触れる手、交わす言葉、繋ぐ心

□7月  -ハプニング-
1ページ/44ページ






失敗だ。これは盲点だった。何がって、課題曲のこと。

てっきりパートナー選びの参考になる曲と同じように、どれが誰の曲かわかるようになっているものと思ったのに、匿名で一括りにアップロードされていて、実際に曲を聞かないと七海さんの曲を探せない。しかもそれが本当に彼女のものかどうかはわからない。

レコーディングテスト当日まで、誰が自分の曲を選んだのか、また自分が歌う曲は一体誰のものなのか知ることは出来ないらしい。

実際に彼女の曲に触れたのは四月のあの一回のみ。きっとあの時よりも彼女の技術は格段に上がっているはずだ。それはこの間の撮影での演奏からでも良くわかった。

頼りは私の感性のみ。あれほど心を震わせる音だったのだ、それを感じるものを探せば彼女の曲に行き着くはず。

曲が上がるまで比較的のんびりしていたアイドルコースの人達が、アップロードされたこの日から我先にとPCにて曲の検索作業に励み始めた。替わりに作曲コースの人達は一仕事終え、ほっとしている様子が到るところで見受けられた。だが彼らもまだ完全には気を抜けない。

好みは人それぞれ違うから、一概に歌ってもらうことが出来たからといっていい曲だとは限らないのだが、自分の曲を選んでもらえるかどうか、それも評価の一部になるからだ。

この膨大な量をフルで聞いてたら一週間でなんて聞き終わらない。
イントロで惹かれた場合だけ長めに聞く、という作業を続けて三日目、私はあの時のような胸躍る曲に出会った。一瞬にして目の前にイメージが沸き上がってくるようなそんな曲。たぶん、これで間違いはないだろうと思う。

だけど一応残りの曲も聞いておくことにする。

七海さんの曲を歌いたいという思いはあるけれど、もしかしたら彼女以上に素晴らしい曲を作る人を私がまだ知らないだけかもしれないしね。










「うっしゃー、やぁーっと決まったぜ!」


期限ギリギリまで悩んでいたらしい翔くんが、晴れ晴れとした顔で教室に入ってきた。
トキヤくんはすでに決まっていたらしく、たまにヘッドフォンをしながらボソボソと呟いているのを見かける。たぶんすでに作詞に入っているんだろう。

これからは練習室の取り合いになるのかと思うと、それはそれでなんだか面倒だ。いっそのこと、誰もいないあの森で曲を流して歌うのもいいかもしれないな、なんて思う。


「そういえば、レンくんは決まったんですか?」


この一週間の間、彼がPCと向き合っているのを見たことがない。それだけじゃなく、入学してから女の子と一緒に楽しく話していたり、放課後遊びに行ってたりとそんな場面には出くわすが、彼がレコーディングルームを予約したりという話を聞いたことがないのだ。


「ん、オレかい? オレはどんな曲でも歌いこなす自信があるからね。曲なんてなんだっていいのさ」


独特の甘い響きのある声。確かに彼ならばどんな曲でも彼の色に染め、情熱的且つセクシーに歌い上げそうな気もする。けれどそれでは曲の作り手と、私達歌う側の想いが交わることはないように思う。

レッスン時でさえ、彼は口ずさむ程度にしか歌わない。それさえも普通の人より上手いと感じるのに、こんな風に歌に関心がないように振る舞う。

彼は天性の才能の持ち主だ。ただそこにいるだけで人の目を引き、強烈なカリスマ性を放つ。持って生まれた美貌と合わさればまさにアイドルそのもの。なのに、それを『アイドル』として生かすことにまったく興味がない。


「オレはね、アッキー。もともと自分の意思でここに入ったわけじゃないんだよ」

「え?」

「無理やり入れられたのさ、神宮寺財閥の広告塔にさせるためにね」


衝撃的な発言にしばし思考が停止する。

レンくんが財閥の御曹司だというのは本人から言われたから知ってる。でもここに通う以上、それは私には関係ないことだったし、レンくんはレンくんで、私は『神宮寺家』と友達になったのではないのだから気にはしていなかった。

けれど常に『神宮寺』という家名を背負い、囚われているレンくんは、どこにいたって『大財閥の御曹司』という肩書きは外すことが出来ない。
私やトキヤくん達は意識することはないが、大抵周りの反応は『あの』神宮寺家の…となる。

それにこの口調からして、何かしらの確執が彼とお家の間にある。
それは彼と真斗くんの仲が悪いのとも関係があるのかもしれないが、私にはどんなものか推測も出来ない。

何より気になったのは、やはり彼にはアイドルになる気がないということ。
彼のその存在の華々しさは芸能界にすごく向いているはずなのに。周りを楽しませる話術なんかも含めて、彼は人を『魅せる』。

これも家との確執のせいなのかと思うが、きっとそれだけではないはずだ。

この間一緒に仕事をした「おはやっほーニュース」の時、たしかに彼は輝いていた。あのアクシデントの際も私の意図を読み、自分から動いてくれもした。
みんなと一緒にその時間を楽しんでいた、私の目にはそう映ったのに、それが偽りだとは到底思えない。


「嫌々いるくらいなら、学園なんて辞めてしまったらどうです? 本気で目指してる私達にしてみれば、不愉快極まりありません」

「そう言うなよ、イッチー。オレだって色々制限されてるんだ、辞められるものなら最初っからここには来てないよ」


辛辣なトキヤくんの言葉にもレンくんは肩を竦めるだけ。けれどその瞳に寂しげな色が過ぎったのは見間違いじゃない。きっと本心では、素直にアイドルを目指したいのかもしれない。けれどそれを邪魔する何かが彼を押し止める。

彼が言ったことが本当ならば、アイドルになれば家の宣伝のために使われることになるわけだから、そうなると純粋な気持ちではいられないだろう。


「まぁ、心配しなくてもオレは適当にやるさ」


要領が良く、何事もそつなくこなすレンくん。
一旦彼が本気を出せば、誰をも魅了する歌を歌うことが出来るに違いないのに。家というしがらみに囚われすぎて、斜にしか構えられなくなっているのかもしれない。
そんなものを打ち破ることが出来るような、熱い思いのこもった曲があれば少しでも考え方を変えてくれるのかな。







次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ