触れる手、交わす言葉、繋ぐ心

□7月  -ハプニング-
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思わず目頭が熱くなって俯いていると、ギシッとソファが軋む音がして二人が私の両サイドに座り、頭や背中を労わるように撫でてくる。

そんな風に優しくされると、余計に泣きたくなっちゃうよ。


「それにしても、シャイニング早乙女は何を考えて朔夜を男装させたんだろうなぁ。俺にはさっぱりわかんねーぜ。だって、こいつの技術や容姿ならそのままで全然イケんじゃん? それをなんだってわざわざ……」


翔くんが頭を撫でながら疑問を口にする。たしかに、これと言って明確なことを聞かされたことはない。もちろん日向先生や月宮先生からも。

『男んなの子』、なんて言ってたけど私は今のところ男の子としてしか認識されていないわけだし、月宮先生のように女装アイドルならぬ、男装アイドルとして育成するつもりなら女の子だって隠しておく必要がまったくない。

そして、デビューが出来なければその意味はまったく成さないわけだし。


「案外、アッキーが魅力的すぎるから恋愛禁止の校則に触れないよう、周りの目から隠したかっただけかもしれないな」

「……なんですか、それ。魅力的とか、わけがわからないんですけど……」

「あー、なんかそれ。ありえなくもない気がすんのがあれだよな」


私はよくわからないんだけど、二人は何故だか納得してしまっている。うーん、まぁいいか。

翔くんの、私が今まで見落としていた疑問と、レンくんの言葉で込み上げていた涙もすっかり引っ込んだ。
学園長はきっとおもしろそうだと思ったから、ただそれだけの理由な気がしないでもない。もしくはデビュー出来たとして、その後私が女の子だと発表すればそれなりに注目を集めることが出来るから、というところか。

日向先生達もこの話に乗ったということは、後者の理由の方が尤もらしいかもしれない。


「本当はトキヤくんや音也くん達にも話したいんですけど、」

「話さなくてもいいんじゃないかな。気付くやつは言われなくても気付くさ、本能でね」

「これ以上ライバル増えてもたまんねーしな」

「え?」

「いや、こっちの話」


と、これまた二人だけで理解しあってる。けどどこか牽制しあってるようにも見えるんだけど、本当にわけがわからない。

とりあえず今までそうであったように全然心配はしてないんだけど、一応二人には今まで通り男の子として接してもらうようにだけ頼んだ。自他共に認めるフェミニストのレンくんだから少し渋るかなと思ったけれど、快く引き受けてくれた。周りに不信感を持たれるようなことはしないよ、とウインクまで付けて。

バレたのが彼らで本当に良かったと、心の底から思う。


「あ、でもアッキー。周りに誰もいない時やキミの本当の姿を知ってる人しかいない時は、名前で呼んでもいいかな。男連中は基本苗字からあだ名をつけるんだが、本来のキミはレディだろう? 今更みんなの前で呼び名を変えるなんてそれこそ怪しいから、ね?」

「レディ……って柄でもないと思うんですが、もちろん構いませんよ。でも、呼び分けるなんて大変じゃないですか?僕はそのままでも気にしませんし」

「オレがそう呼びたいんだ」


男の子として生活してるんだから、彼が男友達用のあだ名で呼んでたとしてもそれは当然のことだ。
私に配慮してわざわざ呼び方まで変えてくれようとするなんてなんて律儀な人なんだろう。

あれ、でも基本レンくんって、女の子のことは『レディ』か『子羊ちゃん』じゃなかったっけ? 名前で呼んでるのは聞いたことがないなぁ。

そう私が思っていると呆れたような溜息を吐いて、レンくんに頭をぐしゃぐしゃっと掻き回された。


「わっ」

「いいかい、例え男のフリをしていようと朔夜はレディだ。それは忘れちゃいけない」

「そうだぜー。だからあんま、迂闊な言動するんじゃねーぞ。お前はそのまんまでも十分危険なんだからなっ」

「危険って……?」


私が問うと、今度は二人揃って溜息を吐かれた。なんだろ、今日は二人を理解出来ないことが多いなぁ。


「あっ! そうだ。レンくんはいつ僕が女の子だって気付いたんですか?」


昼間、彼が会話に参加した時からこれが不思議でしょうがなかったんだ。

私が意識していない、彼がそれと断定出来る決定的な何かがあったんだとしたら、これから気をつけるためにもレンくんには聞いておかないといけない。


「ああ、それかい……。休みの日に、オレが一人で部屋を訪ねて行った日があるだろう?」

「……この間の、あれですか?」


レンくんの心内をいろいろ語って聞かせてくれたあの日のことだろう。彼はこの時のことをトキヤくんにも翔くんにも言っていないようだったので、この場でそれを言うのは悪いと思い敢えて言葉を濁す。

普通なら自分で選ばないといけない課題曲を日向先生達から渡され、しかも仕上げなければ退学とまで言われているのだから、本人が言ってもないのに気軽に私が話してもいい内容でもないだろうし。

突然熱心に練習をし始めた彼を、トキヤくん達は不思議がっていたっけ。しかも私と練習していることさえも秘密にしてるくらいだし。


「そう、その時に。キミはまだ寝起きで、いつもより無防備だった。部屋に現われたオレを無意識に警戒したんだろう、少し動きがおかしかったんでね、ちょっと観察させてもらったんだよ。それでまぁ……気付いた」


ということは。私はうまく誤魔化していたつもりだったけど、その……胸とか見られていたわけか……。

一気に頭を抱えたくなる衝動に襲われる。そうだよね、やっぱりレンくんほどの人があの時気付かないわけがないよね。


「お前……ほんっと―――に無用心だな!! 男子寮にいて鍵掛けてなかったのかよっ!?」

「はい、その日は…掛け忘れてました…」

「もう……馬鹿だろ、お前……」


それに返す言葉もない。私だってあの時焦ったし、鍵をかけてなかったことに反省もした。

さすがに胸を隠すためのベストを着ていない時に、部屋に入られると誤魔化そうにも誤魔化せないということか。たとえささやかなものだったとしても……(もちろん胸が)。

あれ以来、就寝時に忘れたことはないが、これからより一層気をつけることにしないと、さらに呆れられることになりそうだ。










「見られるのは別にいいんですけど、それでバレるのはやっぱりマズイですしね」

「そっち!?」













くどくなるような話ですが、一応入れさせてもらいました。
朔夜ちゃんが自分の容姿にどれだけ無頓着なのか、とか通常に生活しすぎててあまりにも男装に違和感ないために、ちょっと抜けてるとか。
レンが彼女のことを名前で呼べるようにしたかったりだとか、そゆことです。
ただ翔ちゃんにいろいろ突っ込ませたかったってのもある。

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