触れる手、交わす言葉、繋ぐ心

□5月  -人は順応するものです-
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「い………やったぁああああ!!!! おおお!??」

「あぶなっ!?」

「っ!」


いつの間にかトップを抜き去り、待ち構えていたゴールテープを切ったところで……転んだ。それはもう盛大に。
かなり勢いがついていたのでそのままぐるぐると二、三回回転してやっとのこと止まる。

慌てた三人がすぐに起こしてくれたけど、身体中擦り傷だらけだと思う。ジャージ、破けてないよね…。


「ったー! うわーすんごい恥ずかしい……」


大注目を浴びてる中での転倒は半端なく恥ずかしかった。
助け起こされはしたけれど、至るところが痛くてまともに歩けず、そのまま引きずられるように運ばれてフィールド内へと戻され座らされる。


「最後の最後で転ぶなんて……ぷっ……さすがだよ、アッキー」

「はぁ…テープを切った後だから良かったものを」

「ぎゃははは。朔夜、おまっ! ナイスこけだった!!」


もう少し心配してくれてもいいんじゃないかなーとか思うんだけど、来栖くんは大爆笑だし、神宮寺くんは笑いを堪えようとして堪えきれず肩が揺れてるし、一ノ瀬くんは……まぁ、言わずもがな呆れてる。情けないやら悲しいやら。

でもここまで大笑いされると私までおかしくなってきて、一緒になって笑った。そしてその笑いが落ち着く頃、ああ、勝ったんだ。という実感が湧いてきた。
みんなで掴み取った勝利、この達成感。私が勝ちに拘った理由はこれか。


「さて、そろそろ退場のようです。立てますか?」


まだ傷は痛むけれど立てないほどではないので、頷きを返し立ち上がろうとしたところで両脇を支えられた。


「いたた、あれ、なんか既視感が…」


この宇宙人よろしく……は来栖くんの借り物競争の時か。何故かな、今日の私は散々な目にあってる気がする。


「なんだったら腰を支えてあげようか? それともお姫様だっこがいいかな」

「いえ、全力で遠慮します」


くすくす笑ってそう言ってくる神宮寺くんに間髪要れずにお断りする。腰なんて持たれたら、歩きにくい。
ましてや姫抱っこなんて、衆人監視の中やられるなんてごめんこうむりたい。

……前に月宮先生にされたのだって、恥ずかしくてたまらなかったのに。
あの時はそんなこと気にしてる余裕は途中でなくなったし、周りに他の人もいなかったからまだいい。

残念だなと零す神宮寺くんに対し、一ノ瀬くんの反応はすごくクールだ。


「馬鹿なこと言ってないで、このまま救護テントへ向かいますよ。君は自分の格好わかってますか? 酷い有様ですよ、朔夜」

「素直じゃないなイッチー、心配なら心配だと言えばいいじゃないか。それにしても……」

「ふーん……朔夜、ねぇ」


自分が何を言われたのか理解出来てなかったようで、眉間に皺を寄せて神宮寺くんと来栖くんを見てた一ノ瀬くんだったが、二人に突っ込まれた内容に気付き一瞬目を瞠ったあと、慌てて視線を逸らす。


「べ、別に名前くらい呼んだっていいでしょう」

「そうだね。オレはあだ名で呼んでるし、おチビちゃんは最初っから名前呼びだ。けどイッチーはずっと苗字で呼んでたのに、何で突然名前で呼び始めたんだい?」

「俺やレンのことはずっと名前で呼んでるのになー?」

「そんなこと、あなた達には関係ないことです」


あの時はそんなことまで考える余裕はなかったけど、バトンをもらう時にも名前、呼んでくれてた。
神宮寺くんが言ったようにずっと苗字で呼ばれてたからなんだかすごい新鮮だ。でも、悪い気はしない。少しでも心を開いてくれたように感じて。


「僕は嬉しいですけど?」


素直にそう思う。だからそのままを伝えただけなのに神宮寺くんや来栖くんになんだか優しい目つきで頭を撫でられた。


「あとはアッキーがオレ達を名前で呼んでくれればね」

「そうそう、全っ然呼んでくんねーし!」


そう言えば、いつか呼ぶと言っておきながらひと月経ってるのか。
もうずっと苗字で呼んでるから、今更違和感を感じないでもないし恥ずかしい気もするんだけど、私のことを名前で呼んでくれるのに私が呼ばないなんて不公平か。


「それじゃ、すぐにというのは無理そうなので慣れる為にも少しずつ呼ばせてもらいますね? 翔くん、レンくん、トキヤくん」

「『君』もいらねーんだけど、まぁ朔夜だしな」

「うん、それで慣れたら是非ともレンって呼び捨てて欲しいな」

「……好きにしてください」


これでやっとスタートラインに並べたって感じかな。始めはどうなることかと思った体育祭だけど、
おかげで前より一層仲良くなれた気がする。だって、こんな風に照れる一ノ瀬くんなんて入学初日は想像も出来なかったし。

これからも時に助け合い時に競い合いながら、いつかみんなで同じステージを踏めるといいな、なんて思った。










治療に案外時間がかかり、そのあとすぐに行われた閉会式には参加出来なかった。
そして式が終わりそのまま解散になるはずだったんだけど、Sクラスは日向先生からアナウンスで呼び出しがかかり、一度教室へと戻ることになった。

教室に入ると机の上にたくさんの(たぶん人数分)飲み物が置いてあり、
日向先生がみんなに「よく頑張ったな」と言って一人ずつジュースを配ってくれたのだ。

ほんと面倒見がいいよね日向先生。お兄ちゃんにぜひとも欲しいです。








なんかグダグダ。でもまぁ、こけるのもお約束。しっかりゴールするとこが朔夜ちゃんなのです。

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