触れる手、交わす言葉、繋ぐ心

□4月  -出会いの季節-
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アイドルを目指す上で重要なこと。

『いかにしてファンを魅了するか』

これはアイドルに限って言えることではないけれど、応援してくれるファンがいないと芸能人は成り立たない。

人を魅了する、といった点では今まさに目の前の二人は参考にするにうってつけだった。ちょっととっつきにくかった一ノ瀬くんとも、神宮寺くんのおかげで会話はスムーズだ。

二人ともまだ帰る気配はないし、もうしばらく観察させてもらおうっと。










そうやって好む音楽や趣味なんかの話をしていると、ドタドタっと足音が聞こえ大きな音をたてて教室の扉が開かれた。


「秋いるかっ!?」


突然呼ばれた名前に驚き教室入り口を振り返ってみると、そこにはどこから走ってきたのか大きく肩を揺らし息を切らしている来栖くんの姿があった。

室内に残ってる生徒達が一様に彼を見ているがそんなの目に入ってないみたい。教室内を見渡し、私と目が合ったと感じた瞬間ぱぁっと表情を綻ばせ、


「いたっ!!」


大声を上げて軽い足取りでこちらに近付いてきた。


「うるさいですよ、翔。一体何なんですか」

「相変わらず元気だねぇ、おチビちゃんは」

「うっせー! チビって言うんじゃねぇ!! ってか、なんだよトキヤとレンいたのか」


どうやら一ノ瀬くんも神宮寺くんも彼とは親しいみたい。基本は苗字呼びだろう一ノ瀬くんが名前呼びするんだから、そっか彼もオリエンテーリング以来の友達、かな。


「おやおや、おチビちゃんの目にはどうやらアッキーしか映ってないみたいだよ?」

「はぁ!? ちげーよっ、ただ集中してたから見えてなかっただけだっ。っつーか、何アッキーって。いつの間に仲良くなってんだよ」

「そういう状態のことを言ったんだけどね、自覚なし、か。仲良くなったのはついさっき。おチビちゃんがどこかに飛び出していった後だよ。ね、アッキー?」

「あ、はい」


来栖くんってほんと元気な子だなぁ。神宮寺くんの「おチビちゃん」呼びにいちいち反応する姿は小型犬みたいで可愛い。なんてことを考えてひとりほんわかしていたけど、はっと思い出す。

そういえば彼は私のことを呼んでなかったっけ?
今は神宮寺くんにからかわれてて本人もすっかり忘れているみたいだけど。


「あの、来栖くん。さっき僕のこと呼んでましたけど何か御用ですか?」

「あ」


やっぱり忘れてたんだ。

私が問いかけると神宮寺くんに食いかかっていた彼の動きがぴたりと止まる。


「いや、別に用ってほどでもないんだけど…」


頬をぽりぽり掻きながら言葉は勢いをなくす。

どうしたのかな、視線を宙に彷徨わせて「あー」とか「うー」とか唸っている。
対応に困って他の二人を見ると、神宮寺くんはくすくす笑っているし、一ノ瀬くんは呆れたように溜息をついている。

あんなに息を切らすくらい走ってきたんだからよっぽど大事な用事なんだろう。首を傾げ、彼の言葉を待っているとやがて意を決したように握り拳に力を入れ、視線を合わせてくる。


「あ、あのさっ。俺、さっきの秋の歌すんげー感動した!
曲もさ、普段あんまりバラードって聞かないんだけどさっきのは俺、原曲より好きかもしんない」


素直なその感想に面食らう。稚拙なただ思いつくままに弾いたそれをこんな風に思ってもらえてたなんて。
彼の真っ直ぐな視線と言葉から社交辞令でもなく本当に気に入ってくれたんだな、と思った。


「あ、ありがとうございます」


面と向かって褒められるのは正直言って恥ずかしい。顔に血が上るのを感じて思わず俯いてしまう。


「だからさ俺、お前と友達になりたいなって思って…。ちょっと他に用があってさ、教室離れてる間に帰っちゃうかもって思って急いで戻ってきたんだ。そしたらさ……」


照れたようにはにかみながら、走ってきた理由を教えてくれた。
でもその直後表情を一変させ一ノ瀬くんと神宮寺くんをじろりと睨む。


「すでにトキヤとレンがお前と話してるじゃん? なーんか、先越された気分」

「何馬鹿なこと言ってるんですか」

「おチビちゃん、友情に後も先もないんだよ?」


ぷくりと頬をふくらませ、拗ねる来栖くんを一ノ瀬くんは冷めた目で、神宮寺くんは苦笑いで見た。
来栖君のくるくる変わる表情は見ているだけで飽きない。


(こんな子と友達になれたら、きっと毎日楽しいよね)


私はさっき神宮寺くんと交わした握手をするために右手を差し出した。すると私とは違い、彼はすかさず意図を察してくれ強く握り返してくれた。


「ふふ、秋朔夜です。これからよろしくお願いします」

「おう! 俺は来栖翔!! よろしくなっ、朔夜」


それから来栖君にもやっぱり、名前で呼んでくれって言われたけど神宮寺くんの時みたいにスルー出来なかったので、「まだ緊張して慣れないからそのうち呼ばせて頂きます」と丁重に断る。

ちょっと不満そうな表情を見せたけど、「こういうのは強制は出来ないもんな」と淋しそうに笑った彼を見てすごく罪悪感を感じた。これは素直に名前で呼んでた方が良かったのかもしれない。

そうやって四人で話しているうちにいつの間にか私達の他には誰もいなくなってしまったので、そろそろ帰ろうということになり帰り支度をして寮へと向かった。

入学初日にこんなインパクトのある人達と知り合えて興奮が止まらない。みんな魅力たっぷりで、きっと彼らはアイドルとしてデビューを果たすんだろうな、と感じた。

それと負けてはいられない、とも。

同時に感じる少しの不安。

彼らは私が性別を偽っていると知った時、今と同じように接してくれるのか。

この話を受けた時にはまったく思いもしなかったことが頭をよぎる。

まだほんの少ししか話していないけど、彼らと共にいる空間はとても心地よいもので、これをなくすかもしれない先のことを思うと怖くなった。







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