「な、なんかすごく本格的……なんですね」 月宮先生が用意したのそれらを見て呆気に取られた。だって、女性用の下着やもちろん中に入れるだろう詰め物まで用意されてるんだもん。 「何言ってるの! 当たり前でしょう、女装を甘く見ないでねっ」 きゅるんとウインクする先生は、そう言うからにはきちんとそれらをつけているんだろうな。どこから見ても女性にしか見えないし、すごい。 見上げたプロ根性だと思うけれど、もし男性用の下着を着けろって言われても私は拒否します。 「それじゃ〜、ハルちゃん!」 「はいっ」 「彼らの準備を手伝ってあげてもらえるかしら?」 「わかりましたっ」 男の子に免疫のなさそうな七海さんには、刺激が強すぎるんじゃないかと思うんだけど大丈夫かな。まぁ、彼女も乗り気でここまで来たんだし心配することでもないか。 みんなでここで着替えるとして、私はどうやって気付かれないように成し遂げればいいのか。 それを考えながらたくさん用意されている服の中からどれを着ようかと選別していると、月宮先生に腕を引かれた。 「んふふ。サクちゃんは見所ありそうだから、アタシ自らとびっきりの女の子に変身させてあげるわっ。さぁ、いらっしゃい」 「へ? ええぇ……」 ここで着替えるわけにはいかない私を思って、先生がきっとそう提案してくれたんだろう。 男の子はこういうことを嫌がるものだろうから、私もそういう素振りを見せておくことにする。 ズルズルと引きずられながら部屋を出て行く私に、事情を知っているレンくんと翔くんが笑いながら手を振ってくる。 他のみんなも哀れなものでも見るような視線を向けてきて、「頑張れ」などと励ましの言葉をかけてきた。 彼らからしてみれば生贄みたいなものだけど、私は本来の姿になるだけ。ただし、私が好んで着ることは絶対にない。物心ついたときから男の子のような服装しかした覚えがなかった。だからスカートなんてもう長いこと履いてない。 「さて、サクちゃん。アタシがカンッペキに仕上げてあげるからねっ」 「え、あれは部屋を出るための口実じゃなかったんですか」 「もちろんそれもあるけど。アタシ、一度サクちゃんを綺麗にしてみたかったのよねぇ。うふふ、腕が鳴るわ〜」 別室に連れて行かれた私は、中を見てさっきの部屋を見た時より驚いた。 ここは月宮先生が学園から収録などへ、直接行かないといけない時のために使っている私室らしい。たくさんの衣装、すごく立派な大きな鏡のついているドレッサー、そこに置かれている普通の女の子だって、ここまで持ってないんじゃないかっていうくらいの量の化粧道具。 自分基準で考えれば、どれもこれも見慣れないものばかりで目が痛い。 「さ、ここに座って」 ドレッサーのイスを引いて私を呼ぶ先生に従い素直にそこに座る。それと同時にケープを掛けられ、顔にかかっている髪をヘアバンドで後ろに。 「ずっと思ってたんだけど、サクちゃんって基礎化粧品とか何も使ってないのかしら?」 「あ、はい。特には?」 「んまー! それでこれっ!? ……ちょっと嫉妬しちゃうわねぇ。この、もちもちつるつるの肌。お手入れなしでこれはありえないわ」 ぷにぷにと頬をつつきながら月宮先生が言う。一般的な女の子がどういうことをしているのかわからない私は「はぁ」としか答えられない。 それから手際よく、作業を進めていく。ドレッサーの鏡には布が被せられているため、メイクを施されていても自分がどういう風に変わっていくのか見ることは出来ない。 「あ、そうだ。先生」 「なぁに〜」 下地メイクというものを施していく月宮先生に、今日のことを報告する。 「レンくんと翔くんと、それから砂月くんにバレました」 軽快に動いていた手がピクリとして止まる。 「砂月…くん…って、もしかして」 「はい、那月くんの眼鏡が取れた時に現われる人格です」 「そう……。サクちゃんがそれだけ落ち着いてるってことは、口止め出来たってことなのね?」 真剣な目で顔を覗き込んでくる先生に、こくりと頷きを返す。というより彼らには口止めなんかいらなかった。彼らは彼らの意思で私のことを黙っていてくれるから。バレた経緯とその後どうなったかを話すと先生は溜息をついた。 「とりあえずは心配なさそうね。あの、砂月って子のことはよくわからないけどまぁ、大丈夫でしょ。 このことはアタシからシャイニーと龍也に言っておくわ。でも女の子ってわかっちゃったんだから、彼らに対してはもう少し気を引き締めないとダメよ?」 「はい、レンくんからも無防備すぎるって言われたので気をつけます」 とりあえず了承はしたものの、何故レンくん達に対し気をつけなければならないのかわからなくて内心首を傾げる。彼らにはすでに知られているんだから、これ以上警戒する必要はないと思うんだけどなぁ。 それから再開されたメイクをしている先生を横目で見ていると、もう溜息しか出てこない。いろいろあれこれ使ってすごく面倒くさそうに私には思えたからだ。 「女の子って、大変なんですね」 「サクちゃんも、メイクはいいとしても肌のお手入れだけはしとかないとダメよっ。若いからってこれは疎かにしちゃうとあとで泣きみるんだから」 男の娘アイドル月宮林檎本人に言われると、なんだか実感のある言葉だ。先生も入念に手入れしたりするのかな。肌、とっても綺麗だもん。 とにかく私は何も手出しが出来ないので先生にすべてを任せる。あとは出来上がるまで待つだけだ。まな板の上の鯉ってやつだね。 実はこの化粧品の匂いって、結構苦手なんだ。デパートとかの化粧品売り場から、漂ってくるあの香りで気分悪くなったことあるしなぁ。これってやっぱり普通の女の子っぽくないよね。 匂いといえばレンくんの香水かな、あれはいい香りだと思う。トキヤくんからも薄っすら香ることがあるんだけど、あれは香水じゃないっぽい。 「アイドルたるもの」ってよく口にするから、やっぱりトキヤくんも肌のお手入れとかしてるのかなぁ。 「はいっ、メイク終了。うふふ、みんなきっとびっくりするわ〜! すっごい楽しみっ。それじゃあ、次はお洋服ねっ」 グロスを塗り終えた先生に、ポンッと肩を叩かれて立ち上がらされる。びっくりするほど似合わないんだろうなぁ。なんてったって素で男の子と間違えられる、といかもうこの学園では男の子で通用してるわけだし。 そんな私がメイクしても、きっと気持ち悪くなるだけだと思うんだけど。鏡は未だ見せてくれる気はないらしい。 月宮先生はもうすでに衣装選びに入っていて、私は出来ればパンツルックがいいんだけど、あれこれ選んでるのを見てるとどうやら私の望みは叶いそうにないようだ。それならせめて今手にしたようなフリフリなのは止めて下さい。と心の中で祈るだけ。 先生の着せ替え人形にでもなったかのようにいろいろ試着させられて、最終的に決まったのは、上はシンプルにロングタンクトップとサマーカーディガン、下は三段くらいの細かいフリルで全体的にボリュームのあるミニスカート、に見えてじつはキュロットだった。 だけど足をこんなに出してもいいものなのだろうか。うう、なんだか足元がスースーして違和感全開です。 「素がいいと、これくらいでも十分ねっ。サクちゃん、あなた女の子なのになんでそんなにスカート丈気にするのよ」 「もう十年以上履いてないんですよ。だから変な感じするんです、おかしくないですかね?」 「アタシのコーディネイトは完璧よ! そしてあなたは十分可愛いわ。自信を持って!!」 「いや、男の子が可愛くてもしょうがないじゃないですか……」 私が問いたい「おかしい」は男の子として、こういう格好でみんなの前に出ても大丈夫かという意味なんだけどな。 月宮先生のように見た目は完全に女の子な男の人もいるんだから、ちょっとやそっとじゃバレはしないか。 あ。今なんだか、可愛いって言うと反発する翔くんの気持ちがちょこっとだけわかった気がする。 最後にもう一度ドレッサーの前に座り、月宮先生にウィッグをつけられる。長い髪も随分と久しぶりな気がするなぁ。 「それじゃ、みんなのとこに行くわよ〜ん」 |