触れる手、交わす言葉、繋ぐ心

□5月  -人は順応するものです-
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とうとう待ちに待った俺様の出番。アナウンスがかかった時点でアドレナリン出まくって興奮してきた。朔夜が応援してくれてんだ、カッコ悪いとこなんか見せらんねぇ。って、あれ。俺なんでんなこと思うんだ?

さっき朔夜が戻ってきた時、レンとトキヤがいなくてラッキーとか思ったし、レンが来た時は残念だとか思った。

なんだろ、まだ最初にあいつと友達になった時のこと引きずってんのかな。誰よりも先に友達になりたいって気持ち。これが今はきっと『誰よりも仲のいい友達になりたい』になってんのかも。
でもなんでそう思うのか。ってのがいつまで経っても謎なままなんだよな。


「おっ、翔じゃん!」


出場する生徒が集まる場所で一人首を傾げていたら、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「音也じゃねーか。お前もこれ出んの?」


人込みをかき分け俺の隣までやってきたのはAクラスのサッカー仲間、一十木音也だった。


「うんっ、おもしろそーだったからね」

「だよなぁ?」


やっぱり音也はわかってるよな。この学園やることなすことめちゃくちゃだけど、慣れちまえばおもしろい。それに、日向先生だってこーゆーことやってきたんだろうし。
同じことしてれば同じようになれるわけじゃねぇけど、あの人も同じことやってたんだなって思うだけでやる気
が出てくる。


「ってことはライバルだね。絶対負けないから」

「ああ、俺だって負けねーよ」


ガシッとお互いの腕を目の前で交差しあう。気合を入れるためとお互い頑張ろーぜって意味だ。事前に確認なんてしなくてもこーやって意思の疎通が出来る仲間がいるってのは嬉しいよな。

クラスは違うし厳密に言えばライバル同士なんだけど、仲間がいるから頑張れる。大切な人がいるから強くなれるんだ。

前の競技の片付けと俺達が出る借り物競走の準備があっという間に終わる。いつ見てもどうやってんのかさっぱりわかんねー、あの黒子達。学園の壊されたとことかもあいつらが直してんのか?

選手入場の合図とともに俺達は駆け出してマーキングされた所定の位置へと移動する。

そういや、さっきは気にしてなかったけど出場者は結構いて、何組かに分かれて競うようになってるみたいだから音也と戦うかどうか決まってないんだった。
予行演習なんてなんにもなかったからすべてがぶっつけ本番だもんな、これ。

スタートラインにいた日向先生がクラスと名前を読み上げ、呼ばれた順にコースの内側からみんな並んでいってた。ふーん、直前になるまで誰とやるかわかんねーってことか。ますます面白い。

一組目には名前が呼ばれなかったから、待ってる間に準備運動でもしとこうと思って、屈伸やアキレス腱を伸ばしてると同じことしてる音也と眼が合った。ニッと笑ってくるから俺も余裕の顔で返してやったぜ。

走者の準備が済むと日向先生がスターターピストルを空に構える。ああ、やっぱかっこいいよなあの人。


「位置についてーっ」


マイクなんか通さなくても遠くまで響く声。


「Ready」


その声で高まった緊張が


パァアアンッ!!


一気にはじけてランナーが走り出す。まずは直線。走りきったその先に借りてくるものが書いてある紙が置いてあるみたいだ。借り物が見つかったらその位置まで戻りあとはゴールを目指して走るだけ。普通に考えればただ単純で簡単なものなんだけど……。

最初に紙に辿り着いたやつが全然動かない。その後、続々と他のやつも紙を拾って中身を確認して動きを止める。


(なんだ、何が書いてある?)


中にはすぐにどこかに走っていくやつもいるけど、大半が困った顔で立ち尽くしてる。


「何が書いてあるのかな」


視線はその動かない、いやたぶん動けないんだろうやつらに向けたまま音也が近寄ってきた。


「まったくわかんね。でもとんでもねーもんなんだろうな」

「だよねー。うわー、ちょー楽しみ」


こんな状況なのにまだわくわくしてる音也はやっぱり大物だと思う。さすがの俺でもちょっと不安に思ってるのにさ。

そうこうしているうちに最初に何かを探しに行ったやつが戻ってきてコースを走ってる。……猫を抱えて。なんだかやけに引っかき傷が顔についてる。猫も暴れて必死に逃げ出そうとしてるし。


「簡単なお題で猫かぁ。たまたまいたからいいけど寮とかってペット禁止だよね? そうなると、野良猫って探すにしてもなかなか普通は見つからないよな」

「そうだな。あ、何もしないで戻ってくるやつがいるぞ?」

「あっ、あいつうちのクラスだ」


音也は日向先生の元に戻ってくるクラスメイトの方へ向かっていった。もしかしたら内容を聞けるかもしれないと思って、俺もそれについていく。どうやら音也も同じ考えだったらしく、勝負を諦めて棄権したそいつに詰め寄った。


「ねぇ、何が書いてあったの?」

「ああ、一十木か……。これ…」


論より証拠とばかりに差し出されたのはお題の紙。折りたたまれてたそれを受け取った音也がぺらりとめくるのを、俺も脇から覗いてみたんだけど……。


「無理だろ、それ……。知らないやつだったら出来たかもしれないけどさ、Aクラスでそれ持ってこれるやつなんかいないって」


俺も音也も顔から血の気が引くのがわかる。だって、それは俺達も絶対無理、というか出来るけどやりたくないもの。


「那月の……眼鏡…」

「うわー、これは……出来ないことはないけど後が大変そうだよね…」


まさか事前にレンが予想済みだなんてこと俺達が知るはずもなく、もしこれが那月の暴走を知らない他クラスのやつのお題だったらと考えて冷や汗を流した。


「クラスのみんなは那月の『アレ』見たことあるからね…アハハハハ……」


こうなるとますます他のお題が気になってくる。ほとんどが動けないって……これ競技として成立するのか!?


「勝つためには『当たり』を引くしかなさそーだな」

「ああ、さっきの猫みたいな?」

「確立はかなり低いだろーけど」


お題の設置は、出走直前にコース上に箱から引いた紙を無作為に置いていくというまったくのランダムだったから、すべての組に『当たり』が入るとは限らなねーけど、可能性は0じゃない。まぁ、もちろんまだ『当たり』があればの話だけど。

ゴール出来たのが一人、半数が棄権、未だ探しに行って戻って来ないやつが数人いる中、次の組の準備が進められる。

選手決めの時、『当日中に戻って来れないと思った場合には棄権すること』ってなってたけど、今いないやつらは戻って来れるのか?

その後の組も似たような状況で、ゴールしたやつがいない組もあった。

俺も音也もまだ名前を呼ばれてはいない。どうやら最終組で対決することになりそうだ。





「ラスト行くぞー!」


参加生徒の約三分の一が戻って来ない中最終組の名前が呼ばれる。この場に残ってる三分の二のうち四分の三が棄権とかマジありえねー。
そんだけとんでもないものを要求されるお題が多いってこと、最悪の場合俺も棄権を考えとかねーとこの後出る競技に出られなくなっちまう。


「Aクラス、一十木音也! Sクラス、来栖翔!」


名前を呼ばれ立ち上がり、音也と並んで指定されたコースへと入る。嫌でも緊張が高まる中、


「来栖くん! 頑張ってくださーい!!」


朔夜の声が聞こえた。席に目を向ければ、前列に群がるクラスメイトの後方から飛び出たあいつの姿。朔夜のやつ、イスの上にでも乗ってやがるな。

それにしても、この大勢の声援の中あいつのハスキーボイスでここまで声が届くもんだ。
歌っている時もそうだけど、きっと声を張ると透る声質なんだろう。大きく手を振ってそれに応えると隣の音也も朔夜に反応してた。


「ちぇ、俺のことは応援してくれないのか」

「ばーか、クラス対抗なんだからあたりまえだろっ」


悔しそうに言う音也になんだかちょっと優越感を感じる。これは意地でも音也になんか負けてらんねー。


「位置について」


神経を研ぎ澄まして最初のスタートに集中する。


「Ready」


次の瞬間打ち鳴らされたピストルの合図と共に寸分の遅れもなく飛び出す。スタートダッシュは成功、だけど隣の音也もそれは同じみたいですぐ脇に気配を感じる。

けど気になったのは最初だけで走ってるうちに前方にある紙片に意識を向け、そこに辿り着く直前にスピードを落とし、用意されたそれを掴み取った。


「え」


中を見て固まった。これは……どうすればいいんだ? 混乱は深まるばっかで、すぐに動くことが出来ない。

ぼーっとした頭で隣を見れば同じように固まってる音也。だけどその顔は俺とは違って何かを考えてるように見えた。


「あーっ、もう!!」


頭をぐしゃぐしゃと掻き毟って、心を決める。書かれた「借り物」はこれしか思い浮かばない。

くるりと方向転換をすると同時に音也も動き出した。走り出す俺、そして音也。向かう場所は……


(同じところ?)


一直線にそこへ向かうけど音也が離れる様子はなくピタリとついてくる。まさかとは思うけど、お題が一緒…ってことはねーよな?

なんだか嫌な予感がしたからそのままスピードを緩めずに目的の場所に向かった。







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