触れる手、交わす言葉、繋ぐ心

□5月  -人は順応するものです-
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「あー、じゃ、適当に座ってください。今コップ出しますね」


そうしてつい、いつもの通り動こうとしたのだけど、痛みで身体が硬直した。


「アッキー?」

「どうかしましたか?」

「あー……。あははは」


どう説明しようか悩む。
別に正直に言ったからってどうということはないんだけど、昨日転倒直後にあれだけ笑われたからなぁ。と思うとちょっと気が引ける。でもまぁ、これから一緒に過ごすわけだし嘘をついても仕方がない。


「いや、実はですね。昨日の傷が歩くと服に擦れて痛くって、しかも普通に動こうとすると引き攣った感じになるのでそれがまたなんというか……。で、そんなわけでぎこちない動きに」


また笑いが起きるかと身構えてたんだけど、予想は外れて沈黙が落ちる。えーっと、なんだか三人とも呆れ顔?
一ノ瀬くんはいつものことだからいいとして、神宮寺くんや来栖くんまでそんな顔するなんて。


「あ…あの……?」

「お前はバカかっ! 辛ぇーなら言えよっ」

「そうだよアッキー。とりあえず、今日は動き回らなくていいよ。オレ達が勝手に動くから」

「君は座っていなさい。
そんな様子じゃ、どうせ今日もまだまともに食事を摂ってないんでしょう? ある意味、来て正解でしたね。ああキッチンをお借りしますよ」


来栖くんに怒鳴られ、神宮寺くんにゆっくりと手を引かれソファーに座らされる。一ノ瀬くんは、まだあったのかというビニール袋片手にキッチンへと入っていった。
結構頻繁にいろんな人が訪ねてくるから、動き回る範囲で見られてマズいものは置いてない、とはいえ彼らはお客さんで部屋の住人である私が動いてないというのは居心地が悪い。
そう思って動こうとするんだけど、神宮寺くんに肩を押さえられる。


「いいから。今日中に普段通りに動けるようにしとかないと、明日からの授業に差し支えるよ?」

「そうだぜっ。それにこんな時くらい、俺ら頼ってもいーんじゃねーの?」


言われてえっ? と思った。私はみんなに迷惑をかけるのが嫌で、だからこんなことぐらいで頼ったりするなんてと思ったけど、彼らはこうして面倒だなんて少しも思ってなくて、逆に私を気遣ってくれる。

相手のことを思ってるようなフリをして……私は、自分が嫌われたくないからそうしていただけなのかもしれないと思ってしまった。みんなに心を開いて欲しい、本気でぶつかって欲しいと願いながらも、壁を作っていたのは私も同じ……?


「あ……」


愕然とした。もともと人と接するのは得意な方じゃなかった。でもそれも随分と昔に克服した。克服したと思っていた。だけど心の底ではどこかで人を怖がっていて、だから余計に嫌われたくないと思っていた。
それを気付かないフリをするために、私はみんなに好かれるような人物を自分でも知らないうちに演じていたんじゃないだろうか。

一歩引いて見てる、だなんて神宮寺くんのこと言えない。ほんと、どうしようもない馬鹿だ。
彼らはすでに仲間だと、言葉で態度で示してくれているのだ。何を怖がる必要がある。


「ありがとう…ございます。お言葉に甘えて、今日は……王様気分で過ごさせてもらいます」

「おいおいおい、そこまで言ってねーだろがっ!」

「アッキーが王様ね、ならオレは騎士にでもなろうかな」


気取って言う神宮寺くんも昨日とはちょっとなんだか違う。
どこが、と問われても言い表せないけれど、確かに私達の間にあった壁は壊れないまでも限りなく薄くなったように思う。


「何を騒いでいるんです?」

「お、召使いが戻ってきたみたいだ」

「誰が召使いですか、誰が」


トレーに軽食と人数分のコップを乗せて一ノ瀬くんが戻ってきた。それを私の「王様」発言に合わせて揶揄する神宮寺くん。そんなことなど知らない一ノ瀬くんは眉間に皺を寄せて睨みつけてたけど……。


「さっ、ぱーっと騒ごうぜ! 俺、これがあるからと思って朝飯食ってきてないんだよな。ちょー腹減った!!」

「おチビちゃんに全部食べられてしまう前に、アッキーもしっかり食べるんだよ」

「あー、でも僕、午前中はあんまり食欲が……」

「そんなことを言ってるからいざという時に転ぶんです。ただでさえ朔夜は見た目不健康そうなのですから、今日はしっかり食べてもらいますよ」


昨日のことを突っ込まれると、別に食事抜きが原因でもないのに反論出来なくなる。可能なら忘れて欲しいんだけど……きっと無理なんだろうな…。
来栖くんと一十木くんのあの件を見る限り、どうも一ノ瀬くんと神宮寺くんはそういう痛いとこ突いてくるのが好き、と言うと語弊があるかもしれないけど、まぁ得意そうだし。


「ああ、そうそう忘れていました」


邪魔にならないよう置いていたのだろう、ソファの陰から一ノ瀬くんは持ってきていた自分のカバンを取り、その中から一冊の本を取り出した。


「知り合いが、私がすでに購入したのを知らないで昨日持ってきたんです。
持って帰るように言ったのですが『自分は読まないから』と押し付けられてしまいましてね。よかったらもらってくれませんか」


差し出されたそれは、彼らが来る前に読みたいと思っていた……


「ラグ・マーカーの新刊!うわぁ、今日買いに行けなくて、もし読み終わってたら一ノ瀬くんからお借りしようとか考えてたんですけど、いいんですか、これ?」

「ええ」

「ありがとうございます、一ノ瀬くん! あ、そうだお代を……」

「結構ですよ。二冊あっても無駄なだけですし、頂き物ですからね。それより朔夜、何か忘れてはいませんか?」


心なしか一ノ瀬くんの機嫌が悪くなったように思う。何か気に障るようなこと言ったっけ? 忘れてること?
お礼……は今言ったし、借りてた本はこの間すべて返してたはず。他に忘れてることって一体……。

思い当たる節がなくって首を傾げてたらはぁ、と大きな溜息を吐かれた。何故だか神宮寺くんまで肩を竦めてる。


「お前さぁ、昨日俺達のこと名前で呼ぶって言ったの忘れたのか?」

「あっ!」


そうだった、確かに言った。言ったけど、すぐに直せるもんじゃないし、それまで大目に見てもらえるものと思ってたんだけど…。


「意識して直さなかったらいつまで経ってもそのまんまじゃん」

「だから今日、オレ達といる間は名前で呼ぶこと。いいね? アッキー」

「間違えて呼んだら、そうですね……何か罰ゲームでも受けてもらいましょうか」


なんか三人が結託してる気がするんですけど! あの時と同じ、イイ笑顔を今度は来栖くんも一緒に浮かべてて。

間違えない自信よりも、罰ゲームを受けることになる自信の方が確実にある。そして、こんな顔をした三人の罰ゲームを想像…するだけで冷や汗と乾いた笑いが出てきた。


「あ、あはは、ははは……」


なんだろう、もしかして私、友人の選択間違えた……?








ほんのオマケのつもりだったのに、朔夜ちゃんがちょびっと胸のうちを零してくれました…。

どうやらレンやトキヤのように少し人間不信だったようです。んでもたぶん、彼らに対しては今後それは出ないはず。

トキヤのプレゼントですが、あれですよ。もちろん自分で買いに行きましたよ?もらったなんて嘘っぱちです! ええ、それはもう皆様の予想通りですよっ。
んでもって、「なんだ朔夜が借りに来ようと思ってたなら待ってれば良かった。失敗した」とか思ってるんです←

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