全力で走ったおかげかなんとかギリギリで授業開始に間に合った。途中迷うこともなかった自分の記憶力を褒めたいくらいだ。 午前最初の授業は作詞だったおかげで疲労した身体もなんとか持ち直した。これがダンスレッスンだったりなんかした日には、散々だったに違いない。ただその反面、睡魔と戦うハメになったのは言うまでもないが。 授業終了のチャイムと同時に机に伏す。気力だけでなんとか乗り切ったのだから、この場合致し方ないだろう。 (突発的に行動を起こすのはもうやめよう…) 次の授業が控えているのでこの休み時間の間に少し寝てしまおうと思い、目を閉じる。 眠りに入るにつれ、朔夜の耳に届く音が次第に遠ざかっていく。 「翔ちゃーーーーんっ!!!」 大音量に眠りに落ちかかっていたところをむりやり覚醒させられ、身体がビクッと震える。何事かと思い、伏していた身体を持ち上げれば……。 「ぐあー! やめろっ、那月っっ!! はーなーせーっ!」 友人の叫び声に目を向けると、そこには大きな男に抱きしめられ…いや、締め上げられている翔がいた。 「ちょっ、マジで、痛いから!! 離しやがれーーっ」 「聞いてくださいよぉ、翔ちゃん! 僕の大切なピヨちゃんがどこにもいないんです!!」 翔の訴えも空しく、男はまるで話を聞いていない。 ふわふわの髪の毛に優しそうな面立ち。本人的には悲痛な声を上げているのだろうがのんびり、おっとりした声がそれを感じさせない。 (どこのクラスの人だろう。この人もアイドル志望かな?) 未だ眠気でぼーっとする頭でその光景を眺めている朔夜だったが、目が合った翔に助けを請われ席を立ち上がる。 「見てねーで助けろっ、朔夜!!」 「翔ちゃん、一緒に探してください。今頃きっと淋しくて泣いてます、僕のピヨちゃんキーホルダー」 「あ」 「「え?」」 何故か反応した朔夜に二人の視線が集まる。 そういえば、あまりの慌しさと睡魔で拾い物を届けるのをすっかり忘れていた。そのことを彼の言葉で思い出したのだ。 しかも、もしかすると彼の探しているキーホルダーとは。 「あの、お探しのものって…これですか?」 上着のポケットに入れっぱなしだったそれを手のひらに乗せ見せてみる。 「ピヨちゃん!!!」 瞳を輝かせ、差し出した朔夜の手をがしっと握りこむ。と同時に腕を離された翔は対応できずバランスを崩し、その場で尻餅をついた。 「っ!! てめっ、那月!」 「ピヨちゃん、僕のピヨちゃんが帰ってきた! あなたが拾ってくださったんですね、ありがとうございます。あなたはピヨちゃんの命の恩人です」 「は、はぁ」 あまりのテンションの違いにちょっとついていけなくて、ぱちぱちと瞬きをしてしまう。 握った手をそのまま上下に何度も振り、「翔ちゃん、ピヨちゃんいました!」と笑顔全快で笑う彼を見ると、そのキーホルダーがどんなに彼にとって大事なものなのかがわかり、朔夜としてもあの場所で見つけられてよかったと心から思った。 「本当にありがとうございます、僕の名前は四ノ宮那月。よかったら貴方の名前を教えていただけませんか?」 「あ、初めまして。僕は秋朔夜といいます。キーホルダー、見つかってよかったですね」 「朔夜くん、ですね。それではサクちゃんって呼ばせてもらいます」 肯定の意味で微笑みかければ、那月もにっこりそれに返す。にこにこと微笑みあう二人は、周りも思わず和んでしまいそうになるほど穏やかな雰囲気を漂わせていた。 だが翔だけは那月の背後から飛び掛り、剣呑なオーラを撒き散らす。ただ身長差があるためぶら下がるような形になっているが。 「那月ぃ、俺様を無視するとはいい度胸してんじゃねーかっ。あと、いい加減朔夜の手離しやがれ」 「なんですか? 翔ちゃんもぎゅーってして欲しいんですか?」 「ちげーよっ」 「ふふ、翔ちゃんってば照れ屋さんですねぇ」 「人の話を聞けー!!」 噛みあわない二人のやりとりが漫才のように見えて、朔夜は我慢しきれず思わず吹き出してしまう。くすくすと笑いの止まらない朔夜を那月が「はぁ」と瞳を潤ませて見つめる。 「笑顔、すっごく可愛いです! あ、並ぶと翔ちゃんよりおっきいんですねぇ」 「お前からしてみりゃ誰でもちっちぇーと思うんだよ、俺は。つか、どさくさまぎれに俺が小さいってバカにしてやがんだろ!?」 「あーもうっ。ぎゅーってしてもいいですかっ」 返答待たずして那月は朔夜を抱き込む。那月の突拍子のない行動に浮かべていた笑いも引っ込み、朔夜は目を白黒させた。 「し、四ノ宮くんっ、はなっ」 「ふふふ、サクちゃんはなーんか柔らかいですねぇ」 硬直した。男女の身体の造りの違いを悟られたと思ったからだ。 絶句してしまった朔夜を見て翔がすかさず助けに入ってくれる。 「ほらっ、離れろ那月っ。朔夜が困ってんだろーが」 割り込むように身体の間に入ってくれたおかげで、朔夜はほどなくして那月から開放された。しかしドキドキと鳴り響く心臓。 「サクちゃん、僕にぎゅーってされるの嫌でした?」 「え?」 「嫌に決まってんだろっ。男が男に抱きつかれて嬉しいわけあるかっ」 「そうですかぁ? 僕なら翔ちゃんやサクちゃんからぎゅーってされたら喜びますよぉ」 「お・ま・え・だ・け・だっ」 先程までと変わらぬ二人の様子に心配は取り越し苦労だったと知る。 (疾しいことがあると過剰反応してしまうみたいに、秘密を持つ後ろめたさで深読みしすぎちゃうみたいだ。 ビクビクしてたってバレる時はバレるんだし、もうよそう。受けたのは私だけど、この条件を提示してきたのは学園長。悪いのはぜーんぶ学園長ってことで!) 基本的には朔夜は疑いの目もなく男として受け入れられているのだ。直接身体を見られることさえなければそうそうバレはしない。現に(悲しいけれど)那月は気付かなかった。 なんだか突然開き直った朔夜だった。 「那月、お前もう帰れ。キーホルダーも見つかったわけだし用は済んだだろ? それにもうすぐ次の授業が始まる」 「ああ、本当ですね。次は移動教室なんでした。じゃあ、翔ちゃんまたあとでね。サクちゃんも本当にありがとう」 にこやかに手を振ると那月は教室から出て行った。 突然現れ翔を構い倒し、朔夜の心を揺さぶっていった四ノ宮那月。 けれど後に残るのは穏やかな空気。不思議な雰囲気を持つ人。 「ごめんな朔夜。あいつさ、ちっちゃくて可愛いものが大好きで、そーゆーの見つけると誰彼構わずああなる。 お前は別にちっさいとは思わねーけど、あいつがデカイから朔夜でもちっちゃく感じんだろーな」 「来栖くんは四ノ宮くんと?」 「ああ、同室なんだ」 「なるほど、大変そうだね…」 「…ああ」 (神宮寺くん以上にスキンシップが好きな人がいるなんて思わなかったな) レンと同様、対応に研究が必要な人物として朔夜にインプットされたのは言うまでもない。 |