触れる手、交わす言葉、繋ぐ心

□9月  -ドキドキとズキズキ-
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「だ、ダメだダメだっ!!」

「それはちょっとマズイんじゃないかな」

「? やっぱり僕だってわかります?」

「いえ、そうではなくて……」


朔夜は普通に審美眼を持っている。なのに何故自分のことになるとこうもその目が曇るのか。
正常な舌を持っているのに、那月の料理を上手いと言って食べるレンのようなもの……、とはまた違うのかもしれないが、とにかくこの姿の朔夜をみんなの目には晒したくない。


「リンゴちゃん、本気かい?」

「あ〜ら、別に誰にもバレないから平気でしょう?」

「わかって、言ってるよな。絶対……」

「何のことかしらぁ〜?」


とぼけたように(実際とぼけているのだが)横を向きながら、鳴りもしない口笛を吹く林檎。それに深い溜息を吐きながらトキヤはもう一度朔夜を見る。

先月、自分は朔夜からこの秘密を知らされたばかりだが、あの時はあまりに突然の告白だったために、脳がそれを処理出来なくて撮影が始まってもしばらくは戸惑っていた。

線の細い身体も、少し高めの声も、女性だからだと言われれば納得は出来たのだが、理解にまでは至らなかった。それからも立ち居振る舞いが変わるわけではなかったし、あらためて見ても彼は、いや彼女は自然に自分達の中に溶け込んでいた。
「ほとんど素なんですけど」というその言葉どおり、彼女の行動に違和感はなく、無理をしている風にも見えない。かと言って彼女が男っぽいとかそういうことでもない。

演技も得意な彼女のことだから、最初は為りきっているのだとも思ったがそうじゃない。本当に極自然に彼女はそこに在った。本来なら異なる性別なのだからそれを隠そうとするために周りを警戒し、常に気を張り詰めて生活をしなければならない状況下、気負いすぎて逆に粗が見えてきたりもするだろうに、そういうものは一切感じなかった。

自分がそうであったように、距離をおいて他人と関わらないようにすれば、それがバレる危険性も減るはずなのに、そんなことを意識するでもなく、彼女は人に対して垣根を作ってはいなかった。

それはもちろん相手側に踏み込む時もそうで、彼女は彼女自身としていつだって本心を偽っていなかった。そうでなければ一癖も二癖もあるレンや、この自分が傍に置くこともなかったはずだ。

男だからこうしなければ、女だからこう在らなければ。

そういう概念を超えたところで彼女は『秋朔夜』として存在していた。それが彼女の本質。

結局のところ朔夜はどんな時でも朔夜だった。それだけの話。だからこそ、本当は女性だと言われてもピンとこなかったのかもしれない。

自分も男とか女とか関係なく『朔夜』という人物に惹かれていたから。


(こうして見て初めて、彼女が本当に女性なのだと実感したような気がします)


それと同時に決定的になった自分の気持ち。彼女が女性なのだと思えばこれ以上この姿を誰の目にも晒したくないと思う。その人間性に惹かれていたと思っていた感情さえも甘く温かく、そしてほろ苦いものに発展していったなんて、我ながら呆れ果てた現金さだ。

男だと思っていた時には見ないように蓋をしていた気持ちを、女だとわかった途端意識しだすだなんて。


(それでも今更なかったものには出来ない、しようとも思わない)


今だってほら、自分が知るよりももっと前に彼女のことを知っていた二人に羨望と焦り、そして嫉妬の感情が湧き出てきてるのだ。こんな感情を今更見て見ぬフリをするだなんて出来そうもない。


「そうだっ、月宮先生」

「なーに、サクちゃん?」

「そろそろ鏡見せてもらってもいいですか?」

「なんだお前、鏡見せてもらってねーのかっ?」

「はい、でも今回はみんなに会った後なら見せてくれるっていう話だったので」


みんながわからなかったという自分の姿が楽しみで仕方ない。


「だから、か。……それじゃ、自覚してもらう良い機会かもしれない」

「だと良いとは思いますが、何しろ朔夜ですからね……」


林檎が手を打ち鳴らすと教室の後ろの壁に天井から姿見が降りて来た。

歌っている時の姿勢などを確認するために用意されているものだが、これもまた無駄な設置方法である。実はたいして利用されないからだ。

人ひとりがギリギリ映るくらいのそれでは、姿勢の確認もあったものじゃない。それなら生徒同士で確認した方が早い。

林檎が朔夜の背を押し鏡の前に進ませる。ただし近付くまでその姿を確認されても面白くないから、後ろから手で目隠しをした状態で、だ。
そして目の前まで来たところでさっと手を外すして後ろに下がる。

彼女がどんな反応を示すのか、その後姿を見て林檎はワクワクとしながら待つ。


「………………………」


ところがだ。じっと姿見を見つめたまま微動だにしない。


「サクちゃん?」


呼びかけにピクリと反応し、パッと振り向く。


「知らない人が映ってますっ。これってもしかして特殊な鏡?」

「は?」

「学園の設備ならそういうのもありですよね!」

「何度か見たことあるでしょう。その鏡は普通の鏡ですよ」

「じゃ、じゃあこれ……僕、ですか…」

「朔夜以外の何者でもないよ」


とんでもないことを言い出した朔夜を納得させるために、レンはもう一度朔夜の身体を鏡に向け、そこに一緒に映りこむように顔を寄せる。朔夜が言うように、特殊な鏡であるならばレンの姿も変わるはずだと前置きをおいて。

まぁ……ここになら特定の人物だけの姿を変える鏡なんてものもあってもおかしくはないのだが、そこは敢えて言わない。


「ね?」


ぽんぽんと頭をレンが叩けば同じように鏡の中の人物も叩かれている。朔夜と同じ動作をし、顔の筋肉を動かせば意識したとおりの表情を浮かべる。まさしくここに映っているのは自分だ。


「……………はぁ、月宮先生のメイクってすごいですね……。まるで特殊メイクみたいです」


ほぅ、と感嘆の息を漏らす彼女を見て、自覚を促すことなど朔夜には到底無理な話だったのだと悟った三人は、こうなったらやはりこれ以上の余計な虫はつけないようにするべきだと心に誓い、この姿の朔夜を表には出さないよう、身体測定はやはり別口に受けさせてもらうべきだと思ったのだが、彼らの思惑は林檎と朔夜の会話によって打ち砕かれる。


「じゃあ、サクちゃんも納得したみたいだから身体測定、いってらっしゃ〜い♪」

「はいっ」


手を振って送り出す林檎にこちらも手を振り返し、にこにこと教室を出て行く朔夜の後を肩を落としながら着いていく三人は、恨めしげな視線を林檎に向けたのだった。










身体測定の場では、学園で容姿も実力もトップクラスである三人がナイトの様に守る美少女に注目が集まったのだが、誰も話しかけられたものはおらず、全ての工程が終わると同時にその姿も消えていた。

正体が一体誰だったのか、しばらくの間学生達の間で話題になったのは言うまでもない。
それを知っているであろう三人に説明を求める声は多数寄せられたのだが、彼らは一切の黙秘を貫いた。













トキヤ君の自覚話…になりました。いつのまにか、ええ。たしかに現金な話ですが、でも自覚ってそういうもんなんじゃないかな。
あとは、しっかりメイクしちゃえば朔夜ちゃんは誰だか分からなくなちゃうんだよーってことですね。
決して自分の素がいいからだとは思いません。だって、男顔だと思ってるので←

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