触れる手、交わす言葉、繋ぐ心

□6月  -アイドルのお仕事-
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バックバンド(偽ってもういいか)が所定の位置に着き、その中央前方にHAYATOがスタンバイする。


「VTR明けます、10秒前です、…………、5秒前、4,3、………」





「さぁて、どうだったかにゃ〜? 早乙女学園、すごいとこだったね〜。こんなところで毎日アイドルになるために、勉強してる子達がいるってわかると応援したくなるよねぇ」


映像がVTRから生に切り替わり、キューサインと同時に話し出すHAYATO。彼の場合、やっぱりどんな時もHAYATOだからどのカットを抜かれようと顔を作ることなんてない。それが素なのかどうかはわからないが、現場にいる限りHAYATOはHAYATOであり続ける。

今回のようなスタジオではない、部外者の入り込めるところは尚更そうなのかもしれないが。


「ではではではぁ。ボクからの応援ソングってわけでもないけど、ここで一曲歌っちゃおうかにゃぁ〜。
ボクも、卒業生ではないけどアイドルとしてはここにいる子達の先輩だから、カッコイイとこみせないとねっ。それじゃぁ、聞いてください」


バックバンドのそれっぽい動作と共にイントロが流れ出す。アイドルの生歌をこんな近くで聞けるなんてラッキーだ。とちょっとワクワクす
る。

HAYATOの歌はトキヤくんとは違い、たまにピッチを外したりすることはあるがやはり同じ声の質だけあっていい声だ。歌う曲調によって少しずつ変えてくるが、清らかで澄んだ声だと思う。

ただピッチやリズムのズレはHAYATOのキャラとしては合っているのだろうが、私としてはHAYATOはもっと歌えると思うんだけどなぁ。

期待に胸を躍らせてHAYATOの歌を待ち望むが、イントロが終わりAメロに入ろうかというところでプツリと音が消えた。










「おいっ、どうなってんだ!?」

「オケが消えたぞ、オケが!! 機材動いてんのかっ」

「駄目ですっ! 突然電源が入らなくなりました!」

「予備は持ってきてねーのかっ!?」


現場が混乱する。原因不明の機材トラブルによってオケが途中で流れなくなってしまったのだ。あれだけ何度もチェックしていたのにこんなことになるなんて……。

HAYATOの後ろでは、弾いてる演技の出来なくなった人達がおろおろとしているのが見える。カメラは回り続けているから、HAYATOはなんとかトークで間を繋ごうとしているが、オケを流していた機材は回復の兆しを見せようともしない。


「あれれれれぇ? なんだか大変なことになっちゃったねぇ。って他人事じゃないよボクっ! どうやら機械が壊れちゃったみたいだにゃ」










「しばらくHAYATOさんのアップの画を取ってもらえますか。後ろが映らないように」

「アッキー?」


トラブルに対応しきれなくて焦った顔をしているバックメンバーは、場を取り繕おうとしているHAYATOの邪魔になる。私はそっとカメラマンに近付きそう進言した。言葉の意図をわかってもらえたようですぐにアップに切り替わる。

この頃には音響関係者以外のスタッフさん達は冷静さを取り戻していたから、もう少しすれば打開案が浮かぶのかもしれない。それにHAYATOなら、このままアドリブで最後までもっていくことは可能だろう。

けれどここまで一緒に作り上げてきた番組の非常事態に、このまま黙って静観していることは出来なかった。

傍にいるレンくんに一緒に着いて来てもらうよう声をかける。


「おい、朔夜…」


HAYATOに背を向けるように方向転換をして歩いていく私を、柔軟を止め事態を見守っていた翔くんも追ってくる。呼びかけには答えずそのまま私達は彼らの許へ。


「みなさん、お願いがあります」


音也くん達が見学しているそこへ行き、見ていたならわかると思うけど素早く状況説明をする。そして、ここに集まった皆に助勢を求めた。


「幸いなことにオケを流していたもの以外の機材は生きているようですが、バックバンドは偽者なので役には立ちません。したがって、楽器はあっても奏者がいない。…七海さんはさっきの曲、知っていますよね。弾けますか?」

「え? は、はい」


HAYATOに曲を提供したいとまで言ったファンならば、と思ったけれどどうやら当たりだったらしい。
何故そんなことを問われるのかわかっていない七海さんは、戸惑いながらも私の気迫に押され、頷く。


「では伴奏をお願いします。HAYATOさんの後ろのキーボードを使うといいでしょう」

「ええ!?」

「静かに、マイクに拾われてしまいますので。他のみなさんもこの曲の構成、わかりますか?」


一斉に頷く五人。彼らは私のやろうとしていることを感じ取ってくれたようで言うまでもなく動こうとしてくれている。

ただの学生である私達に出来ることなんて、本職のHAYATO達にとっては子供のままごとでしかないだろうが、それでも今、HAYATOを演奏つきで歌わせることが出来るのは、この場では私達しかいないと思う。


「翔くん、ギリギリまでダンスとヴァイオリンで悩んでましたけど、もしかして用意してたりしますか?」

「ああ。一応ここに運んでもらってる」

「那月くん……弾けますか?」


彼がその昔ヴァイオリンを弾いていた、ということは聞いている。何かしら理由があって辞めたことも。だから、もし無理ならそれでもいいと思ったのだけど、


「はい、弾かせてください」


いつになく力強い瞳と声で、そうはっきりと言ってくれた。


「メインはあくまでHAYATOさんの歌です。僕達は今回の企画で即興で組んだバンドとでも思えばいい。
七海さんの伴奏を軸に真斗くんがフォローする形で厚みを出してください。音也くんはギターを。翔くんは少し物足りないかもしれませんが、HAYATOさんのバックでダンスを。きっと彼ならうまく絡んでくれると思いますので、元気いっぱいお願いします。
真斗くん、僕が運んでもらっきたエレピ使ってください。
間奏にあるブレイクで七海さんの伴奏だけにして、レンくんのサックスと那月くんのヴァイオリンを入れましょう。原曲にはない楽器ですし、僕は専門外なのでアレンジはお任せします。僕はシンセを使ってリズムパートを刻みます」










「みんなはボクの歌、聞きたいかにゃぁ? うん、そっかそっかぁ。みんな聞きたいんだねっ。
それじゃぁ音楽はないけど、特別にボクがアカペラで歌ってあげるよっ」


HAYATOが視聴者に問いかけ、その答えを聞くかのようにカメラの方に耳を向けそこに手を当て、うんうんと頷く。どうやらHAYATOはオケなしで歌うことに決めたようだ。彼の歌唱力ならアカペラでも十分だろう。でも、どうせならもっといい環境で歌わせたい。







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