触れる手、交わす言葉、繋ぐ心

□4月  -出会いの季節-
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最後の音が消えたところでゆっくり手を下ろし、ふぅと一息。あまりにも静か過ぎる室内にどうしたのかと首を傾げたけれど、とりあえず立ってお辞儀だ。


「ありがとうございました」


顔を上げると瞬間、湧き上がる拍手。

おお、一ノ瀬くんの時と同じだ、良かった。それになんだか嬉しくなって頬が緩む。やっぱ歌うのは楽しい。


「良かったぜ、お疲れさん」


言って日向先生にぽんぽんと頭を軽く叩かれた。うわー、お兄ちゃんいたらこんな感じなのかな。

席に戻った途端にちょっと気だるさが襲う。どうやら緊張していたみたいだ。


「よっし、これでみんな自己紹介は済んだな。んじゃこれからこの学校でのルールとか説明すんぞー」


日向先生が話し出すと、それまで友達同士や近くの席の人と話していたみんながさっと黙って耳を傾ける。さすがにSクラスだけあってみんな真剣だ。あ、何もSクラスだからって訳でもないか。

なんてったって将来がかかってるんだから。





・冬までにパートナーを決めること。

・そのパートナーと卒業オーディションの曲を作り出すこと。

・基本は二人一組、ただしどうしてもパートナーが見つからない場合でも卒業オーディションには臨めること。

・その場合は評価点が厳しくなること。

・パートナー選びは自分のクラスに限らず全生徒対象。

・自分をアピールする為に学園の共用PCにそれぞれのデータをアップできること。





などなど。日向先生が次々に注意点や連絡事項を話すのをみんな聞き漏らさないようにメモを取ったりしている。

パートナーが全生徒対象になっていてもそのなかから自分に合う人を探すのは至難の業。なので、PCのデータベースにそれぞれ個人の曲や歌をアップして聴くことが出来るらしい。

更新情報などはトップページに告知されるから、同じ人でも何度でもアップ出来、なおかつそれを他の人にも知ってもらえる。個人のID番号もあって、自分が一度チェックした生徒が誰かも判別出来るらしい。


(すごいな、さすが天下の早乙女学園)


「それから、これが一番重要な事だ」


真剣味を帯びた声で告げる。


「恋愛は禁止、見つかれば即刻退学だ。アイドルたるもの恋愛なんてスキャンダルはもってのほか。ファン心理を考えればその理由もわかるだろ?
だが、片想いは自由。胸に秘めてればな」


なんか無茶苦茶な気がしないでもないけど、ま、規則ならしょうがないでしょう。学園生活一年間、夢だけを追い求めてれば恋愛になんてかまけてらんないし。


(それに何より、私は今は男の子だから恋愛しようにも出来ないしね)


なので、自分にとってはそこは重要でないとばかりにすぐに頭の隅っこに追いやった。










その後校内見学をしてから今日は解散になった。日向先生が教室から退出すると同時に早い人達は同じように教室を出て行く。

私はといえば、ふと思い出したことがあり帰宅せずに(といっても寮だけど)目的の人物を探し出し、歩を進めた。


「一ノ瀬くん」


声をかけるといささかびっくりしたようで、帰り支度をするために手元に落としていた視線を勢い良く向けられた。


「…何でしょうか」


ああ、近くで見ると本当に似ている。けれどどこか冷たささえ感じられる整った顔はやはりテレビの中の彼の人物とは似ても似つかない。


「突然すみません、そしてさっきも」

「さっき?」


怪訝そうな表情を浮かべ私の顔を窺う。


「はい、話を蒸し返すようにHAYATOさんの曲を歌ってしまって申し訳ありませんでした」


そう。後からよくよく考えてみれば彼は自分がHAYATOではないと主張し、それを自らの歌で振り払った。それなのにその直後に私がHAYATOの歌を歌ってしまった。これでは彼に対する侮辱とも挑発行為とも取れなくない。


「あの時は何の用意もしてなかったので何を歌おうか悩んでまして。その時一ノ瀬くんの顔が見えてとっさにHAYATOさんの曲を…。
いくら思いつかなかったとは言え、あれは一ノ瀬くんの心を踏みにじるような行いでした。すみません……」


そう言って深く頭を下げた。彼の口振りからするに一ノ瀬くんはHAYATOと自分を重ねられるのを嫌がっている。

自分が同じ立場でもそうだろう。同じ顔で方や今や大人気のアイドルで、同じものを目指している彼にとって比較されるのは屈辱だろう。コンプレックスになるに違いない。


「ああ、そのことですか。確かに一瞬何を考えていらっしゃるんでしょうとは思いましたが。
あそこまで原曲とかけ離れ、しかもあれだけのものを聞かせて頂いたのですから気にもなりませんでした。それに、あなたがHAYATOの曲を歌ったからといって誰も何も言いませんでしたしね」


口元を少しだけ緩め、ふわりと微笑んでみせたその顔は瞬きの間に元の表情に戻ってしまったけど。


(優しい笑い方をする人だな)


垣間見えたその表情に、さっきまで持っていた彼に対する印象ががらりと変わった。親しくなれば、もっと色々な顔を見ることが出来るのかもしれない。







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