触れる手、交わす言葉、繋ぐ心

□5月  -人は順応するものです-
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「……くん………秋く…………秋くん」


ふわりと浮上する意識に優しく呼びかける声。ああ、なんて綺麗な声なんだろう、甘く優しい、ずっと聞いていたくなるような。
この声は誰の声? 私はどうして……と、そこまで考えた瞬間ハッとして目を開けた。

ぱちりと開いた目の前には丹精な一ノ瀬くんの顔。
えーっと、私……?


「起きましたか」

「あ、はい。おはようございます」


ボケボケとしながら返事をす。えーっと、一ノ瀬くんを探しに来て横に座った後、ちょっとだけ話して。あ、そうだ明日本屋さん行かないと。じゃなくて!! 邪魔しちゃいけないから大人しくしてたら風が気持ちよくって。それで……。


(寝た。それもぐっすり熟睡)


一ノ瀬くんのことだ、きっと呆れただろうな。まぁ、寝てしまったものはしょうがない。それにちょっと気だるかった身体もすっきり爽快だし。


「無防備に寝ているものですから、こちらまで眠気を誘われました」

「えーっと、すみません。僕、どれくらい寝てました?」


太陽の動き具合からして長時間は寝てないことはわかる。来栖くんが出る競技が午前中にあって応援しに行くつもりだったんだけど、まさか寝過ごしたりはしてないかと少し焦った。


「それほど経ってはいませんよ。まぁ大体三十分というところでしょう」

「良かった。なら一、二種目終わったくらいしか寝てないんですね」


もしかしたら一種目も終わってないかもしれない。なんてったってあの変わった競技なんだから予定外のことが起こらないはずはない。
そう思ってほっと胸を撫で下ろした。


「さぁーって、戻って来栖くん達応援してきますね。一ノ瀬くんも行きますか?」


立ち上がって、縮こまっていた体をうーんと伸ばす。地面に座っていたからかお尻がちょっと痺れてる。
一ノ瀬くんから少し離れたところで付いているだろう砂を払い問いかけた。

応援するつもりなら一言告げてからあの場からいなくなっただろうし、それはないかと思い直す。答えは案の定NOで「それじゃ、お昼前に戻ってきてくださいね」とだけ言い、私は席へと戻った。


「お、やっと帰ってきたか朔夜。ずいぶん長いこと帰ってこなかったけどずっと探してたのか?」


やっぱり競技は進んでおらず、私が席を立ってからまだひとつしか終わってない。今はふたつめの半ばといったところだろうか。どうやら白熱した戦いらしく、来栖くんは応援に夢中になっていた。

神宮寺くんは……ああ、いつもどおりクラス席から離れたところで女の子達に囲まれながら観戦してる。

とりあえず戻ってきたことを伝えるため、観覧席一番前で大声を張り上げて応援していた来栖くんの肩を叩き、「ただいま」とだけ伝えて席の一番後ろに戻ろうとしたところ、来栖くんも応援をやめて一緒に最後列に座る。


「見つけましたよ。本を読んでて、まだゆっくりしてたいそうなのでお昼に戻ってくださいとだけ伝えました。帰ってくるのが遅くなったのは……すみません、寝てました」

「はぁ!? 寝てたってどこで? まさか、トキヤがいたとこでか?」

「です。ちょうど木陰になってまして、風が気持ち良くってついウトウトと」


真顔で詰め寄る来栖くんにその通りだと返すと、さも意外だという表情を浮かべた。


「あいつってさ、プライベートな時間で集中してる時、人を傍に寄せ付けないっつーか、まぁ近付かれたくないらしいんだけどさ。
集中しててこっちの存在に気付いてないからいいじゃねーかって思うけど、気付いた時に嫌味言われんだよな。音也なんか『うるさい』『邪魔です』ってしょっちゅー言われてる。あいつの場合は実際うるさいんだけど。お前は、なんも言われなかった?」

「はい、僕が見つけた時も本を読んでましたけどすぐ答えてくれましたし。ちょっと会話を交わしただけであとは特に何もなかったですけど」

「ふーん、そっか……(トキヤも…こいつのことかなり気に入ってんだな)」

「何か言いました?」

「ん? いや何も?」


何か呟いたと思って気にはなったけど、本人が何も言ってないってことは私に関することじゃないんだろう。


「んじゃ、レンもいねーし二人でゆっくりしてよーぜ。もうすぐ俺様の出番だし!」

「誰がいないんだい?」

「げっ」


神宮寺くんはほんと、こういう登場が多い。ついさっきまで女の子達と一緒だったと思ったのに。

私の座っている席の背もたれに腰掛けて足を組む。足も長いからこういう格好すごくきまるんだよね。周りの子達も騒いでるし。
彼が来ると一瞬でその場の雰囲気が華やかになる。ひとつしか年は違わないはずなのに、すごく大人っぽい。

女の子達は私達と一緒にいる神宮寺くんには何故か寄ってこないんだよね。気を遣ってくれてるのかな。


「アッキーを独り占めしようなんてそうはいかないよ、おチビちゃん。キミがなかなか帰ってこなかったから寂しかったんだよ?」

「それはすみませんでした。でも女の子達と一緒だったようですし楽しかったんじゃないですか?」

「おっと、これは手厳しいね」


初めの頃は対応に困っていた彼の言動にも、最近はこんな感じ。軽口の応酬というか、やりとりを楽しむ余裕が出てきた。

さすがに私も一応は女の子だから、神宮寺くんのような人にそんなセリフを言われたら恥ずかしくはなる。けど来る日も来る日もまるで「子羊ちゃん」達のように扱われてたらさすがに慣れます。っていうか、そういう扱いが何故されるのかが未だ持って謎なんだけど。

まぁ、神宮寺くんなりの冗談なんだろう。

後ろから覆いかぶさるように抱きつき、私の頭の上に顎を乗せる神宮寺くんの腕をバシバシと叩く。


「重いですよ、そして暑いです」

「ははは、照れてるアッキーもかわいいね」

「レンっ、朔夜からはーなーれーろーっ」

「そうです来栖くん、もっと言ってあげてください」

「おめーは余裕かましすぎなんだよっ」

「あれ、怒られた」


くすくすと笑いながらじゃれつく私達を、周りの女の子たちはどこかうっとりした目で眺めてる。こういう風に男の子たちが騒いでるのって見てると微笑ましいんだよね。私も昔仲間に加わってみたいなぁとか思ったことあるもん。なんかもう、友情! って感じがしてさ。

私の頭越しに言い合う来栖くんと神宮寺くんがなんだか可愛くってしょうがない。

とその時、グイッと神宮寺くんに引っ張られてのしかかられてた重みがなくなる。


「お?」


彼の腕を引っ張って重さから私を解放したのは、なんと木陰で読書中なはずの一ノ瀬くんだった。


「あれ、一ノ瀬くんもう本はいいんですか?」

「キリのいいところまでは読みました。木陰も短くなってきましたからね」


大きな木だったし完全に影がなくなることはないところだった。ひょっとして応援に来てくれたのかな?
でも彼はそういうことは口に出さないし顔にも出さないだろう。


「あ、じゃあもし予定がないならそろそろ来栖くん出番だし一緒に見ませんか?」


提案したところで次の競技に参加するメンバーを召集するアナウンスが流れた。来栖くんは「おっしゃぁ!」とひとつ気合を入れて、手を振りながら集合場所へ。


「お昼までもう少しありますし、どこかで本読んでます?」

「……いえ、来たついでですからこのままここにいます」


何故か神宮寺くんをちろりと見た一ノ瀬くん。それを受けて神宮寺くんはにこりとし、背もたれを乗り越えて私の隣にすとんと腰を下ろした。


「それじゃアッキー、おチビちゃんの勇姿を三人でしっかりと見届けてあげようじゃないか」

「そうですねー。来栖くんならきっと勝ちます」

「借り物競争ですか。変なものが書かれていなければいいのですが」


さっきまで来栖くんがいた席に変わりに一ノ瀬くんが座る。


「シノミーの『眼鏡単品』とか眼鏡を取ったシノミーとかだったらおもしろそうだね」

「?」

「…その場合は即棄権を勧めます」


シノミーって四ノ宮くんのことかな? 眼鏡ってなんのことだろう。
眼鏡を取った四ノ宮くんか……、眼鏡ひとつで雰囲気って結構変わるもんだからちょっと見てみたいかも。










その頃の私は、まだ四ノ宮くんの秘密を知らなかった。神宮寺くんが言った「おもしろいこと」が実際には「おそろしいこと」だと認識するのはもうちょっとだけ先の話。







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