触れる手、交わす言葉、繋ぐ心

□7月  -ハプニング-
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彼自身は否定しているが、HAYATOと彼が同一人物だろうというのはこの間のプール事件以来、私の中ではほぼ確定となっている。だってあの発言はそうとしか取れない。何故毛嫌いするのかというのは、音也くんのことと同じでわからないけれど。


(音也くんとHAYATO。二人の共通点か……)


何かが繋がったような気はするのだが、それを嫌うわけがやはりわからなかった。


「七海さんはトキくん君と会うの初めてでしたっけね。驚くのは無理もないことかもしれませんが。彼は一ノ瀬トキヤくん、HAYATOさんの双子の弟さんですよ」


未だ驚いてはいるが、もう彼をあの名で呼ぶことはないだろう。そう思って彼女の口を押さえていた手を外す。

彼らが同一人物だというならば、本当は七海さんもおはやっほーニュースの時に出会っているが。あれでトキヤくんにも七海さんの実力が知られたということだ。

もしも今回、トキヤくんが七海さんの曲を選んでいたとするなら、やはり七海さんの曲はすごいということになる。第一線で働く彼の眼鏡に適ったということなのだから。


「初めましてっ。わ、わたし、七海春歌といいます」

「……一ノ瀬…トキヤです」


うーん、トキヤくんのこの不機嫌さ。でも、HAYATOそっくりのトキヤくんに緊張しまくりの七海さんはそんなこと気付かない。いや、むしろ気付かない方が幸せだろう。

なんとか場の雰囲気を変えたくてキョロキョロしてたら、レンくんと目が合った……んだけど、彼の視界に同じように映った真斗くんの姿を認めた途端、彼もムスッとした顔になってしまった。どこも修羅場みたいで居た堪れないよ。

私の助けを求める声が天に届いたのか、ガチャリとレコーディングルームの扉が開き、日向先生が現われた。どうやらこの部屋の担当は彼だったらしい。


「よーし、テストに入るぞ。一ノ瀬、お前からだ。あと七海春歌、いるか?」

「は、はいっ」

「お前もだ。他のやつは隣の教室に入ってろ。そこでテスト風景、っつってもブースの中の映像だけだが見れるようになってる」


七海さんはトキヤくんが自分の曲を選んだことに驚きを隠せないようだ。HAYATOに曲を書くのが夢だと語っていた彼女だから、これはたしかに衝撃的だろう。
トキヤくんはといえば七海さんをちらりと一瞥して、緊張も動揺も見せることなくレコーディングルームへと入っていった。


「トキヤが、七海の曲を……」


呆然と呟いたのは音也くんだった。彼もまた私と同じように、自分の選んだ曲が彼女のものだという核心があったのかもしれない。





私達は隣の教室に入り、用意されていた大きな画面に注目する。
先生が言っていたようにそこにはブース内が映されており、しばらく眺めているとトキヤくんがマイクの前に現われ、ヘッドフォンを耳につけた。


『よし、んじゃ始めるぞ。一発だけだからな、気合入れていけ』


どうやらフレーズごとに録るのではなく、まったくの一発勝負らしい。レコーディングテストとは言っているものの、要するに歌詞と歌声のテストだと思えば良いってことか。


『お願いします』


一度だけすぅっと大きく深呼吸をしたトキヤくんが告げると、数秒してから何十回も聞いた曲のイントロが流れてきた。

ああ、やっぱりこれは彼女の曲だった。

表情を変えることなく淡々と歌うトキヤくんの声は、一音一音が正確で滑舌もしっかりとしていて聞き取りやすい。その完璧さには惚れ惚れとするが、やはり心には響いてこない。楽譜どおりの表現は出来ているのに、そこに彼自身の気持ちがこもっていないからだろう。

最後の一音まで正確に歌い上げアウトロが流れ、曲が終わりを告げる。


「あいつ……こんなに上手かったんだ…」


基本的にトキヤくんは一人で練習することが多いので、歌の授業でもない限り私達も彼の歌声を聞く機会はそうそうない。しかしそれもほとんど発声練習みたいなものだし、何より彼は欠席が多い。きちんと聞いたのはあの入学式くらいかな。

だからクラスさえも違う音也くん達が息を呑んで聞き入ってしまうのも頷ける。ここまで正確に歌い上げることが出来る人は、プロでもなかなかいないだろうから。

歌が始まるまでの陽気な雰囲気が今の彼にはない。何か深く考え込み、普段はあまり見ることのない顔をしている。

彼にとって歌は本能のままに、自分の中に湧いてきたものをそのまま歌うものだから、トキヤくんのような技術を駆使して正確に歌う、という発想は今までなかったのかもしれない。


『次行くぞ、一十木。お前の番だ』


マイクしか映っていない画面から日向先生の声が音也くんを呼ぶ。しばらく沈黙があったということは、その間トキヤくんに対しての評価が行われていたんだろう。
ブース内に聞こえる音だけを拾ってこちらの画面に送られているらしい。
その場で講評されるため、テストの結果を人に聞かれる心配がないように配慮されてるようだ。


「音也くん、呼ばれてますよ?」


微動だにしない音也くんの肩を叩くと、ピクリと微かに跳ね上がる。


「え? あ、ああ……行って来る」


どこか悄然として教室を出て行く音也くんは、いつもの調子ではない。このまま歌えばどうなるか、なんだかやけに心配になった。
彼は心で歌う人だ。だけどその心が彷徨っているような気がする。それでは普段通りに歌うなんて出来ないだろう。


「音也くん、なんだか元気がないですね」


いつの間にか隣に来ていた那月くんが心配そうに話しかけてきた。


「どうせ、今頃になって緊張でもしてきたんじゃねーの? あいつ本番に強いタイプだったはずなんだけどな」

「一ノ瀬の完璧な歌声を聴いて、自分の仕上がりに不安を覚えたのかもしれぬな。俺も初めて聞いて驚きはしたが、所詮人は人。今持っているものを出しきる以外、今更出来ることは何もないだろう。結果が悪ければそれを真摯に受け止め、勉強し直すしかあるまい」


確かにその通り。

今更何かをどうこう出来るわけもないし、たとえトキヤくんの歌声に圧倒されたんだとしても、音也くんには彼が持っていない良い所があるんだから、それを表現すればいい。けれど今の彼にはそれさえも出来ないような危うげな感じがした。

今は見守るしかないとレコーディングルームへと入ったであろう音也くんに、心の中で頑張れとエールを送る。

とその直後、ガチャリと扉が開き、テストを終えたトキヤくんが教室へとやって来た。その表情は暗く、先程の音也くんを見ているようだ。


「どうでした?」

「…………」


納得がいかない、その顔はそう語っていた。どういう評価を得たのかは知らないけれど、彼にとって望ましいものではなかったのだと表情からわかった。











中途半端っぽいけどここで終わり。
まぁ、彼らの内容はゲーム版の評価と同じだと思ってください。(逃げ)
他のプリンス達のも書きたかったけど、基本はゲームですからっ!
こっからは違う方向を掘り下げていくつもりです。
次回はあの方がやってくれると思う。(たぶん)

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