触れる手、交わす言葉、繋ぐ心

□4月  -出会いの季節-
8ページ/12ページ






早乙女学園にはいろんな設備が整っており、生徒達はそのどれでも自由に使うことが出来た。が、部屋の数には限りがあり事前に予約が取れなければ使うこともままならない。

朔夜も自主練をしよう、と昨日の放課後翌朝の使用許可を取りに行ったのだが、どの部屋も埋まっていたために諦めようと思った。

だがそんな時に限って早くに目が覚めてしまう。二度寝でもしようかとも思ったがうっかり寝過ごしてしまったら大変だ。かといってこのまま部屋でぼーっと時間を潰すのはもったいない気がした。

学園内の施設なんかは大体把握したが、校外はまだゆっくりと見て周ったことがない。校舎の裏側には森があるというし、そこでも散歩をしてみよう。

そう考えた朔夜は登校準備を整えて部屋を出る。





まだ日が昇りきらない時間帯だ。未だ寝ている生徒も多い。いつもなら活気に溢れている寮も、しんと静まり返っている。

足音をあまり立てないように玄関口へと向かい、外に出ると春も半ばだというのにまだ若干肌寒かった。

薄暗い森の中を歩くのは少し不気味だ。しかし少しずつ昇っていく朝日がその恐怖心を緩和させ、緑の放つ新鮮な空気が心を落ち着かせる。

日が変わってからまだ誰も踏み入れてないだろう草や木々の葉は、朝露で濡れていた。
方向感覚に自信はあるつもりだが、あまり奥まで行ってしまうと迷う恐れがある。

朔夜は所々で立ち止まり、己の通った道を確認するように振り返ってはまた歩き出すという行為を続けていた。

しばらく歩くと突然開けた空間に出た。その空間の中央にはまるで童話にでも出てきそうな大きな切り株がひとつ。差し込む朝日がスポットライトのようで、そこに大自然のステージが出来上がっていた。

逸る気持ちを抑えきれず、近付く足取りはいつしか小走りになっていく。


「すごい、こんなところがあるなんて…」


ただの散歩のはずだった。だけど、こんなところを見つけてしまっては……。


朔夜はそっと切り株の上に登った。それからその場でゆっくりと辺りを見回す。
かすかに聞こえる虫の声に目を瞑り耳を傾ると、頭の中でメロディーが鳴り響く。

その、誰にも聞こえないリズムに身体を揺らす朔夜は脳内に流れる曲と虫の奏でるハーモニーにいつの間にか笑みを浮かべていた。

そして深く息を吸い込み、思いつくままに歌う。










閉じていた瞼に陽の光を感じ、朔夜は瞳を開く。いつの間にか日は昇っていた。

ふと、近くに何かの気配を感じる。かさりとした物音に視線を下に向ければ、切り株を囲むようにして小動物達が集まっているではないか。野生の生き物だろうにこちらが気付いても逃げるそぶりはない。

驚かせないように静かに腰を降ろすと一匹のリスが膝の上に乗ってきた。


「随分人懐っこいんだ。ふふふ、歌、聴いてくれてたの? ありがと」


小さな小さな観客は、それに答えるように小さく鳴いた。

しばらく動物達と戯れていた朔夜だったが、突然ピピピピピと電子音が鳴り、それが何を意味するのか気付き慌てる。


「やばっ、そろそろ戻らなきゃ遅刻しちゃうっ」


音の原因は予めセットしておいた携帯のアラームだった。起床してから登校の準備を整えた後、練習を入れてない時は読書をしたりする朔夜は集中すると時間を忘れてしまう。
なので遅刻しないように部屋を出る時間にアラームをセットしているのだ。

しかし今いるのは森の中。初めて通った道は間違えれば遅刻しかねない。

切り株の脇に置いていた鞄から携帯を取り出しアラームを止める。そのまま鞄を持ち上げ立ち去ろうとしたのだが、木の根の隙間に隠れるように落ちている何かを見つけた。


「これは、キーホルダー? 誰か他にもここに来てる人がいるのかな。きっとここじゃ探してもみつからないよね。ここに来るぐらいだから学園の人だろうし、持って行って届けよっと」


動物達に別れを告げ、朔夜は学園へと駆け出した。







次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ