早乙女学園体育祭はその後も熾烈を極めた。騎馬戦の馬が暴走したり、玉入れに学園長が乱入したりそれはもう波乱に富んだイベントだった。 この先、もしアイドルになれなかったとしたら味わうことのない出来事ばかり。シャイニング事務所に所属出来れば、学園長が社長だからまだまだ体験する機会は多そうだけど。 「三点差…ですか」 「最後で向こうの順位が上なら逆転されるね」 「やるなーAクラス。でも負けねー」 なんとかトップに立っているものの、現在トップのSクラスと2位のAクラスの差はたったの3点。 次の競技で最後。そう、残っているのは私達が走る4×200リレーのみだ。これで1位を取らなければ総合優勝を逃してしまう。優勝したからと言って何か賞品があるわけでもない。けど、ここまできたなら優勝は狙いたい。 「Aクラスは…やっぱり一十木くん達が出てくるのかな……」 ここまで見ている限り、彼らの運動神経はAクラスの中でも良い方だった。体育祭前に日向先生に言われた言葉…。 『そこらの男にゃ負けねーだろ?』 それなりに運動神経には自信がある。言われたとおり普通の男の子には負けないくらいのものを持っているとも自負出来る。 ただそれは『一般の』男の子達に対してのものだから、ここで通用するとは限らない。ましてやその相手が一十木くん達となるとかなり怪しいだろう。 なんにしても全力で走る。 「あ、音也達出なかったと思う」 「おお?」 「ほら、俺らのとこもこのリレーはノーマークだったじゃん?Aクラスもそうだったみたいで、あんまし意欲的じゃないやつらが選手になったとかって那月が言ってた気がする」 「なるほど」 言われてみれば確かにそうか。あの突拍子もない競技に出る自信がない、もしくは出たくない生徒がこれを選んでる可能性の方が高いんだ。 勝率が……ちょっとだけ上がったかも? 「それじゃ、順番決めちゃいましょうか。まだ決めてなかったし」 上手く流れを作れば勝てるかもしれないと思うと、俄然やる気が湧いてきた。 「先に言っておきますけど、僕の走りは期待出来ないかもしれません。なので前半で稼いでもらって後半に持っていけるようにした方がいいんじゃないかなと思います」 事前に一ノ瀬くんは運動が苦手だと言っていた。私は未だにそうは思えないんだけど、本人が言うからにはそうなんだろう。 何より彼はこのイベントそのものに興味が薄い。私や来栖くんのように勝ち負けには拘ってないはずだ。 「では前半は翔とレン、後半は私と秋くんという形になりますね」 「はい。でもその前に確認させてください。神宮寺くん、本気で走っていただけますか?」 これは神宮寺くんにも言えること。彼は楽しんではいるが、やはり勝っても負けてもどうでもいいと思っているに違いない。 深く付き合っていくにつれ見えた彼の実態。彼は他人に対して壁を作っている。笑っているけど笑っていない。 たくさんの人間が周りにいて、いつもその中心にいるように見えるけど、彼自身はそこから一歩引いて、内心冷めた目で見ているんだ。 でも、私達といる神宮寺くんはその壁が薄くなっているように感じる。同じ気持ちで笑い合ってくれていると思う。 「心外だな、オレが手を抜いてるように見えるかい? オレはいつだって本気さ。でもアッキーの頼みならそれ以上のものを見せることを約束してあげようじゃないか」 彼と正面からしっかりと向き合ってもっと仲良くなりたい。本気で一緒に何かに取り組めば、今の関係から一歩踏み出せるような気がした。それはなんだっていい。 ただ、今がそのチャンスなんじゃないかなって。だから確認したかった。 冗談を交えてぱちりと片目を瞑ってみせる神宮寺くんだけど、その瞳に嘘はないと思う。 「ありがとうございます。僕のわがままでしかないんですがこの勝負、勝ちたいんです。たかが体育祭だけど、僕はやるからには負けたくない。どんな勝負であれ、勝ちにいきたい……。 まぁ、足手纏いの僕が言ってもなんら説得力はないでしょうけどね。神宮寺くんに本気を出してなんて、言える立場じゃない」 結局のところ私は女で、勝つためには力不足だろうけど。それでも……。 「…私には……あまり期待しないでくださいね」 「大丈夫です、信じてますから」 みんなが持てる力を出し切ればなんとかなる。そして一ノ瀬くんに少しだけでもわかって欲しい。 歌やダンスや演技だけじゃなく、こうした日々の中の出来事も自分の力となって蓄積され自らを輝かせる要因になることを。 無駄なことなんてひとつもないんだってことを。 「第一走者は瞬発力のある来栖くんがよさそうですね」 「おう、任せとけ」 「第二走者を神宮寺くんお願いします」 「引き受けたよ」 「……第三走者は私がいきましょう。私よりも秋くんが走ったほうがなんとかなるかもしれませんしね」 「わかりました」 「うっしゃー! ぜってー勝つ!!」 「気合いが空回りして、転ばないようにね。おチビちゃん」 「がぁーー! オレの名前はおチビじゃねぇ!」 そのいつものやり取りで高まってた緊張がいい具合で解れた。 勝ちたいとは確かに心の底から思ってるけど、私はただ、こんな風にみんなとひとつの目標に向かいたいと思っていたのかもしれない。 PCではもう少し続くんですけど、今回は切ってみました。これくらいのが読みやすい? |