触れる手、交わす言葉、繋ぐ心

□4月  -出会いの季節-
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今日は放課後にレコーディングルームの予約が取れた。といっても、授業が終わってからすぐの時間じゃないから今は学園内をうろついている。私の前に予約を取っている生徒が終わるまで時間を潰さなくてはならないからだ。

目的の場所などないから足の向くままにふらふらと。


(なんか、いい匂いがする)


誘われるように匂いの元を辿っていくと購買に辿り着いた。


「ああ、購買あったんだ。使うことなんてないから知らなかった」


購買といえどもさすが早乙女学園。品揃えは豊富で食料や雑貨、こんなもの本当に学園生活で必要なのかというものまでいろいろと置いてあった。
放課後なのに意外と生徒がいて少し驚く。

そうして見渡していると、私は辿ってきた匂いの発信源を突き止めた。


「これか…。さおと……メロンパン?」


一番目立つ売り場に置いてあったそれ。焼きたてなのか芳しい香りを放っている。レジに並んでる生徒のほとんどがそれを手にしているため、残りの数は少ない。


(美味しそうだなぁ、買っちゃおうかな…)


これだけ人気なのだ、マズいはずがない。けれど実際のところ、お腹は空いていない。でも焼きたてはすごく美味しそうに見えて一口だけでも食べてみたいという気はする。

メロンパンの前で葛藤しているとふいに後ろから声をかけられた。


「買うのか? 買わないのか? 買わないのだったら全部もらうが」


メロンパンを買占め? そんなにおいしいのこれ。

そんな思いが頭をよぎり、一体どんな人物がそんなことをするのだろうと興味を引かれ振り向くと、そこには見惚れるほど綺麗な男の子が立っていた。
知的な瞳、さらりと流れるような髪の毛。右目の下のほくろが印象的だ。


「どうした? 買わないのか?」

「え? いや、はい。あの、どうしようかと迷ってまして。すごく美味しそうなんですけど今はお腹が減っていないし…」

「そうか」


思わず彼に見入っていた私に再び彼が問いかけ、それに答えると短い返事だけを返しメロンパンを次々とトレーに乗せていく。


(本当に全部買うんだ。なんというかイメージに合わない)


全部を乗せ終えるとそのままレジへと向かっていく。特にそこまで固執してたわけじゃないから、彼のその行動に腹を立てるでもなく見送った。

暇つぶしに来ただけだし、なければないで別に構わない。そう思って、まだ入り口付近しかのぞいていなかった購買に興味を移し再度見て回ることにした。

コンビニなんかよりよほど充実しているラインナップに関心していると、


「おい」


会計を済ませたらしいさっきの男の子に呼び止められた。


「どうかしましたか?」

「……こっちへ」


そう言ってスタスタと購買から出て行く彼の後を疑問に思いながらも付いて行く。少し先を歩く彼は購買脇にあるドアから校舎を出て、ちょっと進んだ所にあるベンチへと向かっていた。

そこに辿り着くと遅れてくる私を待ってから腰を下ろす。私にも隣に座るように言って、


「ほら、食べたかったのだろう?」


持っていたビニール袋から紙袋に包まれたそれを取り出し私に渡そうとする。中身は…メロンパンなんだろう。


「お気持ちは嬉しいですが、あいにくお腹は空いてませんので。食べたことがなかったので興味を惹かれただけですから」

「興味があるというなら尚更食べてみるべきだな。これは美味いぞ。全部食べきれないと言うのなら…」


私が受け取らなかった紙袋からメロンパンを引き出し、


「腹は減ってなくともこれくらいなら食べられるだろう? 味見してみるといい」


一口大にちぎったそれを差し出した。目の前からさっきも嗅いだいい匂い。それに釣られるようにして、手を伸ばし、受け取った。

「いただきます」と告げてぱくりと口にする。


「…おいしい…!」

「だろう?」


口に広がるバターの香りとほのかな甘み。今まで食べたどのメロンパンより美味しい、そう感じた。

隣を見ると彼は一欠片だけちぎり取られたそれに齧り付き、「いつ食べても美味いな」と満足げな笑みを零している。


「お好きなんですね、メロンパン」

「ああ、俺はメロンパン自体知らなかったのだが友に勧められてな。初めて口にしたときは衝撃が走った。
これはな、学園長お手製で販売も不定期。なかなか手に入らない代物なのだそうだ」

「えっ、そうなんですか!? あの学園長にそんな趣味が…」


衝撃の事実。あの豪快でオーバーリアクションの超人学園長からこんな繊細な味が作り出されるなんて…。人は見かけによらないというか、学園長の存在自体が別格なのか。


「こんなに美味しいものなら人気があるのも頷けますね。なかなか手に入らない貴重なものを頂いてしまってすみません。
でも、ごちそうさまでした」

「気にすることはない。お前が迷っている間になくなっては困ると、買い占めてしまったのは俺だしな」


最初はたかが菓子パンを買い占めるなんてどんな人物だろうと思ったんだけど、これはクセになる味だし独り占めもしたくなる。しかも味までみさせてもらっちゃったし。


「今度見かけたらぜひ買ってみますね」

「ああ、それなんだが…」

「そんなところで逢引とは、アッキーも隅に置けないね」


彼の言葉を遮るように声が響く。この特徴的な声は、


「え、神宮寺くん?」


気付いた時にはすでに後ろに立っておりポンと肩を叩かれる。いつもと同じ調子の声、だけどその視線だけは隣にいる男の子を睨みつけていた。


「何の用だ、神宮寺」

「お前に用なんてないよ。オレはただ、アッキーの話し声が聞こえたから来ただけさ。だけど、その相手がまさか聖川だとはね」


棘のあるその口調はいつもの神宮寺くんとは違った。誰に対してもフレンドリーな彼にしては珍しく挑発的で。


「お知り合い、ですか?」

「家同士の因縁があるだけだよ、知り合いってほどじゃあない」

「こいつが勝手に目の敵にしているだけだ」


家同士の因縁って何だろう。二人の言に首を傾げていると神宮寺君くんに頭をくしゃりと撫でられた。


「聖川家と神宮寺家。聞いたことはないかい?」

「えーっと」

「アッキーならもしかしたらと思ったけど、やっぱり知らないようだね。この国の二大財閥、と言ったら少しは理解してもらえるかな?」

「ああ! それなら話に聞いたことがあります」


国の財源を支える屈指の二大財閥。お互いを敵視、ライバル視しあう仲だったはず。
それが神宮寺くんの家と彼の家?


「家のことは関係ないだろう。ここでは同じアイドルを目指すライバル、ただそれだけだ」

「聖…川くん? もアイドル志望なんですね」

「ああ、まだ名乗ってなかったな。俺は聖川真斗、Aクラスの者だ」

「あ、すみません僕の方こそ先に名乗らなきゃいけなかったのに。Sクラスアイドルコースの秋朔夜です」


そう言って握手をしようと手を差し出しかけたところで肩をぐいっと引っ張られ、危うく転びそうになったところをそう仕向けた本人に抱きとめられた。


「うわっ、いきなりどうしたんですかっ」

「そんなやつと仲良くすることはないよ。跡取りのくせにアイドルになろうとしている馬鹿なやつだからね」

「え? 夢があっていいじゃないですか。聖川くんの声、綺麗だしきっとなれますよ?」


何か変なことでも言っただろうか。二人とも言葉をなくし、目を見開いている。どうしたのか問いかけようと口を開いた瞬間、大きな手がまた頭を撫でた。


「アッキーは、ほんと…今時珍しいくらい真っ直ぐで、純真だね」

「……常に家の名を背負っている俺たちの周りにはいないタイプだな」

「??」


どこか寂しさや諦め、そういった雰囲気を感じた。その瞬間だけ同じものを背負う者同士、分かち合えたかのように視線を交差させた二人だったけど、一度目を伏せ再び開けた時にはさっきの状態に戻っていた。

どちらかといえば、神宮寺くんが一方的に敵視しているように見える。そのギスギスした空気に居た堪れなくなって私は声をあげた。


「家の事情とか詳しくは分からない僕が口出すことじゃないですけど、とりあえず今の神宮寺くんは好きじゃありません」


真面目に言ったはずなのに、神宮寺くんは片眉を上げて「おや?」と反応する。


「ということは、いつものオレは好きなわけだ」


そう言ってからかってくる神宮寺くんはいつもの神宮寺くんで。


「ま、そうゆうことです。神宮寺くんや聖川くんが大財閥のご子息だったとしても、僕にとっては同じ学園に通う仲間ですから」

「なんだ、聖川もかい?」

「ええ、まだ知り合ったばかりですけど、僕を友達として見てもらえるならなお一層いいですね」

「お前が望むなら」


そこでやっと、さっき邪魔された握手を聖川くんと交わす。

見ていた神宮寺くんはなんだか不服そうな顔をしていたけど、軽く睨むとやれやれといった風に肩を竦めた。


「というわけで、僕は友達同士がいがみ合うのを見たくはないですから、少なくとも『僕の前では』仲のいいフリをしてくださいね」


どんなに反発してるように見えても、実のところ似た者同士で案外気があってるんじゃないかと思うのだ。

苦笑いを浮かべる彼らに無理やり同意を得たところで思い出した。


「あ! レコーディングルームの予約入れてたんだった」


時計を確認すると自分の予約時間十分前だった。
残していく二人に「ケンカしないでくださいよ?」と念を押して私はレコーディングルームへと向かう。


「秋!」


呼ばれ、振り向いたと同時に聖川くんが何かを投げるのが見えた。
放物線を描き目の前に狙ったように落ちてくるそれを、私は慌ててキャッチする。


「焼きたては格別に美味いが、冷めてももちろん美味い。腹が減ったら食べるといい」

「! ありがとうございますっ」


思いがけず手に入れたメロンパンに嬉しくなって、その場で大きく頭を下げた。

今日の夕食はこれで決まりだ。










「お前が男子にあのような態度を取るなんて珍しいと思ったが…」

「アッキーは特別だよ」

「ああ、そのようだ」


私が去った後で、彼らの間でそのような会話が交わされていたなど私の知るところではない。







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