触れる手、交わす言葉、繋ぐ心

□7月  -ハプニング-
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あまりの出来事に気を取られすぎてて、未だに飛び込み台の上に立ったままだった私は、衝撃と振動で身体を支えていられなくなりバランスを崩す。

そしてそのままプールへと…。


「っ、危ないですね」


落ちる前に腰に腕を回され後ろへと引っ張られた私は、勢いのままその相手に抱きこまれていた。
いつの間にか水から上がったトキヤくんが、間一髪のところで助けてくれたようだ。


「あ、ありがとうございますトキヤくん」

「君は、変なところで抜けていますね。揺れが始まった時にあそから降りないから落ちそうになるんですよ。
まったく、あの時も変なところに座ってるし……」

「え、っと。あの時、ですか?」

「!! ……いえ、なんでもありません」


この感じ、たしか前に倒れそうになった時にHAYATOに助けられたあれと、とてもよく似てるような気がするなとは思ってたんだけど、トキヤくんの言うあの時って…もしかしてその時のこと? あそこにいたのはたしかにHAYATOだったはず。それをトキヤくんが知ってるということは…。


(やっぱり、トキヤくんがHAYATO……?)


何度かトキヤくんにHAYATOを、HAYATOにトキヤくんを感じる瞬間はあった。ふとした表情、歌い方。双子にしてはどれもこれも似すぎているとは思っていたけれど、これがもし同一人物だったんだとしたら……すべて納得がいく。

けれど彼にも私同様、隠さないといけない理由が何かあるんだろう。現時点では仮定でしかないけれど、もし仮にそうだったとしても今は聞くべき時ではないのだと思う。

それはきっと、彼がそのことを隠してこの学園に入ったことに関係があるはず。


「そんなことより避難しますよ。今の四ノ宮さんは危険です」

「そうだっ、那月くん!」


様子がおかしかった彼のことを思い出す。見てみると彼もプールから上がって佇んでいた。なんだかゆらゆらとしているみたいで調子が悪そうにも見える彼が心配で、私は駆け出した。


「行っては駄目です、朔夜っ!」


彼の元へと向かう私に何故だかトキヤくんが制止の声をあげるけど、何故駄目なのかわからない。そもそも那月くんが危険ってどういうこと? 抱きつき癖(?)はあるけど、別に危険なことなんて何もないと思う。

翔くんはたまに身の危険を感じてるらしいけど、じゃれあってる二人はとても和むし。

なので私はその言葉の意味を考えることもせずに、那月くんへと近寄った。


「那月くん、どこか怪我でもしましたか?……っ、」


傍に辿り着く前に、強烈な威圧感を感じてその場から動けなくなった。これは学園長が本気になった時に放つ空気と一緒だ。もしかして、これを発してるのは那月くんなの?

信じられない思いで彼を見るけれど、たしかにいつもの那月くんとは様子が違う。どこか剣呑としていて、いつもの穏やかさなんて微塵も感じない。眼つきも鋭く、キッとこちらを睨みつけている。

あれ、眼鏡がない。さっき翔くんが暴れた時にでもはじいてしまったのだろうか。
ああ、だから目を細めて見えないものを捉えようとしているから目つきが悪く見えるのか。

ん? 那月くんの眼鏡って、たしか体育祭の時にも借り物競争で話題にあがってたよね。

そこに何かヒントがある気がして必死に思い出そうとしてたら、あと数歩というところまで迫っていた那月くんが突然にっこり微笑んだ。


「あれぇ、サクちゃん。どうしたんですかぁ?」


いつものおっとりとした、聞いていると気持ちがほんわかする話し声。だけど違う。声は那月くんだけど雰囲気は全く違う。


「あなたは…、誰ですか?」


姿形は間違いなく那月くんだ。そして今の口調も彼のもの。だけど彼から感じる空気は、まるで肌を刺すように冷たくピリピリと尖っている。

那月くんはこんな雰囲気を持つ人じゃない。毅然とした態度を取ることはあっても、相手を威圧し、萎縮させるようなことは絶対にしない。

さっきまではたしかに那月くんだったんだから、ここに那月くん以外の人がいるわけないとわかっているけれど、でもこれは彼ではないと断言出来る。

そう思ってじっと彼を見つめていると、浮かべている笑いを歪んだ嘲笑に変えて彼が言った。


「ふん、騙されないか。まぁ、それくらいでなくっちゃ那月の傍にいる資格はないけどな」


腕を組んでこちらを見下ろしてくる不遜な態度。うん、やっぱり那月くんじゃない。けどそれなら一体彼は誰なんだろう。まったくの別人ではないのはここにいるみんなの反応からしてわかる。中身だけが別の誰かに変わった、考えられることはそれひとつだ。

那月くんまでもが双子だとかいうオチじゃなければだけど。


「どういう意味ですか? もう一度聞きます、あなたは誰なんですか…?」

「朔夜っ!! 那月、離せ!!!」


翔くんの声が聞こえたと同時に腕をものすごい力で引かれる。早すぎて全然動きが見えなかった。

那月くんの元まで引き寄せられ、顎をもう一方の手でグイッと視線を合わせるように上を向かされる。
鼻先が触れそうになるくらいの距離から顔をのぞかれ、その状態から抜け出したくても、腕を掴んでる手も顎をとらえてる手もビクともしない。キリキリと押さえつけてくる力が強すぎて、痛みで気が遠くなりそうだ。


「アッキー!!!」

「ふぅん、朔夜とか言ったか。綺麗な顔してるじゃねーか、那月が好きそうな顔だな。
お前があいつにヴァイオリンを弾かせたんだろう? 何も知らないからそういうことが出来る…。いいか、これ以上那月に近付くな。」


何があってヴァイオリンを辞めたかなんて、たしかに私は知らない。だけどあの時、那月くんは私の申し出を断らなかった。彼自身の意思で受けてくれたんだ。

状況がそれを許さなかったのかもしれない。けれどそれでも彼は素晴らしい音を聞かせてくれた。そして演奏後、楽しかったとも言ってくれた。それを誰だかわからない人に咎められ、ましてや私と那月くんの関係をとやかく言われたくない。

だから私は彼の瞳を至近距離で睨み返してやった。


「僕は那月くんがヴァイオリンを辞めた理由をたしかに知りません。
だけど那月くんに言われるならまだしも、名前も知らないあなたにそんなこと言われる筋合いはないと思います」











お待たせしました。名前もまだ出てませんが「あの方」の登場です。
ここで出したかったから、今までほのめかす程度にしか触ってきませんでした。
彼に関しては、ちょーっと色々変えるかも?
そしーて、トキヤくん。もうあなた自分で言っちゃってるよ…。
7月はいろいろなことがありそうですねぇ……。(他人事)

前回書くの忘れてましたが、本来ならゲームではレコテスト6月ですよね〜。
だが敢えての7月! 別に深い意味はないけど。

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