触れる手、交わす言葉、繋ぐ心

□4月  -出会いの季節-
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彼らと別れてから向かったレコーディングルームには、予約時間数分前に到着することが出来た。中に入って待つことも出来るけど、それでは急かされているようで気になって集中出来ないだろう。

そう思って外で時間まで待ってみたのだけど人が出てくる気配がない。


(あれ、もしかしてもう誰もいないとか?)


そう思うが何度見ても使用状況を表すプレートは「使用中」のまま。じっと見ててもそれが変わることはないし、こうしていてはせっかく予約を取ったのが無駄になる。もしかするとプレート変え忘れているのかもしれないし。

たとえ人がいたにせよ、すでに私の時間帯なのだからと思いつつもビクビクしながら重い扉を開いた。

歌が聞こえるでもなく、かといって曲が流れているでもなく。カチカチと奇妙な小さな音だけが聞こえるそこには一人の少女がいた。こちらに背を向けて座っており、耳にはヘッドフォン。私が入ってきたことに気付いてはいない。

彼女がいるのはパソコンの前。奇妙な音はそれを操作している音だった。


(打ち込みか、編集作業中か。集中しすぎて時間忘れてるんだろうな)


私ものめり込むと周りが見えなくなったり時間を忘れたりすることがあるから、その姿を見て納得した。
だからといってこのままじゃ練習も出来ないので、なるべく驚かさないように近寄りそっと肩を叩いた。


「ひぇっ!」


結局驚かせちゃったけど。


「ああ、驚かせてしまいましたね」

「え? あああ! 時間過ぎてる!! すみません、わたしったら気付かずにっ」

「慌てないで、ゆっくりでいいですから」


あたふたと作業を中断しようとしてる彼女を見て、そう話しかける。あまりの慌てように保存もせずそのままファイルを閉じてしまいそうだったから。

申し訳なさそうに肩を落とす彼女に気にしないように言い、私は壁際にある備え付けの椅子へと移動する。

イスの前には作業用のテーブル。その上には数枚の楽譜が置かれていた。きっと彼女が書いたものなのだろう。悪いとは思いつつもそれらを手に取り読む。


「あの」


気付いた瞬間には呼びかけてた。


「は、はいっ!」

「これは貴方の楽譜ですよね?」

「あっ! すみません今片付けますっ!!」

「いえ、そうではなく」

「へ?」


手が微かに震える。


「今、パソコンで作ってたのもこれですか?」

「はい、そうですけど…?」

「よかったら……聞かせてもらえませんか」


突然の申し出に彼女は「えっ!?」と声を上げる。まぁ当然の反応だと思う。


「会ったばかりの人間に、いきなりこんなこと言われても困りますよね」

「いえっ、そんなっっ」

「でも、この楽譜を見ててどうしてもあなたの曲を聞いてみたくなったんです。…ダメですか?」


楽譜を見ただけで頭にイメージが流れてきた。心惹かれる、わくわくするような気持ち。それが衝撃となって私の身体を震わせたんだ。彼女が作り出す実際の音で聞いてみたいと思った。

少し首を傾けて彼女の顔をじっと見つめていると、顔を赤く染め、またわたわたと慌てだしてしまった。


「あのっ、えと、まだ…全然完成してないんですけど……それでもいいなら」


赤い顔をしたまま恥ずかしそうに俯く。


「本当ですか? ありがとうございます」


落ち着けていた腰を上げ、彼女に歩み寄る。近くで見ると小さくて可愛い、これぞ女の子! って感じで私とは正反対だなんて思いつつ、


(きっと四ノ宮くんの好みだ)


なんてことも考えた。


「無理を言ってすみません。僕はアイドルコースの秋朔夜といいます」

「あ、わ、わたしは作曲コースの七海春歌ですっ」


うん、やっぱり可愛いなぁ。守ってあげたいタイプってのはこういう子のことを言うんだろう。

軽く自己紹介を済ませたあと、七海さんはすぐにしまいかけていたファイルから編集途中の曲を呼び出し聞かせてくれた。










ただただびっくりするしかなかった。それほど素晴らしい才能を持っている。まだまだ荒削りで手直しが必要なところは多かったけれど秘めているものは大きい。

未完成品とはいえ、曲に込められた想いは強く、聞いてる人間の心を揺さぶる。


「良い…曲ですね」

「っ、ありがとうございますっ!!」

「ついでと言ってはなんですが、歌ってみてもいいですか?」

「歌、ですか?」

「ええ、歌詞がついてるならそれを、なければ適当にメロに合わせますんで」

「えと、でも今は秋くんの使用時間ですよね? 私の曲じゃ練習にならないと…」


練習に来たといっても、今は課題なんかが出ているわけじゃない。喉をしめないために歌いに来たといった方が正しいので、別に本格的な曲に拘らない。

私がそう説明すると彼女はしばらく考えた後、


「実はちょっと行き詰ってたんです。秋くんさえよければ、歌ってみて感じたこと教えてもらってもいいですか?」

「もちろんです!」


一方的に曲を聞かせてもらい、歌まで歌わせてもらえるのだ。歌うことで彼女の手助けがで出来るならそれはどちらにとっても良い。

ブースに入り、ヘッドフォンを耳に当てる。用意が出来たところでディレクションにいる七海さんに合図を送ると


『それでは曲流しますね』


聞こえてきた声に頷く。

歌詞は作ってないそうだ。しかしさっき聞かせてもらった曲からイメージは十分伝わってきた。あとはそれに合わせて歌うだけ。流れてきたイントロに大きく息を吸った。





ブースから出ると七海さんはイスから立ち上がっていて、頬を紅潮させてこちらを見ていた。


「すごいです、秋くん! 誰かが歌うっていうこと前提で作った曲は初めてなんですけど、想像してたのより何倍も素晴らしかったです。
自分で作った曲のはずなのに自分の曲じゃないみたいに思えるくらい。歌が入るとこんなに雰囲気が変わるんですね!
やっぱり、歌ってすごい…」

「ありがとうございます。僕も歌っていてすごく楽しかった」


本当に、楽しかった。曲から彼女の想いが私に流れ込み私を歌わせてくれた。今の私は彼女の代弁者に過ぎなかった。本当にすごいのは彼女の方だ。

曲に歌をのせたことにより彼女のインスピレーションが刺激されたらしく、キーボードでさっきとは違うアレンジで弾いてみてくれた。それも何パターンも。やはり彼女の才能は計り知れない。

私も歌う前に彼女に言われた感じたことや改善点などを話し、さらにアレンジを加える。七海さんの曲は私の中のイマジネーションをかきたて、音の広がりを持たせてくれた。

そうやって二人でアレンジしたり、それをまた歌ったりしているうちに時間はあっという間に過ぎていた。結局私は自分の予約した時間の最後まで七海さんを付き合せてしまったのだ。


「すみません七海さん、こんな時間まで引き止めてしまって」


二人で作り上げる音の楽しさに時間を忘れた。今更ながら後悔が押し寄せ、私は彼女に頭を下げる。


「いえ、とんでもないですっ! わたしこそ秋くんの時間まで使った上にアドバイスまで頂いて、逆に申し訳ないくらいです」


そして「楽しかったです」と告げられた言葉に「僕もです」と返すと七海さんは花が綻ぶようににこりと笑った。


(彼女をパートナーにしたい)


彼女ほどの才能なら引く手数多だろうけど、私はそう強く願った。







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