触れる手、交わす言葉、繋ぐ心

□4月  -出会いの季節-
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「ずるいなイッチー、早速お近付きかい?」


しばらく一ノ瀬くんと話し込んでいると突然両肩をぽんっと押さえられた。
振り向いてみればそこには顔はなく、少し視線を上げれば神宮寺くんが私を見下ろしていた。真後ろに立って。

日向先生ほどではないけれど、彼もまた大きかった。


「ずるいとは聞き捨てなりませんね、レン。それにこれは私から話し掛けたのではな秋くんの方から」

「そうなのかい?」


一ノ瀬くんの言葉に被せるように神宮寺くんは顔を覗き込んでくる。なんか、とんでもなくフレンドリーな人だ。


「あ、はい。僕が先程の件をお詫びしようと思って話しかけました」


問いかけられたので素直に答えると、やはり一ノ瀬くんの時と同じように怪訝そうな顔をする。


「謝るようなことあったっけ?」

「秋くんは私がHAYATOのイメージを払拭した直後に、HAYATOの歌を歌ってしまったことを詫びにきてくださったんですよ」

「ふーん、なんていうか律儀な子だねキミは」


私が気にしているよりも本人や周りのみんなは気にしていないらしい。


「お二人はお友達ですか? 名前やあだ名で呼び合っていらっしゃいますけど」


肩に置かれている手から抜け出し、二人の顔が見えるように身体の向きを変えると、嫌そうな顔をする一ノ瀬くんと目が合った。

あれ、気難しそうな一ノ瀬くんのことだからよっぽど仲良くならないと名前で呼ばないと思ったんだけどな。


「ただの腐れ縁です。入学説明会のオリエンテーリングの時に組んだのがレンともう一人なんですよ」

「オリエンテーリング?」


聞きなれない言葉を聞いた。いや、その言葉が何を意味するのかはわかるけれど、問題はそこじゃない。私はそんなもの参加した覚えがないのだ。

あの突然の合格発表からしばらくして、私は日向先生や月宮先生とともに様々な用意をし、また、男の子に成りきるための特訓をした。たぶん、合否通知の郵送が全部終わった辺りからなのだろう。日替わりで歩き方やしぐさから叩き込まれた感じがする。

そう言えば、月宮先生が「まだちょっとみんなの前に出るのは早いから、明日は自主練でもしといてね」と言われた日の翌日、両先生ともに用事があると言って練習はお休みになったことがある。


「おや、キミは参加しなかったのかい?」


参加しなかったのではなく、その存在自体を教えてもらえなかったんですと言えればどんだけいいことか。
普通に考えて入学説明会に参加しない生徒はいない。


「えと、身内に不幸がありまして参加出来ませんでした」


とりあえずこう言っておけばこれ以上は突っ込まれないはず。説明会でオリエンテーリングがあるだなんて普通は考えないだろうし。

内心冷や汗を掻きながら私が告げると、なるほどという顔をして二人は納得してくれた。


(事前情報くらい与えておいてくださいよ、日向先生!)


「だからですか、道理であなたの顔に見覚えがないと思っていたんですよ」

「だね。こんだけ綺麗な顔なら、いくら男でもオレの記憶に残ってるはずだからね」


さらりと綺麗だと言う神宮寺くんはその美貌に笑みを湛え、私の前に右手を差し出す。首を傾げる私を見て理解していないのを悟った神宮寺くんは私の右手を握った。


「握手だよ。自己紹介はさっきしたけど、今度は個人的に。
オレの名前は神宮寺レン。クラスメイトになったのも何かの縁、仲良くしようじゃないか」

「あ、はい。僕は秋朔夜です。よろしくお願いします、神宮寺くん」

「うーん、固いねアッキーは。もっとくだけてくだけて。名前で呼んでもらって構わないよ、レンってね」


そう言ってパチリとウインクをする。この甘い感じや気軽さは女の子だけじゃないんだ…。突然の愛称呼びにも馴れ馴れしいなんて思うこともなく、心にするりと入り込んでくる話術。決して不快にならないのは神宮寺くんだからこそ成せる業なのだろう。

でも、知り合ってすぐに名前で呼ぶというのは私には出来そうにないので、敢えてスルー。もっと親しくなったら必ず呼びますから。


「珍しいですね、レンが男にそういう風に言うなんて。まさかそっちの気でも?」

「馬鹿だなイッチー。綺麗なものに男も女もないだろう? 美しいものを愛でたくなるのは人の摂理さ。ね、アッキー?」


からかうような発言をした一ノ瀬くんに神宮寺くんはくすりと笑い、私に呼びかける言葉と同時に肩を抱き寄せた。


「ええ!? え、ええっと、はい。いや、えと…」


突然の行動に戸惑う。彼の言葉はキザっぽいというか、女の子だったらそれだけでドキドキするんだろうけど、私はそんなことより接触を許したことにより自分が女だってバレないかの方が心配で慌てる。

普通、男の子は同性にこういうことするものなのだろうか…。


「レン、秋くんが困っているでしょう。からかうのはやめて離しなさい」


一ノ瀬くんがそう言って組まれた肩から私を解放してくれた。腕を落とされた神宮寺くんは「はいはい」と苦笑いを浮かべ肩を竦める。

なんだ、からかわれていたのか。

今まで神宮寺くんみたいなタイプの男の子と知り合ったことないから、行動が読めない。どう接するのが男の子として正しいのか悩んでしまう。


(しばらくの目標はこれだな)


神宮寺くんを軽くあしらうことが出来ればバレる危険性も減るはずだと、変な決意を胸に今後の接し方を頭の中で組み立てた。







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