触れる手、交わす言葉、繋ぐ心

□4月  -出会いの季節-
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トキヤside





入学式が終わりクラスに入った時、見たことのない顔を見つけた。

アイドルコースの者は入学説明会の時に一度集まっているはずなのですが、まったく覚えがありません。しかも業界にもそうそういなさそうな綺麗な顔立ち。

生徒全員の顔を覚えた訳ではありませんから、知らない顔がいても可笑しくはないでしょうが、それにしてもこれだけの容姿で今まで話題に上らなかったのが不思議でなりません。

身長はそんなに高くないですね。私よりも低く翔よりも高い。

日焼けに気を遣っている私よりも白い肌。何より…細い。


(何を食べたらあそこまで細く?)


カロリー計算をして体重を維持している私としては恨めしくもあるほど。もしかしたら翔より軽いかもしれません。

注目しているのは私だけではないようで、クラス中の生徒がちらちらと視線を彼に向けていた。
オリエンテーリングで組んだレンと翔も例外ではなく、話題には上げていませんが気にしているようです。

本人は特に周りを意識している様子はなく、黒板に張り出されている席順を確認すると自分の席に座り鞄から取り出した本を読み始めた。

しばらくすると担任の日向さんがやってきて全員が座席に着く。
それから自己紹介が始まりました。

レンがトップバッターを務め、続いて翔、それから私。日向さんに指名されて名乗り、HAYATOとは別人であることを告げると教室内がざわつく。

まったく、これからプロを目指そうとしている人たちがこれでは……。少しきつい言葉で自覚を促してみても駄目とは話になりませんね。

そんな中、彼の様子を窺ってみましたが別段騒ぐわけでもなく、ただこちらを見つめていました。
なるほど、HAYATOに群がる女生徒や騒ぎ立てる男子生徒とは違うというわけですか。

レンに言われ歌うと教室は静かになり、誰もが私の歌に耳を傾ける。
アカペラと言えどもピッチやテンポは外さない。常に完璧を目指してその努力をしているのですから当然のことです。

歌い終われば沸き立つ室内。完璧に歌いこなしたそれをクラスの方達はHAYATOとは別人だと理解していただけたようです。

そしてまた彼に視線を向ける。

他の方と同様に拍手をして頂いているようですが、微妙に何かを考えているようで少し首を傾げていました。


(何か可笑しいとでもいうのでしょうか)


私の歌は完璧だったはず。それを証明するように鳴り止まない拍手。
彼の反応だけが何故か気になった。





それから自己紹介が再開され、作曲志望の方達は自分の曲のデモを流したり弾いたり。
アイドル志望の方達は歌ったり特技を披露したり、ひとりまたひとり自分の番を終えていく。


「よし、んじゃ次」


日向さんが彼に視線を送る。口角が親しげに一瞬上がったように見えたのは気のせいでしょうか。


「はい」


短く答えてその場でスッと立ち上がる。誰もが注目していた。


「秋朔夜、16歳、アイドル志望です。趣味は曲を作ること、歌うこと。一年間よろしくお願いします」


まともに聞いた彼の声はハスキーボイス。所々掠れすぎて聞き取りにくくなるところもありましたが、でもそれが逆に彼の魅力を引き出していた。

男性にしては少々高めかとは思いますが、彼のイメージを損なうものではありませんでした。

特に特技を披露するでもなく一礼と共に浮かべた笑みは一瞬息を呑むほどに綺麗で。


「あの子、綺麗な顔してるね〜」

「うんうん、あの三人と同じくらい存在感あるし」


確かに存在感は計り知れません。彼女らが騒ぐのも分かります。だが、先ほど聞いた声質からは…。


「けっ、ただの女顔の男じゃねーか。しかもんな声で聞ける歌なんて歌えるのか怪しいぜ」


やはり。こういう意見が出ても仕方がありませんね。

生まれ持った声帯は訓練次第で強くなり、ある程度音域は広がりますが、彼の場合はどうなのでしょう。
ハスキーボイスを生かしたアーティストはそれなりにいますし、Sクラスに来ているくらいなのですからそれなりに実力はあるものと考えていいのでしょう。

早乙女さんの性格からして、コネなどで入学出来るはずもありませんし。


「ウッセーぞ。おい、秋」

「はい」

「お前も他のヤツラとおんなじように特技とか披露しろ、っつーか歌え」


日向さんが打ち鳴らした手を合図にクラス内のざわめきは落ち着きましたが、まだ不満そうな男子生徒を一瞥すると日向さんは彼に言った。

一瞬だけ眉を寄せ、何かを考えているのかしばらくの無言。それから「はぁ」、とひとつだけ溜息をついて再び席から立ち上がる。


「わかりました。ピアノ、お借りしてもよろしいですか?」

「おお」

「ありがとうございます」


自己紹介の時と同様の綺麗なお辞儀をしてピアノに歩み寄り着席する。


(特に緊張しているようには見えませんね。舞台度胸などは備わっているようです。それに先程から浴びせられている、侮蔑とも取れる視線に物怖じもしていません)


見ている分には至極自然体で。

座ってから一呼吸置いて室内をゆっくり見回す彼の視線とかち合った時、何かを見つけたように彼の目元が緩んだ気がした。

ゆっくりと鍵盤の上に手を置くと音を確かめるように単音を紡ぐ。

それからもう一度手を膝の上に戻し瞳を閉じて一度深呼吸。再び鍵盤に手を添えてそこから奏で始めたのは……、


(!! このイントロは……!!!)


聞き間違えるはずもないHAYATOの曲でした。ですが、それはHAYATO自身が歌っているものとは全く違う曲調。HAYATOのそれは彼にしては珍しいロックナンバー、しかし彼はそれを編曲しピアノバラードにしていました。

ゆっくり丁寧に奏で出されるイントロ。そして…歌い出し。
地声の掠れた声からは想像も出来ないほど澄んだ声。しかしそのハスキーを活かすところも押さえていた。

そしてサビに入ってまたもや驚かされたのは高音の伸び。まるでデュエット曲であるかのように原キーと一オクターブ上のキーを混ぜ合わせて歌うそれは、バラードでありながらも原曲のイメージを損なってはいませんでした。

アウトロに向かって原曲ではしない転調をしたりと、アレンジに関しても目を瞠るほど。


(決して完璧ではないですが、惹き込まれる…)


最後の一音が共鳴し終えると教室内は静まり返っていた。息をすることさえ忘れたかのように。


(秋…朔夜……ですか)







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