲家に対してアイドルはひとーりっ。十月までに答えを出してもらうように、定期的にパートナーを変えてその中から選別をしてもらうのデスガ、今のを聞いてピピピッときちゃいマシター。 お前達八人でユニット曲を作り上げてみろ。期限は九月の始業式だ。 夏休みを潰すことになるだろうが、一年でアイドルを目指そうというからにはそのくらい苦でもないだろう」 「ちょっと待ってください。私はこのメンバーで曲を作るなど……」 「一ノ瀬、お前はさっきの歌から何も感じなかったのか? 歌っている二人を見て一緒に歌いたいとは、少しでも思わなかったか? ……まぁ、ソウデスネ、みなさんに選択権を差し上げまショーウ。 この案に納得出来ずー、自分だけのパートナーを探したいというのであーればっ、参加しなくても結構デース」 なんだかとんでもない方向に話が進んでるんだけど、学園長はこの八人でユニットでも組ませようとでも言うんだろうか? 中には険悪ムード漂う人もいるのになんとも無謀な話だ。 そりゃ私は是非ともやってみたい。みんなそれぞれに魅力があって、組めばきっと、それはとても素晴らしいだろう。だがそれはみんなが同じ気持ちでなくてはならない。 違う方向へ向いている者同士が組んだって反発しあうだけで、纏まりはしないのだから。 「まず、Miss.七海はドーウ思われマスカー? この中に誰かパートナーを組みたい人がいるなら、この話はここで終わりデース。それとも、ユニットソングを作ってミマスカ?」 「ええっ!? わたしですかっ」 レン君が、もとい学園長がやってくれました。 いきなりな展開ですが、彼が認めるなら話は早いですよね。 ってことで無理やり感たっぷりですが、こんな感じで。 |