触れる手、交わす言葉、繋ぐ心

□7月  -ハプニング-
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固唾を呑んでみんなが見守っている中、突然那月くんが笑い出した。


「ふっ、くくく。ははははは」


傍にいた翔くんはそれを見て驚いた顔をしている。いや、私も何故突然こんなことになってるかわからなくて驚いてはいるんだけど、私の驚きと彼の驚きは別物のようだ。


「まさか、俺にそんな口をきくとはな。……気に入った。おい、お前。俺の名前を聞きたがっていたよな?」

「へ? あ、はい」

「俺は砂月、四ノ宮砂月。那月の影であり、那月を守るために生まれた存在。それが俺だ」

「砂月…くん」


那月くんを守るために生まれた、ということは彼に何かしらがあって自我を保てなくなったことがあったっていうこと。それを守るために那月くんが生み出したもうひとつの人格、もう一人の那月くん。

掴まれていた腕も顎も解放され、やっと自分の意思で彼を見ることが出来る。眼鏡を取った那月くんを見てみたいなと思ったことがあった。きっと違う印象を受けるんだろうな、なんて考えていたがまさかここまで人が変わるとは思ってなかった。

今までのトキヤくんらの発言から推測するに、那月くんは眼鏡を取ると砂月くんという人格が出てきてしまうということなんだろう。とんだスイッチもあったもんだ。


「なんだ、俺の顔に何かついているか? そして、チビ! 何をこそこそしてやがる」

「げっ」


後ろに目でもついてるんだろうか。こっそり忍び寄ってきていた翔くんに向かって言い放つ。行動を見咎められた翔くんは固まってしまい、引き攣った笑いを浮かべている。
その手に見えるのは、那月くんの眼鏡だろうか。いつの間に拾ったかは知らないけれど、どうやら翔くん
はそれを砂月くんに掛けて元に戻そうとしていたらしい。

だとしたら、私は砂月くんの注意を逸らすべきだろう。んー、だけど初めて会ったから何をどうすればいいかなんて全然思い浮かばない。

さっき腕を掴まれた時といい、今の翔くんの行動を察知したことといい、砂月くんはかなりの力を持っているわけだし押さえつけて無理やり掛けるなんてマネ、出来るのは学園長くらいな気がするし。

そして頼みの綱ともなる学園長はこんだけ騒ぎが起きてるのに出てきてくれもしない。


「砂月くんは、那月くんが大好きなんですねぇ」


とりあえず何でもいいから話しかけて、私に向いてもらおう。


「僕も那月くんが大好きですよ。彼といると穏やかな気持ちになれます。いつだって優しくてみんなのことを想ってくれている、そんな那月くんのことをみんなも好きなんです。彼の周りにはいい人ばかりです。
だから、何も心配することは…」


何が彼の沸点に触れたのか。いきなり首元を掴まれ壁にドスッと押さえつけられる。


「くっ…」


身体が壁にめり込みそうになるほど凄い力。背中が燃えているみたいに激しく痛んだ。


「お前にあいつの何がわかる。那月を好き? ハッ、笑わせるな。俺が、俺だけがあいつを理解してやれるんだ、お前らなんかお呼びじゃない。
お前達みたいな、いつ那月を裏切るかもしれないやつらが、あいつに媚びて近付いて、そしていつだってあいつを傷付けるんだ」

「翔!! 眼鏡を!!」


一気に周りが悲鳴や叫び声を上げているが、私の耳には言葉となって届かない。衝撃と痛みでキーンと耳鳴りをしていたからだ。
まさかこの学園でこんなバイオレンスなことに巻き込まれるとは思わなかったなぁ。思わず笑いたくなるようなありえない展開。

眉を寄せ、たぶん過去にあったそれらを思い出し辛そうな顔をしている砂月くん。

ああ、そうか。ヴァイオリンの天才児と言われた那月くんには、彼に取り入ってその才能を利用しようとする大人達でもいたのかもしれない。そして、その度に壊れそうになった心を守るために砂月くんが……。なんて優しい人なんだろう。


「お前達もきっと、あの女のように……。あいつは繊細で傷つきやすいんだ、これ以上あんな思いをさせたくない…」


一瞬、泣いているのかと思った。目の前でひどく痛々しい顔をする彼を放ってはおけなくなって、ゆっくり彼の頭へ腕を伸ばす。


「!! やめろ」


何をするのか悟ったんだろう。私を押さえつけてた手を外し、後ろへ退こうとしていた彼の頭を強引に胸の中に抱きしめた。

突然気道が解放されから、咽ながらもその腕の力を緩めることはしない。

彼は怯えた野生動物のようで、ここで手を離してしまったら二度と近付いてくることはないと思ったから。


「けほっ。…だぃ……じょーぶ、です。僕らは……彼を裏切ることはしない。同じアイドルを目指している身ですから、時に意見の対立やその座を奪い合うこともあります。それで那月くんが傷付くこともあるかもしれない。けどそれは傷付けようとしてやってるわけじゃありません。
今はまだ砂月くんとは会ったばかりで、僕を信用することは出来ないと思います。だけど信じてください。僕達も那月くんを守ります、あなたと一緒に」


ピクリと砂月くんの身体が震える。


「お前……変なやつだな」

「よく言われます」


ずっと一人で那月くんを守ってきた彼も、本当は誰かを頼りたかったのかもしれない。
これだけ人格がはっきりしていると、那月くんが作り出したものであっても砂月くんも一人の人なんだとわかる。むしろ彼は彼自身の意思でこの世に生まれたんじゃだいだろうか。那月くんを害するすべてのものから守るために。

でもそれは酷く孤独だっただろう。守るべき相手である那月くん自身は砂月くんを認識しているようではなかった。彼がいつでも笑顔でいれるように、砂月くん自身がそう仕向けたのかもしれない。

彼の存在を知ってしまえば優しい那月くんのことだ、彼が負担を負うことを良しとはしないはずだから。


「これからは砂月くんのことも、僕達が守りますよ。だから一人で頑張らなくたっていいです。苦しくなったら頼ってください」

「……本当に変なやつだな。那月が…、お前を気に入ったわけがわかった気がする。お前には何故だかすべてを許したくなる…」


そう言うと、それまで私の腕から逃れようと強ばっていた砂月くんがふっと力を抜いて、胸の中に収まる。

彼が本気を出せば、私の拘束なんて一瞬で抜け出せたはずなのにそれをしようとはしてなかった。

なんだか猛獣が懐いてくれたようでくすりと笑いが込上げそうになるが、次の瞬間そんなこと吹っ飛んでしまう言葉を聞いた。







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