なんだか大変なことになってる。 来栖くんが出場した借り物競走。出たほとんどが棄権という事態が発生してる。あの紙に何が書かれているのか、想像もつかないというより想像したくない。 「怪我人続出も嫌だけど、これはこれでなんというか……」 「見てて可哀想になるね」 呟いた言葉に神宮寺くんが続きを付け足す。一ノ瀬くんはもはや呆れて言葉も出ないみたいだ。 「学園長を基準にして書かれたものだとしたら、無理難題に決まってますよね」 「だとしたら、ではなく確実にそうでしょう」 はぁ、と吐き出すように言う一ノ瀬くん。その気持ち、わかります。 窓や壁を突き破ったり、高いところから飛び降りたりしても無傷な学園長。基準にして書かれてたというより書いたのが学園長なんだろう。 これで競技として成り立っているかはいささか怪しいのだが、盛り上がっているので学園長としてはオッケーなのかも。 棄権した人達の『借り物』はとんでもないものとして、今日中に持ってこれると判断し探しに行ってしまった『借り物』が何なのか知りたい。ついでにその人達に言ってあげたい。「そこまでするか?」と。 五分程度で帰ってこれるなら私だって行くけど、最初の組がスタートしてから三十分は経ってるのにまだ戻ってくる気配がない。 そして、競技はそんなもの知ったことないと続行されてる……。 下手したらこれだけで今日が終わっちゃうんじゃないかという感じなんだけど、それを見越した上での繰り上げスタートなんだろう。まるで駅伝のようだ。 (ほんっとーに、普通のリレーに出れて良かった!!!) 心から何かに感謝したい気持ちでいっぱいだ。 そうやって一組一組スタートしては戻って来ずを繰り返し、とうとう最終組。 たくさん生徒がいた時は気付かなかったけど、どうやら一十木くんもこれに参加しているみたい。そしてまだスタートしてない。ということは必然的に…。 日向先生から一十木くん、来栖くんの名前が呼ばれる。 友達同士で競う可能性があるってこと、すっかり忘れてた。けどこれはクラス対抗。私は向こうからよく見えるようにイスの上に立ち上がった。 「来栖くん! 頑張ってくださーい!!」 大声を張り上げて応援する。気付いた来栖くんはこっちに向かって大きく手を振ってくれた。 その隣の音也くんも同じく手を振ってきたので小さく振り返す。今回は来栖くんの敵だからごめんね、一十木くん。 「おやおや、アッキーは意外とアクティブなんだ」 「危ないですから、用が終わったなら降りてください」 周りもすごい応援してるからこれくらいじゃ目立たないと思ったんだけど、何故だか注目を浴びてしまった。 だから一ノ瀬くんの言に逆らうことなくすとんと席に着いて、気恥ずかしさを隠すためにぽりぽりと頭をかいた。 「たかが学校行事に何故そこまで熱くなれるんです? アイドルになることとは何の関係もないというのに」 一ノ瀬くんは合理主義なんだろうな。アイドルになるために必要なことならストイックに打ち込むけれど、そうでないものはとことん省く。 それだけ一ノ瀬くんにとってアイドルってものが大きな意味を持つものかが伝わってはくるけど……。 「たしかに直接的には関係はないですね。でも、この学園で行われていることに意味はあるんじゃないでしょうか。 ここはアイドルを目指すために作られた学校です。アイドルになるために学ぶところ。それを踏まえれば、この学園で行われるすべてのことに意味があるんじゃないかと、僕はそう思います。 応援に熱くなるのは……うーん、ファン心理と同じことだと思います。ファンの方々はまず、知ることで好きになり、好きになったことによりファンになる。ファンになったからには…好きな人には頑張って欲しいと応援する。 それと同様に、知り合って好感を持って友達になる。友達には頑張ってもらいたい、誰よりも輝いてもらいたい。だから応援するんです」 言ってて自分でもなんだかわからなくなってきたけど、言葉にするならこういうことだと思う。 そこに気持ちが入るから理屈や言葉なんて関係なく応援したくなる。 「……私は、あまりそういう感情を理解出来ないのですが、秋くんが言ったようにアイドルとファンという風に置き換えればなんとなくわかる気がします」 一ノ瀬くんの世界は今のところアイドルに関連することで出来ている。世間一般の感情を理解出来ないというのなら、想像しやすいように置き換えるだけ。その意図が当たってホッとした。 でも理解出来ないというよりは、一ノ瀬くんの場合、そうゆう感情そのものを自分の中に抑えつけているように感じるんだけどな。だって、ちゃんと笑ったり怒ったり出来るんだもん。 「あ! そろそろスタートするみたいですよ」 日向先生がピストルを構えているのが見えた。 「イッキと勝負か」 「両方頑張って欲しいけど、クラス対抗ですからねぇ。それに、これは走りの勝負というより運ですから…」 破裂するような音が空気を裂き、横一列に並んだ生徒達がスタートを切る。 来栖くんのスタートは悪くない。けどそれは一十木くんも同じで、直線での勝負はどうやら互角みたい。 他の生徒はスタートで躓いたり、トップスピードに乗り切れなくってぐんぐん二人から離されてる。 「リーチの差があるでしょうに、翔は負けていませんね」 「ですね!」 二人の距離は広がることもなく一気に直線を駆け抜け、滑り込むように地面に置かれた紙を拾い上げた。 「あれ?」 「止まったね」 今までの生徒達と同じく、お題を拾い上げた途端に固まってしまった来栖くんと一十木くん。 やっぱり中にはとんでもないものが書かれていたのかな? しばらく様子を窺っていると、来栖くんが何やら叫び声を上げくるりと向きを変えて動き出した。 「棄権…するのかな? このあともまだ競技残ってますもんね」 「いえ、日向さんのところへは向かってないようですよ」 「だね。リューヤさんのとこは素通りだ。ん? おチビちゃんこっちに向かってきてないか?」 「後ろに一十木くんもいますけど……」 神宮寺くんの言うとおり、来栖くん達は一直線にSクラスの席へと走ってきた。それから荒い息を整えないまま、 「朔夜っ! 一緒に来いっ!!」 「あー、待って待って! 俺もっ、朔夜に来て欲しい!」 「え?」 二人して私を呼んだ。どういうこと? 二人とも同じ題目なわけ? って、その前に私を借りるって…そこに私の名前書いてあるの!? 「えーっと…?」 「内容が気になるねぇ。中にアッキーの名前が書かれているわけではなさそうだし」 「ええ。それならば紙を開いた瞬間にここまで来るはずですから、あの硬直時間はいりません」 「んなこといーから! 早く来いっ」 「トキヤ、朔夜を俺に貸してっ」 あの一十木くん、何故一ノ瀬くんに頼むんですか。 神宮寺くん達の視線に慌てるというより誤魔化すように、二人はがなりたててくる。 とりあえず私が必要なら行くしかないか。とイスから立ち上がろうとしたところを両サイドから押さえられた。 「何やってんだよ、レンっ、トキヤっ!!」 「早く朔夜をこっちに渡してっ」 なんだ、この修羅場風味。 一ノ瀬くんも神宮寺くんもイイ笑顔で笑ってる。悪戯を思いついたような意地悪な顔で……。 「取引をしようじゃないか、おチビちゃん、イッキ」 「あなた達のその紙を見せてくれたら…秋くんを貸してあげましょう」 「ほえ?」 「なっ!!!」 「そ、それはっ…!」 なんだかとんでもない展開になってきたぞ。しかもまるっと私の意見は無視されてる。 「お前らに見せる必要はねぇ!!」 「おかしな話だ。『借り物』は『貸す人』がいてこそ成り立つだろう? オレ達がアッキーと仲良く観戦しているところを攫っていくんだ。ちゃんとした理由が必要だと思わないかい?」 「そんなのっ、『競技に必要だから』でいいじゃんか!」 「甘いですよ音也。世の中ギブアンドテイクです。楽しい時間を邪魔されるのですからそれ相応の報酬がないと、貸して差し上げることは出来ません」 ぐっとやり込められてしまった来栖くんと一十木くん。だけどよーく考えよう。私は誰のものでもありません! 従って誰かの許可なくとも私が行くという意思があればついていけるんだけど。一ノ瀬くん達は言葉巧みに交渉してそれを悟らせない。 あたかも自分達に正当性があるかのように、堂々と。 ところで本気で『楽しい時間』だなんて思ってるんですか一ノ瀬くん…。 押し黙ってしまった二人は私の両サイドを睨んでいるが、対する神宮寺くん達は余裕の表情を浮かべそれを受け流す。 「さぁ、どうする?」 「………朔夜には見せないって言うなら、見せてやってもいい」 「うん、……それならいいかな」 連れて行かれる本人が見れないってどういうことですか。そんなに酷い内容だったりするんだろうか。そして、一ノ瀬くん達はその条件を飲んだり…… 「よし、手を打とう。交渉成立だ」 しますよね、やっぱり。 はぁ、と溜息をついてるところを捕獲された宇宙人よろしく脇をサイドから支えられ立たされた。そしてそのまま席の一番前まで連れて行かれる。 ご丁寧にも前列に集まっていたクラスメイト達は、モーセの十戒のワンシーンのように割れて通り道を空けてくれました。 「紙を渡してもらいましょうか」 「朔夜を渡すのと同時にね」 ドラマで見たことあるよ、この光景。あれだよね、人質交換の図。 もうどうにでもしてくださいと、私は諦めモードに入って視線を遠くに彷徨わせていた。 みんなこのやりとりに興味津々らしくかなりの視線を感じる。ゴールに待機中の日向先生もニヤニヤとこちらを見ているし。 神宮寺くんは来栖くんから、一ノ瀬くんは一十木くんから紙を受け取り、来栖くんと一十木くんは私を受け取る。 カサリと紙の内容を確認するために開いた音がした。 「ほほう」 「なるほどね。おチビちゃんもなかなか見る目がある」 言って、今度はそれを交換しあい、また確認する。 「どちらも妥当な線、といったところでしょうか。発想が二人らしい」 「オーケイ。キミ達の選択は正しい。ラストスパート、張り切って行っておいで」 二人に紙を返すとその肩をポンと神宮寺くんが押し出した。 顔を赤くした来栖くんと一十木くんは言われるまでもなく、それを受け取った瞬間に走り出す。 でもこれって競技中なんだし、二人共一緒にゴールでいいのかな? あ、でもお題に合ってるかどうか、日向先生が確認してダメになる可能性もあるのか。 内容がわからないけど、二人共が私を借りるってのもおかしな話だし、きっと間違ってるに違いない。……何かの間違いであって欲しい。 手を引かれたままトラックをひたすら走り、同時にゴールしたところで紙を先生に渡す。 でもなんだか落ち着かない様子で二人とも違う方を向いて、日向先生の判決が下るのをひたすら待った。 「ふーん。…まぁ、間違っちゃあいねーか。よし、おまえら二人とも合格、同着一位だ」 「……うっす」 「…ありがとうございます……」 てっきり大喜びするのかと思ったのに、二人は気まずげに返事を返すだけだった。そんな反応、私が救われない。 結局日向先生に頼み込んでみたものの、私がその内容を知ることは出来なかった。なんだか納得がいかない気がする。その代わりに教えてもらったのは他の生徒のに書かれた内容。 ……『シンガポールのマーライオン』とか『エジプトのスフィンクス』とか、はっきり言って無理だよね、それ……。 「『誰もが認める美人』と…」 「『学園1綺麗な子』ねぇ」 (もしも自分がその立場だったら、私(オレ)でも同じことをしたかもしれない……) 長かった! 翔くん借り物競争編。 本当はすぐに朔夜ちゃんを連れて行くはずが、レンとトキヤが悪乗りしました← おかげで長くなったし! シリアス…とみせかけてのギャグ風味? どうやらこの長編、実はこういう路線らしいです。 |