触れる手、交わす言葉、繋ぐ心

□7月  -ハプニング-
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筆記試験はすでに終わって答案も返ってきてる。なかなかいい出来だった。そして今日は、いよいよレコーディングテスト当日だ。

さすがに全生徒が一気にテストを受けられるわけではないので(やろうと思えば可能だとは思う)、二、三日に分けて行われているんだけど、私を含むおなじみのメンバー四人が同じ日程で組まれていた。レンくんはわかる、同じ曲を選んだのを知っているから違う日になるなんてありえない。

一日に何人ずつ行われているのかわからないけれど、揃いも揃って同じ日になるなんて、やっぱり彼らもあの曲を選んだとしか私には思えない。

今日受ける人は朝一でどのレコーディングルームでやるのかを聞かされているので、私達は一緒にそこへ向かうことにした。


「楽しみだなー、どんなやつが俺の選んだ曲作ったんだろ」

「今回のテストでは完成形の曲を歌えるわけではないのが惜しいですね。もっと煮詰めればいい曲になるはずなのに」

「トキヤくんがそんな風に言うなんて珍しいですねぇ」


何事も完璧を求めるトキヤくんは、今回のレコーディング方法をあまり気に入ってはなかった。まだ入学して三ヶ月程しか経ってない学生の曲なのだから、細かいところまで作りこめてなかったり、自分ならこうするのに、という意見があったとしてもまったく役に立たないから。
曲を選ぶと同時に渡された楽譜に、それはもうみっちりと書き込みもしていたみたいだし。

だけどこれは大勢の中から、自分だけのダイヤの原石を探す方法でもある。そしてフィーリングの合ったその曲を、いかに自分が上手く歌い上げることが出来るか、それを相手に知ってもらいパートナーを組む。そうすることでやっとスタートラインに立てるんだ。二人で一緒に曲を作ってオーディションに臨むことが出来る。


「今回の中ではオレが選んだ曲が一番良かったと思うけどね」


こっそり私に向けてウインクするレンくん。一度聞いただけで彼の気持ちを動かしてしまったその曲は、確かに他のどの曲より良いと私も思う。じゃなきゃ選ばないし。でも、レンくんがその曲以外を聞いてないことを私は知っているからなんとも言えないなぁ。


「テストの結果はその場で教えてもらえるんですよね。頑張らないと」


担当教官立会いの下レコーディングは行われるから、その場で採点、結果が悪ければ再試験となる。
これはもちろん作曲コースの子達も同じだった。曲を提出しても不合格ならリテイクを出されて再提出となっていたから。

だから選ぶ対象となっていた曲達も、ある程度のラインは超えていたことになる。あとは選ぶ側の好みの問題だっただけ。

そんなことを話しながら指定されたレコーディングルームの前に辿り着くと、同じようにここでテストを受ける生徒が集まっていた。そしてその中にやはりというか、音也くん、真斗くん、那月くんの姿を見つける。そして七海さんも。これでほぼ確定だろう。


「あれっ、トキヤじゃん」

「音也……」


トキヤくんの雰囲気が変わった。にこにこと近付いてくる音也くんと対照的に眉間に皺を寄せてる。やっぱりトキヤくんは、音也くんのことをあまり良くは思っていないみたい。
でも基本優しい人だから、話しかけられれば話すし、同室だからいろいろ面倒も見てるみたいなんだけど。


「こんにちは、七海さん」

「あ、秋くん」


その原因がわからないと仲を取り持つことも出来ないし(そんなこと望んでもいないかもしれないけど)、テスト前にいたずらにトキヤくんを刺激してもマズイので、私は近くにいた七海さんに声をかけた。すると彼女もこちらに気付き、ぺこりと挨拶を返してくれる。


「やっぱりあなたも今日だったんですね」

「? やっぱり……ですか?」

「うん、きっと僕が選んだ曲は君のだと思いましたので」


ここまで言っておいて違いました、なんてことになったら恥ずかしいどころじゃないけどそれはないだろう。私がそう言うと七海さんは「ええっ!?」と驚いた顔をする。
そんなまさか、なんて呟いているけど、ここに来た以上は誰かしらが七海さんの曲を選んだっていうことなんだからもうちょっと自信を持ったらいいのにな、なんて思う。


「朔夜」


音也くんの興味が翔くんに移ったらしく、トキヤくんがそこから逃げるようにこちらへとやってきた。その瞬間七海さんが大声をあげる。


「は、は、は、HAYA……(TO様…)!!」


最後まで言わせてはいけない、と思わず七海さんの口を手で塞いでしまった。だってトキヤくんの眉がピクリと機嫌悪そうに動いたから……。
ただでさえ音也くんのことで機嫌が下降していたであろう彼を、これ以上不機嫌にするワードを聞かせるわけにはいかなかった。







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