レンside 今日の工程が全部終わってあとは寮に帰るだけ。終わったと同時に子羊ちゃん達がやってきて、可愛い声で話し始める。 いつもならこの後レディの誰かとデートなんだけど、今日は特に予定を入れてなかった。 「ねぇ、レン。今日は空いてるの?」 「ちょっとズルイ! 神宮寺さん、わたしと今日デートしてください!!」 一人の子が言い出したのを切欠に、他のレディ達も予定を尋ねてくる。 「ごめんね、レディ達。折角のお誘いだけど、今日は少し疲れていてね。こんなオレじゃキミ達を楽しませてあげられない。明日にはきっと元気になるから、そしたらみんな、またデートしようね」 疲れているのは本当。でも敢えて誰の誘いも受けなかった本当の理由は別にある。 あいつ━━━秋朔夜。 教室に踏み入れた時から目が離せなかった。 このSクラスに入ったどのレディ達よりも綺麗な顔立ち。初めは女の子だと思ったんだけど制服を見れば男物を着てた。それでも疑いは晴れなかったからしばらく観察してみたんだ。 だけど歩く姿もその他の動作も、女性的な雰囲気を感じさせることはなかった。かといってその辺の男どものようにガサツではなく。 例えるならばなんだろう。日舞などを習っている者がする精練された動きとでも言おうか。丁寧かつ綺麗。 似たような動きをするやつを知っているが、そいつの動きでも男っぽさは感じられたが彼に関してはただ綺麗だと思った。 あの歌もそうだ。ハスキーボイスから紡がれる声とは思えないほどの透明度。それから編曲センス。サックスに手を伸ばし、一緒に奏でてみたいと思った。 趣味程度にしか演奏しないそれだけど、彼の音に本気の自分の音色を重ねたくなった。 だからだろうか、こんなに彼が気になるのは。 レディ達の誘いを断り、説明会で組んで以来何かと顔を合わせることになったイッチーに視線を向けると、そこでは気になる人物がイッチーと話しているじゃないか。 これは彼を知るチャンスだと思い、子羊ちゃん達に別れを告げると彼の人物に背後から近寄った。 気配を悟られないように動き、彼に近付くとイッチーの眉がぴくりと動く。 (バラしてくれるなよ、イッチー) にこりと笑ってウインクをひとつ。 ますます眉間に皺を寄せるイッチーを無視して、彼の両肩をぽんっと叩くように手を乗せた。 「ずるいなイッチー、早速お近付きかい?」 驚きで跳ねた彼の両肩は想像していたよりも細かった。イッチーやオレなんかも無駄な肉が付いていない分、かなり軽い部類に入ると思うんだけど、彼はそれ以上に細そうだ。 「ずるいとは聞き捨てなりませんね、レン。それにこれは私から話し掛けたのではなく秋くんの方から」 「そうなのかい?」 (わかってるよ、そんなこと。だって、イッチーは自分の席に座ったままじゃないか) なんてことを考えながら、言葉尻を奪って彼に問いかけると素直に答えてくれた。だがその内容が、何故かイッチーに謝りに来たというのだから訳がわからない。 詳しく内容を聞いてみれば普通の子ならばきっと気にもしないだろう内容で。 「ふーん、なんていうか律儀な子だねキミは」 おもしろいと思った。 オレの周りの同性には、女性達を虜にしてしまうオレに嫉妬の視線を向けるやつか、家の名前目当てに近付いてくるやつが大半で。例外は今のところこのクラスでいえば二人だけ。 相手の気持ちを考えて行動するなんて、周りにいないタイプだった。 これでますます興味が沸いた。 さて、彼の場合はどうなんだろうね? 「お二人はお友達ですか? 名前やあだ名で呼び合っていらっしゃいますけど」 いつまでも振り返りながら話すのに疲れたのか、オレが捕まえたままだった身体をゆっくりと動かし、オレとイッチー両方を視界に入る位置に彼は移動する。 その動作も逃げられた、なんて思うこともなく自然な動作。 「ただの腐れ縁です。入学説明会のオリエンテーリングの時に組んだのがレンともう一人なんですよ」 「オリエンテーリング」の言葉にさっきとは逆に、彼が怪訝な表情を浮かべる。これまた詳しく聞いてみると身内の不幸で来れなかったらしい。 「だからですか、道理であなたの顔に見覚えがないと思っていたんですよ」 「だね。こんだけ綺麗な顔なら、いくら男でもオレの記憶に残ってるはずだからね」 オレが一瞬でも女性と間違えた顔つきだ。あの場にいたとしたら絶対に目に留まっているはず。イッチーもその点では同じだったようだし。 あまり他人に対して興味を持たないオレがこんなにも彼に関わりたくなるなんて、その理由を自分の中で探ってみたけれど一向に見当たらない。 ならもっと深く踏み込んでいけばその答えが見つかるかもしれない。 自分には踏み込んで欲しくないけど人には踏み込んでみたいなんて、そんな感情がオレにあったことがびっくりだけどね。 コミュニケーションの基本はまずは自分を覚えてもらうこと。 さっきはどちらかといえば子羊ちゃん達用だった挨拶を、今度は彼に向けてしようと右手を差し出してみたけど反応がない。 ボディタッチは親密度を上げるには最適。これがレディなら肩を抱いたり、優しく頬を撫でたりするんだけど対男ならまずは握手かな。 「握手だよ。自己紹介はさっきしたけど、今度は個人的に。 オレの名前は神宮寺レン。クラスメイトになったのも何かの縁、仲良くしようじゃないか」 「あ、はい。僕は秋朔夜です。よろしくお願いします、神宮寺くん」 「うーん、固いねアッキーは。もっとくだけてくだけて。名前で呼んでもらって構わないよ、レンってね」 イッチーの敬語はデフォルトだけど、彼の場合はそんな風には感じない。見えないけど案外緊張しているのかもしれないね。 愛称も決まったし、もっと親交を深めたら砕けてくれるだろう。なんだか最初の頃のイッチーみたいだ。それよりは可愛げのある話し方だけれど。 「珍しいですね、レンが男にそういう風に言うなんて。まさかそっちの気でも?」 おもしろいものを見たなんて顔で目を細めて言うイッチーに笑みを返す。 世の中全ての女性に平等に愛を捧げるように育ったオレだけど、男に対してその趣味はない。 けれどこんなに気になるのは…。 「馬鹿だなイッチー。綺麗なものに男も女もないだろう? 美しいものを愛でたくなるのは人の摂理さ。ね、アッキー?」 そう結論付けて彼の肩を抱いてみる。 実はどうしても彼が女の子じゃないのかなんて疑問が晴れなくて、もしそうならばそれなりの反応が返ってくるだろうと期待した上での行動だったんだけど。 「ええ!? え、ええっと、はい。いや、えと……」 アッキーはただ慌てるだけで、頬を染めたりうっとりとした瞳で見てくれたりはしない。オレが逆の立場だとして、男に突然肩を抱かれてもそんな反応取りはしないから、当然っちゃ当然だな。 (やっぱり男なんだね。リンゴちゃんの例もあるからちょっと期待したんだけどな) でも、さっきまでの固い雰囲気がその慌て様で少し崩れて、可愛く見える。オレは末っ子だからわからないけど、こんな弟がいたら可愛がって構ってしまいたくなるんじゃないかな。 イッチーにからかうな、と腕を外されてしまったけど。 「ところで、アッキーの同室は誰なんだい?」 この学園は全寮制で必ず二名一室で生活するようになっている。しかも同居人は「自分のライバル」だと、説明会で言っていた。 それによって互いに切磋琢磨していく方針らしいのだが、その点は納得出来ない。が、強制だし変更は利かない。 「ああ、それなんですけど、僕一人部屋なんです」 「え?」 「詳しくは教えてもらえなかったんですけど、なんでも入学式直前に合格を辞退した方がいらっしゃったみたいで」 「なるほど、それで一人部屋か。羨ましいね」 「まったくです。うるさい人間がいないとは、変わって欲しいくらいですね」 同室の目を気にすることなく女性を部屋に招くことが出来るんだ。羨ましいことこの上ない。 「だから他の方には申し訳なくって。よかったらいつでも遊びに来てください」 アッキーのその言葉に「お言葉に甘えて遠慮なく行かせてもらうよ」と返す。 アイドルになる気なんてさらさらないから、この学園で生活するのが憂鬱だったけれど。彼の存在に少し楽しみが持てたかもしれない。 (おや? そう言えばアッキーは、神宮寺の名前になんの反応もしなかったな) |