触れる手、交わす言葉、繋ぐ心

□5月  -人は順応するものです-
7ページ/12ページ






学園のトラックはそれはもう広いのだが、あまりにも観覧席と離れると臨場感が伝わらない。なのでこの最終競技のために、ひと回り小さいトラックが用意された…。
私達が場所を移動したのではなく、トラックそのものが変わったのだ。一体どんな仕組みかは理解出来ない。

無駄なとこにお金かけてるよね、これは日向先生が頭を抱えてるのも頷ける。

一周が400Mとなっているらしいので、私達は第一、三走者と第二、四走者とに分かれてスタンバイ。


「あれ、神宮寺くん。その髪…」


サイドに流れている髪を纏めて後ろで結っていた。見慣れないそれは普段は見れない神宮寺くんの顔の輪郭を露にしていて、改めて彼の綺麗な顔立ちを思い知らされる。


「これかい? アッキーが本気を出せって言うからね。髪を纏めた方が気合いが入るだろう?」

「神宮寺くん……」


本来なら「本気を出せ」なんて言葉、相手にとって失礼でしかない。でもそれを神宮寺くんは曲解せずに受け取ってくれた上、こうして本物の『本気』を見せてくれようとしてる。


「なんて顔をしてるんだい。そうだ、アッキーもほら、こうして……」


どこから取り出したのか手に髪ゴム。それから私の神宮寺くんより短い髪をぱぱっと結い上げた。目にかかっていた髪を結ばれ視界が広がる。


「うん、綺麗な顔はみんなに見せてこそ、だよね」


そう言ってからトラックの反対側に視線を移す。第一走者達が各コースに並び終えたらしい。いよいよ出走だ。

来栖くんがスタートラインに立ち、今か今かと待ち構えているのが遠目でもわかる。全身に緊張と気合いとが漲り、聴覚を研ぎ澄ませスタートの合図に集中していた。

ゆっくりと空へ向けられるスターターピストル。





パァァアアアアアアン!!!





音と同時に一斉に飛び出す。
が、その瞬間来栖くんが体勢を崩し、転びそうになった。


「来栖くん!!」


とっさに一歩踏み出し、ズズッと靴を滑らせなんとか耐える。転びはしなかったものの出遅れてしまった。

顔を歪ませて必死に後を追う。


「うーん、まさか本当に転びそうになるとはね。ま、おチビちゃんなら大丈夫だろう」


冗談で言った言葉がまさか現実に起こるとは。

けど、神宮寺くんの大丈夫だというその言葉の通り来栖くんは持ち直し、懸命に走りぐんぐんとスピードを上げていく。半分を走りきったところで、その順位は四番手までのぼりつめていた。


「それじゃ、位置についてくるよ」

「あ、はい。頑張ってください!」


ぽんぽんと安心させるように私の頭を優しい笑みで軽く叩いた後、神宮寺くんはスタート位置に移動していく。

キャーと沸き上がる女の子達の歓声。それに手を挙げて笑顔で答える神宮寺くんは、すでにアイドルの風格があった。

けれどコース上に立った彼はその表情を一変させ真剣な目つきになる。これから走ってくる来栖くんが来る一点だけを見つめ、周りの声など耳に届かないくらいに集中しているように思える。

トップを走っているランナーが第一走者と入れ替わる中、来栖くんがさらにもうひとつ順位をあげて叫びながら走ってくる。


「レン、すまねぇ!!!」


テークオーバーゾーンに突入した来栖くんを受けて、神宮寺くんも徐々にスピードを上げて走り始める。
そしてその手にバトンが渡った時、


「任せたっ」

「オーケー」


短く交わされた言葉。

受け取ったバトンを握り直して神宮寺くんが全速力で駆け抜ける。


「ごめん、朔夜っ……ハァ、ハァ。…俺っ……」


息も絶え絶えな来栖くんが、フィールド内に戻ってくる。泣き出す寸前のような悲痛な顔。悔しさとか、情けなさとかそういった感情が交じり合ってか、薄っすら眦を濡らしてた。


「すごかったです、来栖くん。あれぞまさしくゴボウ抜きってやつですね!」

「でも俺はっ」

「まだです」


悔いても嘆いても意味がない。だってまだ勝負は終わってないのだから。


「まだ終わってません。来栖くんが頑張って、神宮寺くんが本気で走ってるんです。……大丈夫ですよ」


瞬く間にトップスピードにのった神宮寺くんは、前を走るランナーの背を射程距離におさめた。そしてじわじわと距離を詰めていき、最初のコーナーで抜きにかかる。しばらく競り合いが続いたものの、次のコーナーを抜ける頃にはその勝負を制し前へと躍り出た。

これで2番目。

直線に出てからも勢いは衰えず、後続に20Mほどの差をつけて一ノ瀬くんへとバトンを繋ぐ。





期待を裏切るなよ





神宮寺くんも来栖くんの時と同じくバトンを渡す時に声をかけてたみたいだけど、ここからだと距離がありすぎて何を言ったかまでは聞き取れなかった。

トップを走るランナーはそれほど速くないみたいで、たいした距離は離されていない。ここである程度詰めれればあるいは…。

走り出した一ノ瀬くんは最初こそ運動が苦手とは思えない走りで果敢に攻めていっていたが、中盤突然勢いがなくなり後ろのランナーに距離を縮められていた。どこか違和感を感じさせるギクシャクとした動き。

まるで、一定間隔を測って走っているように見える。前との距離はつかず離れずを保ったまま、後ろからはじりじり迫られる。
そして……抜かされた。


「一ノ瀬くん!!」


だけどそのランナーが前に出たと思った瞬間、一ノ瀬くんの走りがまた変わった。
それはスタート直後の風を切るような走りで、すぐに抜き返しコーナーを回ってくる。


「行ってきます」

「ああ、最後決めてくれっ!」


俺の分までと言う来栖くんと拳をぶつけ、レーンに並んだ。


「一ノ瀬くん、もう少しですっ」


直線を走ってくる一ノ瀬くんに向け最後の応援。正面から見据えた彼の瞳には、強い意志が宿っているのが見て取れた。

トップのランナーのバトンが最終ランナーへ。私も受け取る体制を取るために走り始める。もう後ろは見れない。
徐々にスピードを上げていく中、一ノ瀬くんの足音が聞こえる。そして、


「朔夜っ」


名を呼ばれると同時に、後方へ差し出している手に力強く乗せられるバトンの感触。


「はいっ!」


落とさぬようしっかり受け止め慎重に握り直す。あとは前だけを見て走るのみ。
緊張や、いろんなもので足がもつれそうになる。走っているのは自分の脚なのに土を蹴っている感触が遠く、まるで浮いているように感じる。
それでも足を踏み出すごとに近付いてくる前に見える背中。

後方でワーッという喚声が上がり会場がざわめいた。
だけどそれも気にならないほどに意識はただ前に向かってる。ひとつめのコーナーで約10M。ふたつめでさらに10M。
前のランナーと同様にそんなに速くない。私達と同じ考えで、前半戦に主力を投じたんだろう。
ストレートですでに射程距離、あとはここを突き抜けるだけ。

ゴールラインのその向こうに、三人の姿が見えた。


「朔夜ー!」

「アッキー、頑張れもう少しだっ」

「負けたら承知しませんよ、朔夜っ」


彼らの声が聞こえる。来栖くんが、神宮寺くんが、何よりこういうことに熱くなるのを理解出来ないと言っていた一ノ瀬くんが応援してくれている。

どんなに大きな歓声の中でも今はもう、彼らの声しか聞こえない。
ずっと追っていた前を走るランナーの背さえも視界には映らず、目の先にあるゴールテープ、それを切ること集中した。








えーっと……どこのスポ根ですかって展開ですが、これはうたプリの夢小説です!←
もっと臨場感ある感じにしたかったのですが、文才ないので咲太にはこれが限界……。

トキヤにですね、そろそろ朔夜ちゃんの名前を呼ばせたかったんです。なので、あのシーン。

次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ