触れる手、交わす言葉、繋ぐ心

□5月  -人は順応するものです-
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桜の季節も終わり、生徒もすっかりと学園生活に慣れてきた頃。一般の学校ならば当然あるだろう体育祭がここ、早乙女学園でも開催されようとしていた。
今日は事前の各種目選手決めをするらしい。

だが、さすが早乙女学園。
その種目を見るだけで普通ではないことが丸わかりだ。

本物の馬を使った騎馬戦。(馬術経験者は絶対に名乗りをあげること!)

全行程匍匐前進で競う障害物競争。(参加者は着替えを用意しておくこと!)

一体何を引くかわからない借り物競争。(当日中に帰って来れないと判断した場合は棄権を申し出ること!)

100×4と走る距離は一緒なのにメドレーリレー。(前転・バク転・側転、最終ランナーは観客を沸かせられる走り方を自分で考えること! 回転で気分の悪くなったものは即救護テントへ)

ドッジボールのような玉入れ。(自クラス以外の色の玉は他クラスを攻撃するためにある!クラス色はカゴヘ、他色は生徒に向けて投げるべし! 当たった生徒は失格、その場で退場)

など…。はっきり言わせてもらおう…どれもやりたくない。

そんな中、唯一のまともな競技200×4リレー。出るとすればこれだ。しかし普通の競技など皆無といった中、ひと際異色を放つ(まともなのに!)この種目。希望者は多数いるだろう。

一人何種目でも出場しても良いが、応援だけというのは認められておらず必ず一つは参加が義務付けられていた。

身体を動かすことは嫌いじゃない。むしろ好きな方だ。だが足が速いかと問われればまた別の話になるわけで。
決して遅くはないだろうと思う。
でもそれは所詮「女の子」の中では、というだけ。私が参加するとなればそれは男の子に混じってになる。


「朔夜っ、何出るか決めたかー?」


これ、と決められず黒板と睨み合っていると、ととっと来栖くんが駆け寄ってきた。


「うーん、どれも内容が恐ろしくて出たくなくって決められません」

「はっ、なんだよそれ。どれもちょー楽しそうじゃんか!」


来栖くんは身体をうずうずとさせて、まるで今から競技を始めるかのように興奮していた。この内容で楽しめるって、早乙女色に染まったね…来栖くん。


「アッキーは繊細なんだ。ガサツなおチビちゃんとは違って、野蛮な行為はお気に召さないんだよ」

「だーれがっ、おチビかぁああ!」


近くにいいた神宮寺くんが早速来栖くんをからかう。来栖くんも来栖くんで毎回こうやって反応するから余計に弄られるんだけどね。
ま、それが彼の可愛らしいところだし、ウリでもある。


「野蛮というより、これ、なんら地獄の特訓と変わりありませんよね」


学園長が起こす気まぐれによってこの一ヶ月の間、何人ものアイドル候補生たちがその生贄になった。
私も一度、その対象となったことがあるんだけど……あれは思い出したくないほど過酷だった。


「けれどあれよりは幾分まともだと思いますよ。相手が早乙女さんじゃない分。まぁ、お祭り騒ぎ大好きのあの人が突発的に参加しないとも限りませんが」


いつのまにか一ノ瀬くんまで私の机の周りを囲んでいた。

仲良くなって以来、こうして私達は四人でいることが多くなった。とはいっても一ノ瀬くんはちょくちょく学校を休むし、休み時間ともなれば神宮寺くんは女の子達と気ままにお喋りしてたり、来栖くんはAクラスの一十木くんとサッカーしに行ったりするので、常に行動を共にしているわけではない。

それでも時間を持て余していれば誰からともなく集まって話すし、授業で相手が必要な時はこの中で組んだりしてた。

神宮寺くんや来栖くんは最初からフレンドリーだったけど、こうやってよく話すようになって、一ノ瀬くんとも彼らと同じくらいには仲良くなったと思う。


「怖いこと言わないでくださいよ一ノ瀬くん。ああ、でもホント何に出ようかな…。みんなはどれに出るつもりですか?」

「俺は出れんなら全部出てみたいんだよなぁ。ま、とりあえず二個は決まった。すでに記入済み」

「あまり運動は得意ではないので見学したいのですが、それは無理なようですね」

「決まってないならオレと一緒に二人三脚に出るかい、アッキー?」

「神宮寺くん、それ男女ペアのみです…」


全部出たいだなんて、いっそのこと私の変わりに出れればいいのに。

それにしても一ノ瀬くんが運動得意じゃないなんてなんか意外。動作とか機敏だし、全然そういう風には見えないんだけどな。


「うーん、種目的に一番まともなのが200×4リレーなので、それにしようかとも思ったんですが、特別足が速いわけでもないので微妙なところなんですよね。それにまともな競技ってことは希望者多そうだし」


大勢いれば、その中から優秀なものが走った方が勝率は上がるから、私なんておよびじゃないはずだ。
しかしそれ以外に出たいものがあるわけでもなし。


「ん? それなら大丈夫なんじゃね? なんだかんだいって、みんな変わり種目出たがってるし」

「え」


このHRの時間の間に出たい種目のところに自分の名前を記入することになっているのだが、来栖くんの言葉で黒板に目を向けてみれば、埋まっていっているのは普通の種目ではないものばかり。


(みんな、この一ヶ月の間に相当鍛え上げられたんだな…)


おかげでリレーはノーマークだ。


「あっ、俺様いーこと思いついた! この四人でリレー出ねぇ?」

「いいですね、それっ」

「他のものに出ることを考えるのなら、それが一番無難ですね」

「うん、楽しそうじゃないか。その話、オレものったよ」


代表して私が名前を記入しに行ったのだが、結局その後リレーの欄に名前が増えることはなく、その枠はすんなりと決まってしまった。

その他の種目は各クラスの人数の兼ね合いを考え後日発表となったのだが、来栖くんは希望通りリレーの他に二種目、神宮寺くんは女の子に頼まれたらしく、結局二人三脚にも出ることとなった。










放課後久々に日向先生の元を訪ねた。職員室に顔を出すと、いつものように誰も来ることのない私が素を出しても平気な彼の個人部屋、といってもくつろぎの空間ではなく、
書類や授業のプリントが山と積まれている部屋へと案内される。


「よう、どうだ? ここんところあんまり顔出さなかったが上手くいってんのか?」

「おかげさまでなんとか」

「そうか、林檎も心配してたぜ」


部屋に入るなり、机に向かい積まれた書類に目を通していく。日向先生は学園内でも経理やらその他もろもろを担当してるためかなり忙しい。

ここを訪れる場合も相談事よりも近況報告に来ることが多いため、先生は仕事を片付けながら私の話を聞く、というのが当たり前になっていた。

もちろん相談をしている時は片手間で聞くようなマネはせず、真剣に聞いてくれる。


「授業中は気にしてやれるが、さすがに休み時間や寮のことまでは見てやれないからな。ま、上手くいってんならいいさ」


部屋の隅に置いてあるコーヒーメーカーにすでにドリップされているコーヒーを注ぎ、先生の仕事の邪魔にならない位置に置くと「わりぃ、あんがとな」とお礼を言われる。ここに来るようになってもう何度目か。

休憩する間も惜しいらしい先生に私が勝手にやらせてもらって以来の日課(といっても毎日来るわけじゃないけど)になっていた。


「さすがにSクラスはレベル高いですよね。歌唱力、演技力、ダンスなんかもみんなすごいです。問題としてはやっぱり男の子達より体力が劣るって点でしょうかね」

「そりゃしゃーねーな。そればっかりはいくら鍛えても、男と女じゃ持ってるもんが違ぇ」


コクリとコーヒーを一口含んで続ける。


「だがそれでもお前の身体能力は女にしては高い方だし、歌唱力にしたって演技力にしたってSクラス入りは実力だ。そこらの男にゃ負けねーだろ、なぁ秋?」


こちらを見据えてニヤリと笑う。端から負けるつもりはない。条件を提示された時実力で掴み取ると言い切ったのだから。誰かに譲るつもりもない。たとえそれが偽りの姿だったとしても。

ま、実のところ元から性格が男っぽいと言われてたから、男として生活という点に関しては私にとってはなんら苦でもないんだけどね。


「それよりなんなんですか、あの体育祭の種目…普通じゃないですよね」

「ああ、あれな。あれでもマシな方なんだぜ? 俺らの時はもっとひどかった」


日向先生の仕事の邪魔にならない程度に、愚痴なんかを言ったりして。

普段からそれほど気にはしてないつもりだけど、ふとした瞬間に(例えば神宮寺くんや四ノ宮くんのように接触があった場合など)自分は女なんだ、バレてはいけないとどこか緊張したりしているせいか、そのことを気にせずに会話出来る時間は自室で一人でいるときのように寛げた。

相手が目標にすべきトップアイドルだということを除けばね……。







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