触れる手、交わす言葉、繋ぐ心

□6月  -アイドルのお仕事-
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ゆっくり開かれる扉に、てっきりHAYATOが撮りを終えやって来たのかと思ったのだがまだCMに入るには早すぎる。なので誰かと思って視線をそこに向ければ…、


「七海!」


Aクラスの作曲コース、七海春歌さんがそこにいた。
彼女はおどおどと不安そうに扉を開けたのだが、そこにクラスメイトの姿を見つけてぱぁっと一瞬で表情を和らげる。

うん、相変わらず可愛らしい。


「どうして七海がここへ?」

「もしかして、ハルちゃんも僕達と同じ理由ですかね」

「あの、わたし。学園長先生に呼ばれたんですが……」


やっぱりそうなのか。きっと彼女も理由を告げられもせず呼び出されたに違いない。キョロキョロと辺りを見回しているがそこに学園長の姿はあるはずもなく。
撮りの間だって神出鬼没で私達ですらどこにいるのか把握してない。けど、自分の出番になるとどこからともなく現れるのだ。その登場方法は様々で、すでにだいぶ慣れている私達とは違い、番組スタッフや視聴者はさぞや度肝を抜かれていることだろう。

その登場を殊更驚いてみせたり、さらりと流したりしているHAYATOはさすがプロだと思う。よくもあの短時間で対処出来ているな…。


「俺達も呼ばれてここに来たのだが、どうやら学園長はここにはいらっしゃらないようなのだ。このまま撮影の見学をしていこうと話していたところなのだが、七海もどうだ?」

「え!? い、いいんですかっ? わたし……お邪魔じゃないんでしょうか………」


真斗くんの言葉に一瞬すごく喜んだんだけど、すぐに声のトーンを落とし周りを窺って再び不安げな表情を浮かべる。怯えた小動物のような動き、これでプルプル震えてたりするとまさにそれだ。私を含め彼女よりみんな背が高いから、周りを取り囲んでたりすると虐めてるみたいな感覚になっちゃうな、これ。


「大丈夫だと思いますよ。スタッフの方も何も言ってきませんし、もしかしたら見学させるために、学園長はみなさんをここに呼んだのかもしれませんので安心してください、七海さん。
もし話が通ってないようなら僕の方から説明しておきますので」

「ありがとうございます、秋くん」

「おや、アッキーはこの子羊ちゃんと知り合いだったのかい?」


ああ、そっか。無駄に学園は広いからいくら隣のクラスとはいえ、レンくん達は彼女を知らないのか…。私だって音也くん達とは縁があって知り合ったけど、彼らと同じAクラスの人って知らないしな。


「ええ、以前少し」

「こんな可愛いレディをオレに紹介してくれないだなんて、アッキーも友達甲斐のない」

「おかしいな、レンくんなら学園中の女の子のことを知っていると思ったんですけど?」

「言ってくれるね」


ちょっと皮肉をこめて言ってみるが、内心レンくんなら知っていてもおかしくはないと思ったのも本当だ。

彼は女の子に人気があったし、レンくんが知らなくても相手の方からアプローチがかかるから、彼の交遊関係は広い。
七海さんだってこれだけ可愛いのだから、レンくんが知っていてもおかしくないと思ったのに。


「やぁレディ。オレは神宮寺レン、キミみたいな素敵な子羊ちゃんを見逃してたなんてオレもまだまだだな。良かったら名前を聞かせてもらってもいいかい?」

「えっ、こ、子羊ちゃんって…あああああのっ。な、七海春歌ですっ」


顔を真っ赤にしてどもりながらも一生懸命名乗る七海さん。レンくんの周りの女の子とは違った反応、思ったとおりすごく純朴そう。
私も初めはレンくんの対応に困ったからなんとなく気持ちがわかる。彼女ならあの時の私以上の混乱だろう。

スッとさりげない動きで彼女の傍に立ち肩に腕を回す。魅惑的な声とその美貌で囁かれれば誰だって魅了されるに違いない。


「レンくんストップ。七海さんが困ってるから過剰なスキンシップはほどほどに」


ドキドキと混乱で頭が沸騰しかけてた七海さんを見てレンくんを止める。真斗くんが険しい顔で止めに入ろうとしていたのが見えたせいでもあるんだけどね。

どうやら七海さんみたいな子には、レンくんはあまりにも刺激が強すぎるようだ。

レンくんを押さえていると、今度は翔くんが七海さんに近寄り握手を交わしていた。といっても、翔くんが七海さんの手を一方的に取ってぶんぶん振ってたんだけど。


「俺の名前は来栖翔! 音也や朔夜の友達なら俺とも友達だなっ、よろしく七海!!」


どこからそんな定義を持ち出すのか……。まぁ、レンくんの時とは違ってきょんとはしてはいるが嫌がってないからいいけど。あ、いや。この言い方は誤解を招くな。レンくんも別に嫌がられてたわけではないよね、ただ七海さんに免疫がないだけで。







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