触れる手、交わす言葉、繋ぐ心

□6月  -アイドルのお仕事-
5ページ/14ページ






「失礼します」


言われた通り私は放課後、日向先生の元を訪ねた。場所はいつも相談しに行く時に使っているあの部屋だ。

中に入ると相も変わらず先生は膨大な書類と格闘していたが、私の姿を見止めると「呼び出して悪かったな」と言ってすぐにその手を休め、私が座るソファの向かい側に腰を下ろした。

こうやって見ている限り、それほど深刻そうな顔もしていない。というより普段通りだ。考えてみればよっぽどやばい状況なら、ここではなく学園長室で学園長や月宮先生を交えての話になるだろうから、今回はそんなでもないのかも。

ふぅ、とひとつ息を吐き、それから視線を合わせてくる日向先生。


「率直に聞くが、お前、HAYATOと知り合いか?」

「え?」


こんなことを聞かれるとは予想外だ。誰かに私のことを知られたと思ったのに、その推測は間違っていたらしい。となると、まだ私の性別はこの学園の誰にも知られていないということになる。

そのことについてほっと一安心したのだが、ふと今の質問を頭の中で繰り返してみる。何故ここでHAYATOの名が出てくるのか。


「どうしてそんなことを?」


この間偶然会ったことは隠すようなことでもないのだが、逆に言いふらすことでもないので誰にも言っていない。なのにどうして日向先生がそのことを知っているのかと疑問に思った。

ひょっとして私のあの時の態度の何かが気に入らなくて、HAYATOサイドの事務所から何か言ってきたのではないだろうか、と不安が過ぎるのだが、HAYATOに限ってそんなことはしないだろうとも思う。


「今回のロケのアシスタントにな、HAYATOがお前を名指しで指名してきた」

「ええっ!?」


てっきり学園長や日向先生が選んだものとばかり思っていたのに、HAYATOが指名?

ということは私は実力でみんなの中から選ばれたのではなく、HAYATOの指示で選んだというのだろうか。

偶然あそこで会って、今度の収録先の生徒だと知って私を指名してきた?
それは要するに、HAYATOのコネで今回アシスタントを務めるということに他ならないではないか。

ちゃんと平等に見て、その上で選ばれたり選ばれなかったりするのはいいが、これは納得出来ない。


「HAYATOさんとは確かについ先日偶然お会いしました。ですが収録があるのを知ったのは今日で、私はこのようなことを望んでいたわけでもありませんし、彼にそう願ったこともありません。
アシスタントなら神宮寺くんと来栖くんの二人で十分でしょう。そういう話なら今回の話、私は受けるわけにはいきません」

「まぁ、待て待て! 早まるな。そういう意味で言ったんじゃねーし、お前がそうゆうことをするやつだとも思ってねぇよ」


私がきっぱりと言い切ると慌てたように日向先生が口を挟んだ。


「もともとこの話が来た時、一ノ瀬には案の定断られたが、俺達はお前ら四人を指名する気でいたんだよ。ただその後、HAYATOの方からお前の名前が上がってな。どういう関係なのか気になっただけなんだ」


なんだってHAYATOはそんなことを言い出したのか。最初から候補に挙がっていたとはいえ、なんだか胸がもやもやする。

それが顔に出ていたのだろう、先生が苦笑いを浮かべながら諭してきた。


「お前はあのオッサンの好条件をも蹴るやつだからこういうのは好かねぇのかもしんねーが、人の繋がりは大事なことだぞ?
芸能界でも同じことで、相手に気に入られたりすれば、一緒に仕事をしたいって思ってもらえて仕事が回ってくることもある。今回のこともそれと同じだとは思わねーか?

それにHAYATOだってプロなんだよ、甘っちょろい気持ちで指名したりしねー」

「私の技術がどの程度なのかも知らないのに?」


ただ私達は話していただけ。それを知ってもらえるようなことは一切していない。それなのにプロとして選ぶっていうのはどういうことなんだろうか。


「それについちゃうまく言えねーが、俺達があの日、面接で感じたようなことをHAYATOも感じたんだろうよ。お前の持ってるオーラや雰囲気から漠然とだが『いける』と思ったに違いねぇ。そしてそれはハズレちゃいねーと思う。

長くこの世界で生きていくと、なんとなくだがそんな勘が働くんだ。HAYATOはまだ若いが、一年であそこまで上ったやつだ、そういうもんも持ってんだろ」

「先生だってまだ若いくせに……」

「はは、まぁな。そうだな、んじゃ言い換えてやるよ。トップに立つものは同じくトップに立つだろう奴について鼻が利く。だから今回選んだやつはそのうちデカくなる可能性があるというわけだ。俺の鼻は確かだからな」


それは、私にその素質があるということを……先生やHAYATOが認めてくれている、ということ……。

HAYATOに関しては先生の憶測ではあるが、きっとそれに近いものなんだと信じたい。でないと私は、HAYATOに嫌悪を持つことになる。

私自身、誰かに負けるつもりはないけれど、自分よりも実力のある人がいることを知っている。

それがトキヤくん達。だけど先生は彼らと私を同じレベルだと見てくれているということだ。


「ま、先のことはお前の努力次第だが少なくとも、俺はお前がそうだと信じてる。
お前にとっては今回の件、かなりいい経験になるはずだ。……で、どうする。この話、やっぱり降りるのか?」


ニヤリと意地の悪そうな顔。

そんな風に思われて、そんな風に言ってもらって今更降りるなんて言うわけないじゃないか。

なんだか、嬉しいんだか悔しいんだかわからなくてムスッとしてしまう。そんな私の頭をぽんぽんと叩き、日向先生は満面の笑みを浮かべた。


「受けてもらえるようだな。よし、話は以上だ。余計なこと言って混乱させちまったみたいだが、当日はしっかりやれよ」

「はい、ありがとうございました。失礼します」


認めてもらい期待されて、頑張らないはずがない。それを裏切らないように、私はもっと勉強して必ず日向先生達が望むアイドルになってみせよう。

あ、でもHAYATOと会ったらちょっと文句を言わないと気が済まないかも。日向先生の言葉を理解はしても納得は出来てないんだから、HAYATO自身の口から聞きださなきゃ。







次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ